前回みたように,学生・生徒の自殺者は年々増え続け,2011年には初めて千人を超えました。同年の学生・生徒の自殺者は1,029人ですが,そのうちの529人(51.4%)は大学生です。
大学生の自殺の中でも,とりわけ世間の耳目を集めているのが,就職失敗という理由による自殺です。新卒採用の慣行が強固で,新卒時点での就職に失敗すると「負け組」の烙印(stigma)を押されるかのような,わが国の社会状況が色濃く反映されています。推測ですが,日本に固有の社会病理現象なのではないでしょうか。
余談ですが,3月21日に,大学研究家の山内太地さんによる『22歳の負け組の恐怖』(中経出版)という本が出るそうです。いみじくも,「負け組」という言葉が使われています。山内さんは海外の大学事情にも詳しいそうですが,就職失敗による自殺が日本的現象なのかどうか,教えてくれるのかしらん。ナイモノネダリかもしれませんが,ちょっと期待しています。
http://tyamauch.exblog.jp/17288241/
さて,就職失敗を苦に自殺した大学生は,2007年が13人,2008年が22人,2009年が23人,2010年が46人,2011年が41人,というように推移しています(警察庁『自殺の概要資料』)。2011年の数は,前年よりも少し減っています。これをみて安堵する関係者もいるかと思いますが,それを許さない統計があります。「進路に関する悩み」という理由で自殺する大学生の数です。
先行きが不透明な状況に苦しむ大学生の量を測るには,「就職失敗」に加えて,「進路に関する悩み」による自殺者の数にも目を向ける必要があると思います。両者の合算を,「進路関連の原因による自殺」と括ることにしましょう。
進路関連の原因によって自殺した大学生の数の推移をたどると,下図のようです。警察庁の上記資料において,詳細な小分類の原因統計が公表されているのは2007年からなので,この年以降の推移がとってあります。
「進路に関する悩み」も含めた,広義の「進路関連の原因」による自殺者は,増加の一途をたどっています。2010年から11年にかけて,就職失敗による自殺者は減っていますが,進路に関する悩みで自殺した者は10人も増えているのです。
双方の原因による自殺者は,2007年では66人でしたが,2011年には124人とほぼ倍増しています。就職失敗が原因の自殺であっても,遺書ないしは遺族の証言が曖昧であったため,「進路に関する悩み」という(曖昧な)原因カテゴリーに放り込まれたケースもあると思います。就職失敗による自殺の量をより近似的に測るという目的でも,両者の合算分に注目する必要があるかと存じます。
なお,これらの原因による自殺者の性別構成が分かりますので,それを整理した統計表を掲げます。
フーテンの寅さんではないですが,「男はつらいよ」を感じさせるデータになっています。どちらの原因でみても,大半が男子です。2011年でいうと,両者を合わせた自殺者数は124人ですが,そのうちの99人(79.8%)は男子です。およそ8割。
男女共同参画社会がいわれる今日ですが,未だに,こういうジェンダー差があるのだなあ。これも日本的な特徴でしょうか。
これからは,「就職失敗」に加えて,「進路に関する悩み」による大学生の自殺者数にも注目していこうと思います。
2012年3月14日水曜日
2012年3月13日火曜日
学生・生徒の自殺
3月9日に,警察庁の『平成23年中における自殺の概要』が公表されました。自殺統計には,厚労省のもの(『人口動態統計』)と警察庁のものがありますが,後者の特徴は,自殺者の身分や自殺原因について仔細に集計していることです。
当該の資料によると,2011年中の学生・生徒の自殺者数は1,029人となっています。何の変哲もない数字に見えますが,メディアが報じるところによると,統計を取り始めた1978年以降,学生の自殺者が千人を超えたのは初めてだそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20120309-OYT8T00777.htm
前にも書きましたが,私はこの種の報道に接すると,原資料にあたって,詳細な統計を確認したくなります。当局の資料をもとに,学生・生徒の自殺者の推移を跡づけてみました。2006年までの数は,内閣府『平成23年版・自殺対策白書』,2007年以降の数は警察庁『自殺の概要資料』の各年次版より得ました。
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2011/html/index.html
学生の自殺者は,1990年以降,増加します。97年から98年にかけてグンと増えるのは,国民全体の傾向と同じです。学生の世界でも,「98年問題」はあったのですね。その後減少しますが,2002年以降再び増加に転じ,なるほど,2011年には千人の大台にのっています。
先ほど述べたように,2011年の学生・生徒の自殺者は1,029人ですが,その内訳は,小・中学生が84人,高校生が269人,大学生が529人,専修学校生等が147人,です。大学生が半分以上を占めます。
今,大学生は大変です。将来を悲観してしまうのか,就職失敗という理由で自殺する大学生が増えていることは,昨年の3月8日の記事でみた通りです。
これは原因の一つですが,学生・生徒の自殺原因の全体構造はどういうものなのでしょう。何故に,若い命を自ら殺めてしまうのでしょうか。上記の警察庁資料から,2011年の学生・生徒の自殺原因を明らかにしてみようと思います。
警察庁の統計では,遺書などによって判明した分に限り,自殺原因が集計されています。しかるに,一人の自殺原因が複数の原因カテゴリーにわたることもあるので,ここで集計されている数は,各原因カテゴリーに当てはまる自殺者の数であることに留意ください。その総計は,原因が判明した自殺者の頭数とイコールにならないこともあり得ます。
まずは,大雑把な原因の大分類の統計をみてみましょう。学生・生徒の自殺原因の構成を,自殺者全体のものと比較してみます。
http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/H23jisatu-huroku.pdf
自殺者全体では,健康問題に関する原因の比重が大きくなっています。このカテゴリーの原因だけで,全体の46.5%が占められています。これは,高齢者が多いためでしょう。一方,学生・生徒では,学校問題に関連する原因が最多です。全体の約4割に相当します。やはり,主要な生活の場である学校関連の原因が影を落としているようです。
ところで,学校関連の原因といっても,いろいろあります。いじめ,成績不振,教師による叱責・・・。もっと下りた,原因の小分類の内訳を観察してみましょう。大分類でいう学校問題の原因は,小分類の統計では,7つのカテゴリーに細分されます。
下表は,学校の種別ごとに,細かい自殺原因の構成を示したものです。学校種間の比較ができるよう,相対度数分布(%)を出しています。
上位3位の数字には黄色のマークをしています。1位の数字は赤色のゴチにしています。最も多い自殺原因(赤色)に注目すると,小・中学生と大学生は「学業不振」,高校生と専修学校生は「うつ病」となっています。
大学生では,自殺原因の約2割は「学業不振」なのか。日本の学生は勉強しないと揶揄されるのですが,彼らの悩みの最大のタネは,勉学に関することであるようです。2011年の間に,学業不振が原因で命を絶った大学生は93人です。
最近,大学教育に喝(カツ)を入れようという動きが高まっており,成績が振るわない学生は進級させない,卒業させない,という大学が増えているそうです。こういうことも影響しているのかしらん。過去のデータと比較ができればはっきりすることですが。
なお,就職失敗は,大学生の自殺原因全体の8.2%です。41人の大学生の自殺原因が,これに相当します。就職失敗による大学生の自殺者数は,2007年が13人,2008年が22人,2009年が23人,2010年が46人,2011年が41人,というように推移しています。
新卒採用の慣行が根強いわが国では,新卒時点での就職に失敗した者は,翌年以降は「既卒」の枠に放り込まれ,大きな不利益を被るといいます。こういう事情から,深く思い詰めてしまう学生さんもいるのでしょう。諸外国でも,このような学生の存在が社会問題化しているのでしょうか。もしかすると,わが国に固有の社会病理現象であるのかもしれません。国際比較の統計があればなあ。
あと一点,高校以上の段階において,「うつ病」が大きなシェアを占めています。現代は「うつの時代」といわれますが,大人のみならず,子どもの世界でも,それは当てはまるようです。
中高生の自殺の原因については,昨年の9月18日の記事でも触れています。こちらも参照いただけますと幸いです。
