2020年6月15日月曜日

誰がキャリアガイダンスをするか

 近年,学校ではキャリア教育が重視されています。2000年代になり,フリーター,ニートなど,若者の就労不全兆候が問題化したためです。玄田有史教授の『ニート』(幻冬舎)が出たのは2004年のこと。

 2011年には中央教育審議会が「今後のキャリア教育・職業教育の在り方について」と題する答申を出しています。キャリア教育の概念,生徒に身に付けさせたい資質・能力等について言及されています。今の教員採用試験でも頻出ですので,受験者は見ておきましょう。

 キャリア教育とは,簡単にいえば,職業的自立に必要な能力や態度を育むことです。将来への見通しを持たせること,社会にはどういう役割(職業)があるかを知り,自分はその中のどれを担うかをイメージさせ,それに向けて仕向けていくことが中心となります。中学や高校卒業時の進路決定をサポートする進路指導も,これに含まれます。

 日本ではこの仕事を学校の教員が担っているイメージがあり,データでみてもそうです。しかし諸外国は違っていて,キャリアガイダンスを行う専門のカウンセラーがいるみたいです。

 OECDの「PISA 2018」の結果報告レポート第2巻に,キャリアカウンセラーが雇われている,ないしは定期的に訪れる学校に通っている15歳生徒のパーセンテージが出ています(333ページ,Table Ⅱ.B1.6.9)。欧米主要国の数値をみると,アメリカは82.3%,イギリスは80.3%,ドイツは81.9%,フランスは56.1%,スウェーデンは98.4%,となっています。

 高いですね。スウェーデンでは,ほぼ全ての学校にカウンセラーがいるようです。では日本の値は…。下表は,調査対象の79か国・地域を高い順に並べたものです。


 日本は4.4%で,キャリアカウンセラーがいる学校に通っている生徒は22人に1人しかいません。「PISA 2018」の対象は15歳ですが,日本は高校1年生なんで,高校の実情とみることができます。

 79か国・地域の中では最下位です。われわれにすれば,キャリアカウンセラーなどは聞き慣れない言葉ですが,諸外国ではこのスタッフが学校に常駐し,専門的な知見からガイダンスをするのが普通のようです。逆にこう問われるでしょう。「経済先進国の日本では,若き生徒のキャリアガイダンスを誰がしているのか?」と。

 先ほどチラッと書きましたが,答えは教員です。上記の資料に,教員がキャリアガイダンスの責任を負う学校に通っている生徒の率も出ています。この指標を,キャリアカウンセラーがいる学校の生徒の率(上表)と絡めると,「!」という傾向が出てきます,


 日本は,ほぼ100%の学校において,教員がキャリアカウンセリングをしており,専門のカウンセラーがいる学校はわずかです。右下は教員,左上は専門人材がキャリアガイダンスを行う国と読めますが,日本は前者の極地であることが知られます。

 日本の経営慣行に詳しい外国の研究者は,「やはり日本はマルチタスクなんだなあ」という感想を抱くでしょうか。仕事の境界(範囲)が不明確で,専門性に基づく分業がない。教員は何でも丸抱え。そりゃあ,勤務時間が世界一になるはずだと。

 「日本の教員は優秀で真面目だから」と思われるかもしれませんが,生徒のキャリアガイダンスの担い手として適任かどうかは,また別の問題です。本務の片手間にできる業務ではなく,それなりの専門性も求められます。机上の知識・理論だけではなく,民間会社に勤めた経験もモノをいいますが,日本の教員の民間企業経験者比率はほぼゼロです。

 学校しか知らぬ人に,産業界のことを,実際の経験から醸し出される「ぬくもり」をもって,生徒に伝えることができるか。こういう疑問を持つ人は多いはず。

 経験に勝るものはなしってことで,学習指導要領では,キャリア教育に際して現場での実習を行うことが推奨されています。しかし生徒を外に送り出すだけではなく,学校内に外部の専門人材を呼び寄せることも求められます。

 年に数回の講話という形式的なものではなく,生徒とひざを突き合わせて,世の中にはどういう仕事があるか,産業界の実情はどういうものかを語り,生徒の進路選択を支援できる専門スタッフとして,学校に迎え入れることはできないものか。副業(パラレルキャリア)が推奨されている今,なり手はいると思われます。教員の過重労働緩和にもなり得ます。

 生徒にとっても教員にとってもメリットありです。上記のグラフをみれば分かるように,諸外国では当たり前になされていること。特異なのは日本のほうで,異国の人にすれば驚きを禁じ得ないでしょう。

 テストの点数をみて,「どの学校に行くか」を指南するガイダンス(進路指導)はもうおしまいです。将来何になりたいか,社会とどうかかわり関わりたいのかを考えさせる,キャリアガイダンスが求められるのであって,それには専門人材のチカラを借りることも不可欠です。

 心理相談にのるスクールカウンセラーが常駐する学校が増えていますが,将来への手引をするキャリカウンセラーも学校に出入りして欲しいと思います。