回を改めて,ロスジェネといわれる,われわれ30代の自殺原因についても,詳細に解剖してみようと思っています。
当該の資料によると,2011年中の学生・生徒の自殺者数は1,029人となっています。何の変哲もない数字に見えますが,メディアが報じるところによると,統計を取り始めた1978年以降,学生の自殺者が千人を超えたのは初めてだそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20120309-OYT8T00777.htm
前にも書きましたが,私はこの種の報道に接すると,原資料にあたって,詳細な統計を確認したくなります。当局の資料をもとに,学生・生徒の自殺者の推移を跡づけてみました。2006年までの数は,内閣府『平成23年版・自殺対策白書』,2007年以降の数は警察庁『自殺の概要資料』の各年次版より得ました。
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2011/html/index.html
学生の自殺者は,1990年以降,増加します。97年から98年にかけてグンと増えるのは,国民全体の傾向と同じです。学生の世界でも,「98年問題」はあったのですね。その後減少しますが,2002年以降再び増加に転じ,なるほど,2011年には千人の大台にのっています。
先ほど述べたように,2011年の学生・生徒の自殺者は1,029人ですが,その内訳は,小・中学生が84人,高校生が269人,大学生が529人,専修学校生等が147人,です。大学生が半分以上を占めます。
今,大学生は大変です。将来を悲観してしまうのか,就職失敗という理由で自殺する大学生が増えていることは,昨年の3月8日の記事でみた通りです。
これは原因の一つですが,学生・生徒の自殺原因の全体構造はどういうものなのでしょう。何故に,若い命を自ら殺めてしまうのでしょうか。上記の警察庁資料から,2011年の学生・生徒の自殺原因を明らかにしてみようと思います。
警察庁の統計では,遺書などによって判明した分に限り,自殺原因が集計されています。しかるに,一人の自殺原因が複数の原因カテゴリーにわたることもあるので,ここで集計されている数は,各原因カテゴリーに当てはまる自殺者の数であることに留意ください。その総計は,原因が判明した自殺者の頭数とイコールにならないこともあり得ます。
まずは,大雑把な原因の大分類の統計をみてみましょう。学生・生徒の自殺原因の構成を,自殺者全体のものと比較してみます。
http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/H23jisatu-huroku.pdf
自殺者全体では,健康問題に関する原因の比重が大きくなっています。このカテゴリーの原因だけで,全体の46.5%が占められています。これは,高齢者が多いためでしょう。一方,学生・生徒では,学校問題に関連する原因が最多です。全体の約4割に相当します。やはり,主要な生活の場である学校関連の原因が影を落としているようです。
ところで,学校関連の原因といっても,いろいろあります。いじめ,成績不振,教師による叱責・・・。もっと下りた,原因の小分類の内訳を観察してみましょう。大分類でいう学校問題の原因は,小分類の統計では,7つのカテゴリーに細分されます。
下表は,学校の種別ごとに,細かい自殺原因の構成を示したものです。学校種間の比較ができるよう,相対度数分布(%)を出しています。
上位3位の数字には黄色のマークをしています。1位の数字は赤色のゴチにしています。最も多い自殺原因(赤色)に注目すると,小・中学生と大学生は「学業不振」,高校生と専修学校生は「うつ病」となっています。
大学生では,自殺原因の約2割は「学業不振」なのか。日本の学生は勉強しないと揶揄されるのですが,彼らの悩みの最大のタネは,勉学に関することであるようです。2011年の間に,学業不振が原因で命を絶った大学生は93人です。
最近,大学教育に喝(カツ)を入れようという動きが高まっており,成績が振るわない学生は進級させない,卒業させない,という大学が増えているそうです。こういうことも影響しているのかしらん。過去のデータと比較ができればはっきりすることですが。
なお,就職失敗は,大学生の自殺原因全体の8.2%です。41人の大学生の自殺原因が,これに相当します。就職失敗による大学生の自殺者数は,2007年が13人,2008年が22人,2009年が23人,2010年が46人,2011年が41人,というように推移しています。
新卒採用の慣行が根強いわが国では,新卒時点での就職に失敗した者は,翌年以降は「既卒」の枠に放り込まれ,大きな不利益を被るといいます。こういう事情から,深く思い詰めてしまう学生さんもいるのでしょう。諸外国でも,このような学生の存在が社会問題化しているのでしょうか。もしかすると,わが国に固有の社会病理現象であるのかもしれません。国際比較の統計があればなあ。
あと一点,高校以上の段階において,「うつ病」が大きなシェアを占めています。現代は「うつの時代」といわれますが,大人のみならず,子どもの世界でも,それは当てはまるようです。
中高生の自殺の原因については,昨年の9月18日の記事でも触れています。こちらも参照いただけますと幸いです。
回を改めて,ロスジェネといわれる,われわれ30代の自殺原因についても,詳細に解剖してみようと思っています。
2012年3月12日月曜日
少年犯罪の国際比較
少年犯罪の国際比較ができる統計はないものかと,前から思っていました。法務省の『犯罪白書』では,主要先進国(英,独,仏,米)のデータしか紹介されていませんが,比較の対象をもっと広げてみたいものです。
そのためには,国際機関の原統計に自分で当たってみるしかなさそうです。いろいろと探査した結果,国連薬物犯罪事務所(UNODC)という機関が,世界各国の犯罪検挙人員の統計を作成していることが分かりました。
下記サイトに,"Persons brought into formal contact with the police"というリンクがあります。和訳すると,警察に検挙された人員数です。これをクリックすると,各国の検挙人員のデータをまとめたエクセルの統計表が出てきます。各国とも,ここ数年のデータが掲載されていますが,2005年の検挙人員数を使います。後述のように,犯罪率計算のベースとして使う10代人口が2005年のものだからです。
http://www.unodc.org/unodc/en/data-and-analysis/statistics/crime.html
上記の資料から,73か国について,2005年の少年(Juveniles)の検挙人員数を知ることができます。少年の年齢的な定義は国によって異なりますが,10代の中の年齢であることは間違いないと思われます(日本は,14~19歳)。これを各国の10代人口で除して,少年の犯罪者の出現率を計算することとしました。ベースとして使った10代人口は,国連による2005年の人口推計結果のものです。
http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_indicators.htm
これらの国際統計を使って,73か国の少年の犯罪者出現率(以下,犯罪率)を明らかにしました。なお,成人(Adults)の犯罪率と比べてどうかという,相対水準も勘案するため,成人の犯罪率も出しました。成人の検挙人員数を20歳以上人口で除したものです。分子,分母とも,資料は少年と同じです。
では,手始めに,日本を含む主要5か国(日,米,独,仏,露)の犯罪率を比較してみましょう。イギリスは2005年の犯罪率が計算できなかったので,今回は比較の対象としていません。
日本の少年の犯罪率(9.9‰)はロシアよりは高いのですが,他の3か国よりは低くなっています。表中の欧米3か国は,いずれも2ケタです。アメリカの率が高いですねえ。この国では,2005年の少年の検挙人員数(延べ数)が,10代人口全体の5.1%(20人に1人)に相当します。外向的なお国柄が出ているような気がします。
しかし,日本でズバ抜けて高い数字があります。少年の犯罪率が成人の何倍かという倍率です。日本では,少年の犯罪率は成人の3.8倍です。これは,成人の犯罪率が際立って低いためです。日本の成人の犯罪率(2.6‰)は,ロシアをもはるかに下回ります。
日本の少年の犯罪率は,絶対水準は低いものの,成人と比べた相対水準は際立って高いようです。このことは日本の特徴であると,強く言ってよいでしょうか。比較の対象をもっと広げてみましょう。
下図は,縦軸に少年の犯罪率,横軸に少年の犯罪率が成人の何倍かを示す倍率をとった座標上に,世界の73か国をプロットしたものです。各国の少年の犯罪率を,絶対水準と相対水準(対成人)の2軸において吟味できる仕掛けになっています。点線は,73か国の平均値です。
73か国の中でみても,日本は特異な位置にあります。少年の犯罪率は全体平均よりもちょっと高い程度ですが,成人の犯罪率に対する相対倍率が群を抜いて高いのです。
多くの国において,少年よりも成人の犯罪率が高くなっています。少年が成人を上回るのは,73か国中12か国です。しかるに,少年の犯罪率が成人の倍以上,それも4倍近くにも及ぶというのは,まぎれもなく日本だけです。少年と成人の犯罪率の差が大きいことは,わが国の特徴であることが知られます。
繰り返しますが,日本の少年の犯罪率は高くはありません。にもかかわらず,メディア等で「少年が悪い,悪い」といわれるのは,大人と比べた場合の犯罪率の高さが問題視されているためと思われます。大人は文字通り「大人」しいのに,少年がワルをしでかす,けしからん,という論法でしょう。
しかるに,そういう見方をとらない論者がいます。私の恩師の松本良夫先生です。松本先生は,1999年に,「わが国の犯罪事情の特異性」という論文を公表されています(『犯罪社会学研究』第24号)。そこでは,少年の犯罪率が高いことではなく,成人の犯罪率が異常に低いことに関心が向けられています。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002779936
少年と成人が同じ社会状況のもとで暮らしているのに,両者の犯罪率が大きく異なるのはどういうことか。わが国では,子どもと大人が社会生活を共有しているのか。子どもと大人の間に断絶ができているのではないか。大人が自分たちのことは棚上げして,子どもばかりを厳しく取り締まっているから,少年犯罪の異常多,成人犯罪の異常少という,国際的にみても特異な構造ができ上がっているのではないか。このような問題が提起されます。松本先生の言葉を借りると,少年の「犯罪化」,成人の「非犯罪化」の進行です。
犯罪の原因は,逸脱主体に関わるものだけに限られません。ワルを取り締まり,それに「犯罪」というラベルを貼る統制機関の有様も,犯罪の量に影響します。私服警備員を多く配置するほど,万引き犯が多く捕まるというのが好例です。
この伝でいうと,大人の世界では,慣れ合いや癒着などの形で不正が隠ぺいされているのに対し,少年については,些細なワルも厳しく取り締まられている,というような事態が想起されます。「子どもがおかしい」,「道徳教育の強化を!」という道徳企業家たちの声も,それを後押ししていると考えられます。
わが国は,このような「病理的」な状態になっているのではないかという,懸念が持たれます。松本先生は,別の論稿において,「わが国の社会病理は,少年犯罪『多』国の病理というよりも,成人犯罪『少』国の病理といえる」と指摘されています(「少年犯罪ばかりがなぜ目立つ」『望星』2001年4月号,36頁)。なるほどと思います。
戦後にかけて,こういう事態が進行してきたことは,少年(14~19歳)と成人の犯罪率の推移をたどってみると分かります。警察庁『平成22年中における少年の補導及び保護の概況』という資料の110頁にそれが載っているので,グラフをつくってみました。*ここでの少年の犯罪率は,14~19歳人口をベースに出したものなので,先ほどの国際統計の日本の値より高くなっていることに留意ください。
http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen/hodouhogo_gaiyou_H22.pdf
戦後初期の頃は,少年と成人の犯罪率に大きな差はなかったのですが,1950年代の後半あたりから,両者の差が開いてきます。1997年には,少年の犯罪率は成人の10倍を超えました。最近は,少年の犯罪率減少,成人の犯罪率微増によって,差が縮まっています。しかし,それでも,少年と成人の乖離の度合いが,国際的にみれば格段に大きいことは,上記の国際統計でみた通りです。
人口構成の変化により,子どもが減り,大人が増えています。よって,子どもに対する社会的な眼差しの量が増えていると考えられます。このことも,先ほど述べたような事態の進行に寄与しているのではないか,と思われます。
わが国では,共に支え合い,共存すべき子どもと大人の間に,大きな断絶ができているのではないでしょうか。子どもと大人が互いにいがみ合うような事態になっている,といえるかもしれません。
2010年7月に策定された,子ども・若者育成支援推進大綱(子ども・若者ビジョン)は,基本理念の一つとして,「子ども・若者は,大人と共に生きるパートナー」というものを掲げています。以前,何かの記事で書いたような気がしますが,ぜひとも,この理念を具現していただきたいと思います。
おかしいように聞こえるでしょうが,この理念の実現の度合いは,少年と成人の犯罪率の差という尺度で計測できるかもしれません。
そのためには,国際機関の原統計に自分で当たってみるしかなさそうです。いろいろと探査した結果,国連薬物犯罪事務所(UNODC)という機関が,世界各国の犯罪検挙人員の統計を作成していることが分かりました。
下記サイトに,"Persons brought into formal contact with the police"というリンクがあります。和訳すると,警察に検挙された人員数です。これをクリックすると,各国の検挙人員のデータをまとめたエクセルの統計表が出てきます。各国とも,ここ数年のデータが掲載されていますが,2005年の検挙人員数を使います。後述のように,犯罪率計算のベースとして使う10代人口が2005年のものだからです。
http://www.unodc.org/unodc/en/data-and-analysis/statistics/crime.html
上記の資料から,73か国について,2005年の少年(Juveniles)の検挙人員数を知ることができます。少年の年齢的な定義は国によって異なりますが,10代の中の年齢であることは間違いないと思われます(日本は,14~19歳)。これを各国の10代人口で除して,少年の犯罪者の出現率を計算することとしました。ベースとして使った10代人口は,国連による2005年の人口推計結果のものです。
http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_indicators.htm
これらの国際統計を使って,73か国の少年の犯罪者出現率(以下,犯罪率)を明らかにしました。なお,成人(Adults)の犯罪率と比べてどうかという,相対水準も勘案するため,成人の犯罪率も出しました。成人の検挙人員数を20歳以上人口で除したものです。分子,分母とも,資料は少年と同じです。
では,手始めに,日本を含む主要5か国(日,米,独,仏,露)の犯罪率を比較してみましょう。イギリスは2005年の犯罪率が計算できなかったので,今回は比較の対象としていません。
日本の少年の犯罪率(9.9‰)はロシアよりは高いのですが,他の3か国よりは低くなっています。表中の欧米3か国は,いずれも2ケタです。アメリカの率が高いですねえ。この国では,2005年の少年の検挙人員数(延べ数)が,10代人口全体の5.1%(20人に1人)に相当します。外向的なお国柄が出ているような気がします。
しかし,日本でズバ抜けて高い数字があります。少年の犯罪率が成人の何倍かという倍率です。日本では,少年の犯罪率は成人の3.8倍です。これは,成人の犯罪率が際立って低いためです。日本の成人の犯罪率(2.6‰)は,ロシアをもはるかに下回ります。
日本の少年の犯罪率は,絶対水準は低いものの,成人と比べた相対水準は際立って高いようです。このことは日本の特徴であると,強く言ってよいでしょうか。比較の対象をもっと広げてみましょう。
下図は,縦軸に少年の犯罪率,横軸に少年の犯罪率が成人の何倍かを示す倍率をとった座標上に,世界の73か国をプロットしたものです。各国の少年の犯罪率を,絶対水準と相対水準(対成人)の2軸において吟味できる仕掛けになっています。点線は,73か国の平均値です。
73か国の中でみても,日本は特異な位置にあります。少年の犯罪率は全体平均よりもちょっと高い程度ですが,成人の犯罪率に対する相対倍率が群を抜いて高いのです。
多くの国において,少年よりも成人の犯罪率が高くなっています。少年が成人を上回るのは,73か国中12か国です。しかるに,少年の犯罪率が成人の倍以上,それも4倍近くにも及ぶというのは,まぎれもなく日本だけです。少年と成人の犯罪率の差が大きいことは,わが国の特徴であることが知られます。
繰り返しますが,日本の少年の犯罪率は高くはありません。にもかかわらず,メディア等で「少年が悪い,悪い」といわれるのは,大人と比べた場合の犯罪率の高さが問題視されているためと思われます。大人は文字通り「大人」しいのに,少年がワルをしでかす,けしからん,という論法でしょう。
しかるに,そういう見方をとらない論者がいます。私の恩師の松本良夫先生です。松本先生は,1999年に,「わが国の犯罪事情の特異性」という論文を公表されています(『犯罪社会学研究』第24号)。そこでは,少年の犯罪率が高いことではなく,成人の犯罪率が異常に低いことに関心が向けられています。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002779936
少年と成人が同じ社会状況のもとで暮らしているのに,両者の犯罪率が大きく異なるのはどういうことか。わが国では,子どもと大人が社会生活を共有しているのか。子どもと大人の間に断絶ができているのではないか。大人が自分たちのことは棚上げして,子どもばかりを厳しく取り締まっているから,少年犯罪の異常多,成人犯罪の異常少という,国際的にみても特異な構造ができ上がっているのではないか。このような問題が提起されます。松本先生の言葉を借りると,少年の「犯罪化」,成人の「非犯罪化」の進行です。
犯罪の原因は,逸脱主体に関わるものだけに限られません。ワルを取り締まり,それに「犯罪」というラベルを貼る統制機関の有様も,犯罪の量に影響します。私服警備員を多く配置するほど,万引き犯が多く捕まるというのが好例です。
この伝でいうと,大人の世界では,慣れ合いや癒着などの形で不正が隠ぺいされているのに対し,少年については,些細なワルも厳しく取り締まられている,というような事態が想起されます。「子どもがおかしい」,「道徳教育の強化を!」という道徳企業家たちの声も,それを後押ししていると考えられます。
わが国は,このような「病理的」な状態になっているのではないかという,懸念が持たれます。松本先生は,別の論稿において,「わが国の社会病理は,少年犯罪『多』国の病理というよりも,成人犯罪『少』国の病理といえる」と指摘されています(「少年犯罪ばかりがなぜ目立つ」『望星』2001年4月号,36頁)。なるほどと思います。
戦後にかけて,こういう事態が進行してきたことは,少年(14~19歳)と成人の犯罪率の推移をたどってみると分かります。警察庁『平成22年中における少年の補導及び保護の概況』という資料の110頁にそれが載っているので,グラフをつくってみました。*ここでの少年の犯罪率は,14~19歳人口をベースに出したものなので,先ほどの国際統計の日本の値より高くなっていることに留意ください。
http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen/hodouhogo_gaiyou_H22.pdf
戦後初期の頃は,少年と成人の犯罪率に大きな差はなかったのですが,1950年代の後半あたりから,両者の差が開いてきます。1997年には,少年の犯罪率は成人の10倍を超えました。最近は,少年の犯罪率減少,成人の犯罪率微増によって,差が縮まっています。しかし,それでも,少年と成人の乖離の度合いが,国際的にみれば格段に大きいことは,上記の国際統計でみた通りです。
人口構成の変化により,子どもが減り,大人が増えています。よって,子どもに対する社会的な眼差しの量が増えていると考えられます。このことも,先ほど述べたような事態の進行に寄与しているのではないか,と思われます。
わが国では,共に支え合い,共存すべき子どもと大人の間に,大きな断絶ができているのではないでしょうか。子どもと大人が互いにいがみ合うような事態になっている,といえるかもしれません。
2010年7月に策定された,子ども・若者育成支援推進大綱(子ども・若者ビジョン)は,基本理念の一つとして,「子ども・若者は,大人と共に生きるパートナー」というものを掲げています。以前,何かの記事で書いたような気がしますが,ぜひとも,この理念を具現していただきたいと思います。
おかしいように聞こえるでしょうが,この理念の実現の度合いは,少年と成人の犯罪率の差という尺度で計測できるかもしれません。
2012年3月11日日曜日
教員のパフォーマンス指数(総合)
これまで,①授業,②連携・協力,および③研修という3つの側面から,各県の教員のパフォーマンスを計測してきました。今回は,互いに異なるこれらの3側面を合成した,一つの総合的なパフォーマンス指数を構成してみようと思います。ここでいう教員とは,公立の小・中学校の教員のことです。
やり方はごく単純で,3つの指数の平均(average)をとるだけです。下表に,都道府県別の一覧を示します。
3つの面の指数を平均した総合的なパフォーマンス指数は,表の右端の欄に示されています。指数が全県で最も高いのは広島の9.11,最も低いのは滋賀の2.00です。
指数が7.0を超えるのは10県です(赤色)。茨城,栃木,新潟,福井,山梨,長野,岐阜,静岡,広島,および山口が該当します。これらの県は,総合的な観点からみて,教員のパフォーマンスが比較的良好であると考えられます。
上表をみると,赤色の数字は分散しているのではなく,固まっているような印象を受けます。福井から静岡までの,北陸・中部ゾーンは,軒並み数字が赤です。何やら地域性のようなものがあるように感じます。この点をクリアーにするため,地図をつくってみましょう。
下図は,右端の総合的なパフォーマンス指数に依拠して,各県を塗り分けたものです。4未満は黒色,4台は赤色,5台は黄色,6台は水色,7以上は白色にしました。
指数が高い地域(白色)と低い地域(黒色,赤色)は,ある程度固まっているようです。前者は中部地方,後者は近畿地方に多いことが知られます。しかるに,今回作成した指数の元資料は,文科省の学力調査に対する,各県の学校の回答結果です。近畿の府県の学校は,自校の状況をシビアに評価した,ということもあり得ます。
はて,いろいろと手間をかけて計算した教員のパフォーマンス指数ですが,どれほど妥当性を持っているのでしょうか。私は,この点を確認するため,各県の子どもの学力水準との相関関係をとってみました。常識的に考えて,授業工夫などの要素からなる,教員のパフォーマンスの良し悪しは,子どもの学力と関連があるものと思われます。
教員のパフォーマンス指数は,文科省『全国学力・学習状況調査』(2009年度)の学校質問紙調査の結果をもとに作成したものです。しかるに本調査のメインは,児童・生徒を対象とした,教科に関する調査です。そこから,公立小学校6年生の4科目(国語A,国語B,算数A,算数B),公立中学校3年生の4科目(国語A,国語B,数学A,数学B)の平均正答率を県別に知ることができます。Aは知識,Bは知識の活用について問うものです。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
私は,教員の総合的なパフォーマンス指数が,各科目の平均正答率とどういう相関関係にあるのかを調べました。後者の県別数値は,2009年度調査のものです。下表は,相関係数と検定の結果を整理したものです。
教員のパフォーマンス指数は,小・中学生の国語の学力と正の相関関係にあります。また,中学生の活用的な数学力(数学B)との間にも,有意な正の相関が観察されます。相関係数は,小学生よりも中学生で高くなっています。教科の内容が高度化する分,教員の授業工夫や実践的な研修の有様が影響する面が強くなる,ということではないでしょうか。
各県の学校の自己評価に依拠したものですが,ここで出した教員のパフォーマンス指数は,まったく無意味なものではなさそうです。
なお,教員のパフォーマンス指数は,子どもの学力という一部分だけでなく,各県の子どもの総体的なすがたとも関連しています。2月18日の記事で明らかにした,各県の子どもの総合的な幸福度指数との相関をとってみると,下図のようになりました。
教員のパフォーマンスが良好な県ほど,子どもの幸福度が高い傾向が見受けられます。両者の相関係数は0.442であり,1%水準で有意な相関と判定されます。因果関係であると断定はできませんが,教員のがんばり度は,子どものすがたにも影響する可能性があることが示唆されます。
ただ,注意しておくべきことがあります。今回出した教員のパフォーマンス指数(がんばり度尺度)は,教員の過労,さらには教員に対する管理の度合いを表現したものと読むこともできます。授業工夫をしているか,同僚や外部との連携をしているか,研修を頻繁にしているか,という設問への肯定率は,高ければ高いほどよいという,単純なものではありますまい。この指標が殊更に高いことの裏には,教員の過労やバーンアウトといった問題が潜んでいる可能性が多分にあります。
もしかすると,教員のパフォーマンス指数は,教員の離職率や精神疾患率と正の相関関係にあるという,アイロニーな結果が出てくるかもしれません。事実,上図の右上に位置する山梨は,小・中学校の教員の離職率が最高の県です(昨年の7月28日の記事参照)。これらの問題指標との相関分析は,後ほど手がけてみるつもりです。
このような正負の側面があることをお知りおきの上で,各県の教員のパフォーマンス指数をご覧いただければと存じます。
やり方はごく単純で,3つの指数の平均(average)をとるだけです。下表に,都道府県別の一覧を示します。
3つの面の指数を平均した総合的なパフォーマンス指数は,表の右端の欄に示されています。指数が全県で最も高いのは広島の9.11,最も低いのは滋賀の2.00です。
指数が7.0を超えるのは10県です(赤色)。茨城,栃木,新潟,福井,山梨,長野,岐阜,静岡,広島,および山口が該当します。これらの県は,総合的な観点からみて,教員のパフォーマンスが比較的良好であると考えられます。
上表をみると,赤色の数字は分散しているのではなく,固まっているような印象を受けます。福井から静岡までの,北陸・中部ゾーンは,軒並み数字が赤です。何やら地域性のようなものがあるように感じます。この点をクリアーにするため,地図をつくってみましょう。
下図は,右端の総合的なパフォーマンス指数に依拠して,各県を塗り分けたものです。4未満は黒色,4台は赤色,5台は黄色,6台は水色,7以上は白色にしました。
指数が高い地域(白色)と低い地域(黒色,赤色)は,ある程度固まっているようです。前者は中部地方,後者は近畿地方に多いことが知られます。しかるに,今回作成した指数の元資料は,文科省の学力調査に対する,各県の学校の回答結果です。近畿の府県の学校は,自校の状況をシビアに評価した,ということもあり得ます。
はて,いろいろと手間をかけて計算した教員のパフォーマンス指数ですが,どれほど妥当性を持っているのでしょうか。私は,この点を確認するため,各県の子どもの学力水準との相関関係をとってみました。常識的に考えて,授業工夫などの要素からなる,教員のパフォーマンスの良し悪しは,子どもの学力と関連があるものと思われます。
教員のパフォーマンス指数は,文科省『全国学力・学習状況調査』(2009年度)の学校質問紙調査の結果をもとに作成したものです。しかるに本調査のメインは,児童・生徒を対象とした,教科に関する調査です。そこから,公立小学校6年生の4科目(国語A,国語B,算数A,算数B),公立中学校3年生の4科目(国語A,国語B,数学A,数学B)の平均正答率を県別に知ることができます。Aは知識,Bは知識の活用について問うものです。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
私は,教員の総合的なパフォーマンス指数が,各科目の平均正答率とどういう相関関係にあるのかを調べました。後者の県別数値は,2009年度調査のものです。下表は,相関係数と検定の結果を整理したものです。
教員のパフォーマンス指数は,小・中学生の国語の学力と正の相関関係にあります。また,中学生の活用的な数学力(数学B)との間にも,有意な正の相関が観察されます。相関係数は,小学生よりも中学生で高くなっています。教科の内容が高度化する分,教員の授業工夫や実践的な研修の有様が影響する面が強くなる,ということではないでしょうか。
各県の学校の自己評価に依拠したものですが,ここで出した教員のパフォーマンス指数は,まったく無意味なものではなさそうです。
なお,教員のパフォーマンス指数は,子どもの学力という一部分だけでなく,各県の子どもの総体的なすがたとも関連しています。2月18日の記事で明らかにした,各県の子どもの総合的な幸福度指数との相関をとってみると,下図のようになりました。
教員のパフォーマンスが良好な県ほど,子どもの幸福度が高い傾向が見受けられます。両者の相関係数は0.442であり,1%水準で有意な相関と判定されます。因果関係であると断定はできませんが,教員のがんばり度は,子どものすがたにも影響する可能性があることが示唆されます。
ただ,注意しておくべきことがあります。今回出した教員のパフォーマンス指数(がんばり度尺度)は,教員の過労,さらには教員に対する管理の度合いを表現したものと読むこともできます。授業工夫をしているか,同僚や外部との連携をしているか,研修を頻繁にしているか,という設問への肯定率は,高ければ高いほどよいという,単純なものではありますまい。この指標が殊更に高いことの裏には,教員の過労やバーンアウトといった問題が潜んでいる可能性が多分にあります。
もしかすると,教員のパフォーマンス指数は,教員の離職率や精神疾患率と正の相関関係にあるという,アイロニーな結果が出てくるかもしれません。事実,上図の右上に位置する山梨は,小・中学校の教員の離職率が最高の県です(昨年の7月28日の記事参照)。これらの問題指標との相関分析は,後ほど手がけてみるつもりです。
このような正負の側面があることをお知りおきの上で,各県の教員のパフォーマンス指数をご覧いただければと存じます。
2012年3月10日土曜日
教員のパフォーマンス指数(研修)
教員のパフォーマンス指数に戻りましょう。今回は,研修の実施頻度という観点から,各県の教員のパフォーマンスを眺めてみようと思います。
専門職としての教員は,絶えず研修に励むことが求められます。教員採用試験の教職教養を勉強されている方はお分かりと思いますが,このことは法規の上でも規定されています。条文を引いてみましょう。
法律に定める学校の教員は,自己の崇高な使命を深く自覚し,絶えず研究と修養に励み,その職責の遂行に努めなければならない。(教育基本法第9条第1項)
教育公務員は,その職責を遂行するために,絶えず研究と修養に努めなければならない。(教育公務員特例法第21条第1項)
最初の条文の「崇高な使命」という文言から,子どもを教え導く存在としての教員の職務がいかに重要あるかがうかがわれます。このことを自覚し,絶えず向上心を持っていただきたい,ということです。上記の条文は,教職教養の試験でもよく出題されます。繰り返し音読しておきましょう。「崇高」という字を漢字で書けるようにしましょう。
文科省の『全国学力・学習状況調査』では,調査対象の小・中学校に対し,研修の実施状況について尋ねています。以下の3つの設問が含まれています。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
①:模擬授業や事例研修など,実践的な研究を行っていますか。
②:教員が,他校や外部の研修期間などの学校外での研修に積極的に参加できるようにしていますか。
③:教職員は,校内外の研修や研究会に参加し,その成果を教育活動に積極的に反映させていますか。
これらの問いに対し「よくしている」と答えた学校の比率は,東京都の公立小・中学校の場合,順に,53.8%,49.3%,25.0%,です(2009年度調査)。実践的な研修は,半分以上の学校が「よくしている」と答えています。他の県についても同じ比率を計算しました。下表に,全国値と47都道府県の両端の値を示します。
「よくしている」と答えた学校の比率(以下,実施率)は,県によってかなり異なっています。各県の学校の自己評価の結果ですが,この3つの指標を使って,研修面での教員のパフォーマンス指数を構成してみます。
やり方は,前々回と同じです。各県の実施率を,47都道府県中の順位に基づいて点数化します。1~5位=10点,6~10位=9点,11~15位=8点,16~20位=7点,21~25位=6点,26~30位=5点,31~35位=4点,36~40位=3点,41~45位=2点,46~47位=1点,と換算します。
3指標の点数の平均値をもって,研修面での教員のパフォーマンス指数とみなします。下表は,その一覧です。
指数の最大値には黄色,最小値には青色のマークをしました。7.00以上の指数は赤色にしました。言わずもがなですが,この指数値が高いほど,研修という側面での教員のパフォーマンスが比較的良好であると評されます。
47都道府県で指数が最も高いのは,山梨と広島です。最も低いのは滋賀です。滋賀では,それぞれの学校が自校の状況をシビアに評価した,ということも考えられます。
ところで気になるのは,指数が最も高い山梨は,教員の離職率が最も高い県であることです(昨年の7月28日の記事を参照)。ここで出した指数は,教員への管理や過労という問題を表現するものという見方もできますが,ひとまずそれは置いておきましょう。
最後に,上表の指数に依拠して全県を塗り分けた地図を掲げておきます。指数が4以下は黒色,4台は赤色,5台は黄色,6台は水色,7以上は白色で塗っています。
授業面や連携・協力面の指数のマップとは,また違った模様になっていることがお分かりかと存じます。次回は,これまで明らかにしてきた3つの側面の指数を合成した,総合的なパフォーマンス指数をつくってみます。また,それが各県の子どもの学力水準とどう相関しているかも分析してみようと思います。
専門職としての教員は,絶えず研修に励むことが求められます。教員採用試験の教職教養を勉強されている方はお分かりと思いますが,このことは法規の上でも規定されています。条文を引いてみましょう。
法律に定める学校の教員は,自己の崇高な使命を深く自覚し,絶えず研究と修養に励み,その職責の遂行に努めなければならない。(教育基本法第9条第1項)
教育公務員は,その職責を遂行するために,絶えず研究と修養に努めなければならない。(教育公務員特例法第21条第1項)
最初の条文の「崇高な使命」という文言から,子どもを教え導く存在としての教員の職務がいかに重要あるかがうかがわれます。このことを自覚し,絶えず向上心を持っていただきたい,ということです。上記の条文は,教職教養の試験でもよく出題されます。繰り返し音読しておきましょう。「崇高」という字を漢字で書けるようにしましょう。
文科省の『全国学力・学習状況調査』では,調査対象の小・中学校に対し,研修の実施状況について尋ねています。以下の3つの設問が含まれています。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
①:模擬授業や事例研修など,実践的な研究を行っていますか。
②:教員が,他校や外部の研修期間などの学校外での研修に積極的に参加できるようにしていますか。
③:教職員は,校内外の研修や研究会に参加し,その成果を教育活動に積極的に反映させていますか。
これらの問いに対し「よくしている」と答えた学校の比率は,東京都の公立小・中学校の場合,順に,53.8%,49.3%,25.0%,です(2009年度調査)。実践的な研修は,半分以上の学校が「よくしている」と答えています。他の県についても同じ比率を計算しました。下表に,全国値と47都道府県の両端の値を示します。
「よくしている」と答えた学校の比率(以下,実施率)は,県によってかなり異なっています。各県の学校の自己評価の結果ですが,この3つの指標を使って,研修面での教員のパフォーマンス指数を構成してみます。
やり方は,前々回と同じです。各県の実施率を,47都道府県中の順位に基づいて点数化します。1~5位=10点,6~10位=9点,11~15位=8点,16~20位=7点,21~25位=6点,26~30位=5点,31~35位=4点,36~40位=3点,41~45位=2点,46~47位=1点,と換算します。
3指標の点数の平均値をもって,研修面での教員のパフォーマンス指数とみなします。下表は,その一覧です。
指数の最大値には黄色,最小値には青色のマークをしました。7.00以上の指数は赤色にしました。言わずもがなですが,この指数値が高いほど,研修という側面での教員のパフォーマンスが比較的良好であると評されます。
47都道府県で指数が最も高いのは,山梨と広島です。最も低いのは滋賀です。滋賀では,それぞれの学校が自校の状況をシビアに評価した,ということも考えられます。
ところで気になるのは,指数が最も高い山梨は,教員の離職率が最も高い県であることです(昨年の7月28日の記事を参照)。ここで出した指数は,教員への管理や過労という問題を表現するものという見方もできますが,ひとまずそれは置いておきましょう。
最後に,上表の指数に依拠して全県を塗り分けた地図を掲げておきます。指数が4以下は黒色,4台は赤色,5台は黄色,6台は水色,7以上は白色で塗っています。
授業面や連携・協力面の指数のマップとは,また違った模様になっていることがお分かりかと存じます。次回は,これまで明らかにしてきた3つの側面の指数を合成した,総合的なパフォーマンス指数をつくってみます。また,それが各県の子どもの学力水準とどう相関しているかも分析してみようと思います。
2012年3月9日金曜日
大都市とへき地の子ども
ちょっと話題を変えましょう。東京都教育委員会は,地方の教員志望の学生を呼び寄せるため,「東京の学校見学バスツアー」を随時企画している模様です。
東京は怖い,東京の子どもは生意気というような不安(偏見)を解消し,ぜひとも東京の教員を志望していただきたい,という意図からとのこと。授業見学や講話という内容だけでなく,参加者が子どもと触れ合う時間もちゃんと設けられています。
このイベントはそれなりに効をなしているようで,参加者からは,「東京の教育現場に関する悪いイメージが吹き飛んだ」,「全国どこでも子どもは同じだ」というような声が寄せられています。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/25senko/bustour_01.pdf
これを読んで私は,「本当かな?」と思い,公的な調査データにあたってみることにしました。生身の子どもと触れ合うことも大切ですが,数字と触れ合うことにも意味があるものと思います。
文科省の『全国学力・学習状況調査』では,小学校6年生と中学校3年生の児童・生徒に対し,生活意識や行動について尋ねています。全学校を対象とした2009年度調査では,結果が地域類型別(大都市,中核市,その他市,町村,へき地)に集計されています。それをもとに,大都市とへき地の子どもの道徳意識・行為を比較してみようと思います。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
私は,以下の7つの設問に対する回答が,大都市とへき地の子どもでどれほど異なるのかを調べました。
①:学校のきまりを守っているか。
②:友達との約束を守っているか。
③:人が困っている時は,進んで助けているか。
④:近所の人に会った時は,あいさつをしているか。
⑤:人の気持ちがわかる人間になりたいと思うか。
⑥:いじめは,どんな理由があってもいけないことだと思うか。
⑦:人の役に立つ人間になりたいと思うか。
それぞれの問いに対し,「当てはまる」,「どちらかといえば,当てはまる」,「どちらかといえば,当てはまらない」,「当てはまらない」,の4択で答えてもらっています。①の問いに対する,大都市の公立小学校6年生の回答分布は順に,32.2%,54.2%,11.7%,1.9%,です。
私は,「当てはまる」を4点,「どちらかといえば,当てはまる」を3点,「どちらかといえば,当てはまらない」を2点,「当てはまらない」を1点,とした場合の平均点を計算しました。一部の回答,たとえば「当てはまる」の比率だけを拾った場合,他の回答分布が捨象されてしまうからです。①の設問に対する,大都市の公立小学校6年生の回答平均点は,以下のように算出されます。
[(4点×32.2)+(3点×54.2)+(2点×11.7)+(1点×1.9)]/100.0 ≒ 3.17
この値が高いほど,当該の設問に対する肯定の度合いが高いと判断されます。①~⑦の設問への回答をこのように数量化し,大都市とへき地で比較してみます。下表は,結果をまとめたものです。
高い方の値を赤色にしました。0.1以上差がある場合は,ゴチの赤色にしています。どうでしょう。小学校6年生では7つ中5つ,中学校3年生では7つ中6つの設問で,へき地の子どもの肯定度が高くなっています。
小・中学生ともに差が大きいのは,近所の人への挨拶です。近隣関係が希薄な都市と,それが比較的濃いへき地の社会構造の差が,くっきりと刻印されています。
まあ,上表にみられるような差は,ほんの微差だろうと取られるかもしれません。しかるに,子ども本人ではなく,学校の教員に評価をさせると,差がクリアーになります。
文科省の上記調査では,児童・生徒への質問紙調査と同時に,学校に対するそれも実施しています。その中に,自校の子どもの状況について問う設問が含まれています。私は,3つの問いに対する,学校単位の回答分布が,大都市とへき地でどう違うのかを明らかにしました。2009年度調査の,公立学校の回答結果であることを申し添えます。
子どもの勉学姿勢,落ち着き,および礼儀について,4択で答えてもらっています。いずれの設問でも,肯定的な回答の割合は,大都市よりもへき地で明らかに高くなっています。学校種を問わずです。
とくに,一番下の,子どもの礼儀についての回答分布の差が大きいように感じます。中学校でいうと,最も強い肯定(「そう思う」)の比率は,大都市では22.2%であるのに対し,へき地では54.3%と半分を超えます。教員の目からすると,子どもの「ナマイキ度」の地域差は,かなり際立っているようです。
私は,東京都教育委員会の取組を茶化すつもりはありません。先に引用した,バスツアー参加者の感想も,短時間とはいえ,子どもと肌身で触れ合った上でのものなのですから,それなりに信憑性を備えたものであると確信いたします。東京のガキは生意気だ,東京で教員になるのは止めたほうがよいなどと主張するつもりは毛頭ございません。
ここで行ったのは,大都市とへき地という,対極的な社会構造を持つ地域類型間の比較です。全国学力調査の対象となっている,へき地の児童・生徒は,全児童・生徒のほんの2.5%ほどです。相当の少数派(マイノリティー)です。故に,ここでの比較は極端なものであり,東京VS地方という大雑把な次元での差を論じるには不適当といえましょう。
しかるに,「社会によって,子どものすがたは異なる」ということを,教員志望の皆さまには知っておいていただきたいと存じます。これは,私が専攻する教育社会学の基本的なテーゼです。子どもの学力,疾病頻度,さらには逸脱行動の発生頻度などは,諸々の社会的条件に強く規定されている側面があります。
格差社会化が進行する今日,個々の子どもを取り巻く社会的諸条件(家庭環境など)の格差が広がってきています。こういう状況において,教員となられる方には,教育事象の社会的規定性に関する認識を持っていただくことを希望いたします。大学の教職課程において,教育社会学という科目が設けられていることの意義は,こういうところにあるのではないかと,個人的に思っています。
東京は怖い,東京の子どもは生意気というような不安(偏見)を解消し,ぜひとも東京の教員を志望していただきたい,という意図からとのこと。授業見学や講話という内容だけでなく,参加者が子どもと触れ合う時間もちゃんと設けられています。
このイベントはそれなりに効をなしているようで,参加者からは,「東京の教育現場に関する悪いイメージが吹き飛んだ」,「全国どこでも子どもは同じだ」というような声が寄せられています。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/25senko/bustour_01.pdf
これを読んで私は,「本当かな?」と思い,公的な調査データにあたってみることにしました。生身の子どもと触れ合うことも大切ですが,数字と触れ合うことにも意味があるものと思います。
文科省の『全国学力・学習状況調査』では,小学校6年生と中学校3年生の児童・生徒に対し,生活意識や行動について尋ねています。全学校を対象とした2009年度調査では,結果が地域類型別(大都市,中核市,その他市,町村,へき地)に集計されています。それをもとに,大都市とへき地の子どもの道徳意識・行為を比較してみようと思います。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
私は,以下の7つの設問に対する回答が,大都市とへき地の子どもでどれほど異なるのかを調べました。
①:学校のきまりを守っているか。
②:友達との約束を守っているか。
③:人が困っている時は,進んで助けているか。
④:近所の人に会った時は,あいさつをしているか。
⑤:人の気持ちがわかる人間になりたいと思うか。
⑥:いじめは,どんな理由があってもいけないことだと思うか。
⑦:人の役に立つ人間になりたいと思うか。
それぞれの問いに対し,「当てはまる」,「どちらかといえば,当てはまる」,「どちらかといえば,当てはまらない」,「当てはまらない」,の4択で答えてもらっています。①の問いに対する,大都市の公立小学校6年生の回答分布は順に,32.2%,54.2%,11.7%,1.9%,です。
私は,「当てはまる」を4点,「どちらかといえば,当てはまる」を3点,「どちらかといえば,当てはまらない」を2点,「当てはまらない」を1点,とした場合の平均点を計算しました。一部の回答,たとえば「当てはまる」の比率だけを拾った場合,他の回答分布が捨象されてしまうからです。①の設問に対する,大都市の公立小学校6年生の回答平均点は,以下のように算出されます。
[(4点×32.2)+(3点×54.2)+(2点×11.7)+(1点×1.9)]/100.0 ≒ 3.17
この値が高いほど,当該の設問に対する肯定の度合いが高いと判断されます。①~⑦の設問への回答をこのように数量化し,大都市とへき地で比較してみます。下表は,結果をまとめたものです。
高い方の値を赤色にしました。0.1以上差がある場合は,ゴチの赤色にしています。どうでしょう。小学校6年生では7つ中5つ,中学校3年生では7つ中6つの設問で,へき地の子どもの肯定度が高くなっています。
小・中学生ともに差が大きいのは,近所の人への挨拶です。近隣関係が希薄な都市と,それが比較的濃いへき地の社会構造の差が,くっきりと刻印されています。
まあ,上表にみられるような差は,ほんの微差だろうと取られるかもしれません。しかるに,子ども本人ではなく,学校の教員に評価をさせると,差がクリアーになります。
文科省の上記調査では,児童・生徒への質問紙調査と同時に,学校に対するそれも実施しています。その中に,自校の子どもの状況について問う設問が含まれています。私は,3つの問いに対する,学校単位の回答分布が,大都市とへき地でどう違うのかを明らかにしました。2009年度調査の,公立学校の回答結果であることを申し添えます。
子どもの勉学姿勢,落ち着き,および礼儀について,4択で答えてもらっています。いずれの設問でも,肯定的な回答の割合は,大都市よりもへき地で明らかに高くなっています。学校種を問わずです。
とくに,一番下の,子どもの礼儀についての回答分布の差が大きいように感じます。中学校でいうと,最も強い肯定(「そう思う」)の比率は,大都市では22.2%であるのに対し,へき地では54.3%と半分を超えます。教員の目からすると,子どもの「ナマイキ度」の地域差は,かなり際立っているようです。
私は,東京都教育委員会の取組を茶化すつもりはありません。先に引用した,バスツアー参加者の感想も,短時間とはいえ,子どもと肌身で触れ合った上でのものなのですから,それなりに信憑性を備えたものであると確信いたします。東京のガキは生意気だ,東京で教員になるのは止めたほうがよいなどと主張するつもりは毛頭ございません。
ここで行ったのは,大都市とへき地という,対極的な社会構造を持つ地域類型間の比較です。全国学力調査の対象となっている,へき地の児童・生徒は,全児童・生徒のほんの2.5%ほどです。相当の少数派(マイノリティー)です。故に,ここでの比較は極端なものであり,東京VS地方という大雑把な次元での差を論じるには不適当といえましょう。
しかるに,「社会によって,子どものすがたは異なる」ということを,教員志望の皆さまには知っておいていただきたいと存じます。これは,私が専攻する教育社会学の基本的なテーゼです。子どもの学力,疾病頻度,さらには逸脱行動の発生頻度などは,諸々の社会的条件に強く規定されている側面があります。
格差社会化が進行する今日,個々の子どもを取り巻く社会的諸条件(家庭環境など)の格差が広がってきています。こういう状況において,教員となられる方には,教育事象の社会的規定性に関する認識を持っていただくことを希望いたします。大学の教職課程において,教育社会学という科目が設けられていることの意義は,こういうところにあるのではないかと,個人的に思っています。
2012年3月8日木曜日
教員のパフォーマンス指数(連携・協力)
前回の続編です。前回は,教員の本分である「授業」という観点から,各県の教員のパフォーマンスを観察しました。今回は,表題の通り,「連携・協力」という視点を据えてみようと思います。
今日,子どもの教育は,学校という専門機関で行われています。学校は複雑な組織なのですが,この組織を円滑に動かしていくには,組織の成員たる教員の連携・協力(チームプレー)が欠かせません。むろん,専門職としての教員にはそれなりの自律性が付与されて然るべきですが,そればかりを強調すると,組織的・体系的な教育は到底望み得なくなります。
各自治体の教員採用試験のパンフに載っている,求める人材像に関する文章をみると,ほぼ例外なく,「協調性」という言葉が含まれています。チームプレーができない人はお断り,ということでしょう。採用試験の面接では,この要素が備わっているかを厳格に試されます。集団討論の場で,他人の意見に耳を貸さず,自分の意見だけを強硬に主張するような人は一発でアウトです。私などは,そこで弾かれるのだろうな。
なお,学校内のみならず,学校外の諸主体(保護者,地域住民・・・)との連携・協力も求められます。地域社会には,優れた知や技を持った人材が数多くます。団塊世代の大量退職により,こうした地域資源の量は,以前よりも増えていることでしょう。これを適切に活用することは,教育の効果を高める上でも,重要なことといえます。学習指導要領の総則でも,「学校がその目的を達成するため,地域や学校の実態等に応じ,家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること」といわれています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/sou.htm
このようなことを念頭に置きながら,文科省『全国学力・学習状況調査』の学校質問紙調査の結果を眺めていたところ,使えそうな設問があることに気づきました。私は,各県の公立小・中学校が,以下の3つの問いに対し,どのような回答を寄せているかに注目することにしました。
①:地域の人材を外部講師として招聘した授業を行いましたか。
②:指導計画の作成にあたっては,教職員同士がよく協力していますか。
③:学校の教育目標やその達成に向けた方策について,全教職員の間で共有し,取組に当たっていますか。
2009年度調査の対象となった,東京都の公立小・中学校は1,970校です。このうち,①の設問に対し,最も強い肯定の回答(「よく行った」)を寄せた学校は477校です。比率にすると,24.2%です。②と③の設問に対し,「よくしている」と答えた学校の比率は,順に39.1%,38.4%となっています。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
私は,上記の3つの設問に対し,最も強い肯定の回答を寄せた学校の比率(以下,実施率)を都道府県別に計算しました。前回と同様,全国値と47都道府県の両端の値を示します。
前回の授業面での指標と同じく,こちらもかなりの地域差があります。「指導計画の作成にあたって,教職員同士がよく協力して」いる公立小・中学校は,山梨では全体の66.3%ですが,滋賀では30.8%です。③についても,両端では30ポイントを超える開きがあります。
では,3指標を合成して,連携・協力面での教員のパフォーマンス指数をつくってみましょう。やり方は,前回と同じです。3つの実施率を,全県中の順位に依拠して,1~10の点数にします。1~5位=10点,6~10位=9点,11~15位=8点,16~20位=7点,21~25位=6点,26~30位=5点,31~35位=4点,36~40位=3点,41~45位=2点,46~47位=1点,とします
下表は,3指標の順位とスコアの県別一覧です。右端の指数は,3つのスコアを平均したものです。この値をもって,連携・協力面での教員のパフォーマンス指数とします。
最大値には黄色,最小値には青色のマークをつけました。指数が7.00以上の場合,数字を赤色にしました。まず両端をみると,最も高いのは長野,最も低いのは沖縄です。長野の指数は,考えられ得る値の最大値(10.00)に達しています。3指標とも,上位5位に入っているためです。スゴイ。
指数が7.00を超える県に注目すると,長野の周辺の中部地方の県の数字が赤色になっています。それと,北関東,北陸の諸県でしょうか。これらの県は,連携・協力面でのパフォーマンスが相対的に良好であると評されます。あくまで各学校の自己評価の結果ですが。
指数が高い(低い)県のロケーションが分かる地図もつくってみました。前回と同じく,4未満を黒色,4台を赤色,5台を黄色,6台を水色,7以上を白色で塗り分けたマップです。
中部や北陸のゾーンが,白く染まっています。一方,近畿,東北,そして九州では,黒色や赤色がやや多くなっています。地方県では,外部講師として招聘できるような人材が比較的少ない,という事情もあるのかもしれません。
前回の授業面の指数とは違った側面が明らかになりました。次回は,研修という面でのパフォーマンス指数を県別に出してみます。次々回では,3つの観点の指数を動員した,総合的なパフォーマンス指数を構成してみる予定です。
今日,子どもの教育は,学校という専門機関で行われています。学校は複雑な組織なのですが,この組織を円滑に動かしていくには,組織の成員たる教員の連携・協力(チームプレー)が欠かせません。むろん,専門職としての教員にはそれなりの自律性が付与されて然るべきですが,そればかりを強調すると,組織的・体系的な教育は到底望み得なくなります。
各自治体の教員採用試験のパンフに載っている,求める人材像に関する文章をみると,ほぼ例外なく,「協調性」という言葉が含まれています。チームプレーができない人はお断り,ということでしょう。採用試験の面接では,この要素が備わっているかを厳格に試されます。集団討論の場で,他人の意見に耳を貸さず,自分の意見だけを強硬に主張するような人は一発でアウトです。私などは,そこで弾かれるのだろうな。
なお,学校内のみならず,学校外の諸主体(保護者,地域住民・・・)との連携・協力も求められます。地域社会には,優れた知や技を持った人材が数多くます。団塊世代の大量退職により,こうした地域資源の量は,以前よりも増えていることでしょう。これを適切に活用することは,教育の効果を高める上でも,重要なことといえます。学習指導要領の総則でも,「学校がその目的を達成するため,地域や学校の実態等に応じ,家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること」といわれています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/sou.htm
このようなことを念頭に置きながら,文科省『全国学力・学習状況調査』の学校質問紙調査の結果を眺めていたところ,使えそうな設問があることに気づきました。私は,各県の公立小・中学校が,以下の3つの問いに対し,どのような回答を寄せているかに注目することにしました。
①:地域の人材を外部講師として招聘した授業を行いましたか。
②:指導計画の作成にあたっては,教職員同士がよく協力していますか。
③:学校の教育目標やその達成に向けた方策について,全教職員の間で共有し,取組に当たっていますか。
2009年度調査の対象となった,東京都の公立小・中学校は1,970校です。このうち,①の設問に対し,最も強い肯定の回答(「よく行った」)を寄せた学校は477校です。比率にすると,24.2%です。②と③の設問に対し,「よくしている」と答えた学校の比率は,順に39.1%,38.4%となっています。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
私は,上記の3つの設問に対し,最も強い肯定の回答を寄せた学校の比率(以下,実施率)を都道府県別に計算しました。前回と同様,全国値と47都道府県の両端の値を示します。
前回の授業面での指標と同じく,こちらもかなりの地域差があります。「指導計画の作成にあたって,教職員同士がよく協力して」いる公立小・中学校は,山梨では全体の66.3%ですが,滋賀では30.8%です。③についても,両端では30ポイントを超える開きがあります。
では,3指標を合成して,連携・協力面での教員のパフォーマンス指数をつくってみましょう。やり方は,前回と同じです。3つの実施率を,全県中の順位に依拠して,1~10の点数にします。1~5位=10点,6~10位=9点,11~15位=8点,16~20位=7点,21~25位=6点,26~30位=5点,31~35位=4点,36~40位=3点,41~45位=2点,46~47位=1点,とします
下表は,3指標の順位とスコアの県別一覧です。右端の指数は,3つのスコアを平均したものです。この値をもって,連携・協力面での教員のパフォーマンス指数とします。
最大値には黄色,最小値には青色のマークをつけました。指数が7.00以上の場合,数字を赤色にしました。まず両端をみると,最も高いのは長野,最も低いのは沖縄です。長野の指数は,考えられ得る値の最大値(10.00)に達しています。3指標とも,上位5位に入っているためです。スゴイ。
指数が7.00を超える県に注目すると,長野の周辺の中部地方の県の数字が赤色になっています。それと,北関東,北陸の諸県でしょうか。これらの県は,連携・協力面でのパフォーマンスが相対的に良好であると評されます。あくまで各学校の自己評価の結果ですが。
指数が高い(低い)県のロケーションが分かる地図もつくってみました。前回と同じく,4未満を黒色,4台を赤色,5台を黄色,6台を水色,7以上を白色で塗り分けたマップです。
中部や北陸のゾーンが,白く染まっています。一方,近畿,東北,そして九州では,黒色や赤色がやや多くなっています。地方県では,外部講師として招聘できるような人材が比較的少ない,という事情もあるのかもしれません。
前回の授業面の指数とは違った側面が明らかになりました。次回は,研修という面でのパフォーマンス指数を県別に出してみます。次々回では,3つの観点の指数を動員した,総合的なパフォーマンス指数を構成してみる予定です。
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