ちょっと話題を変えましょう。東京都教育委員会は,地方の教員志望の学生を呼び寄せるため,「東京の学校見学バスツアー」を随時企画している模様です。
東京は怖い,東京の子どもは生意気というような不安(偏見)を解消し,ぜひとも東京の教員を志望していただきたい,という意図からとのこと。授業見学や講話という内容だけでなく,参加者が子どもと触れ合う時間もちゃんと設けられています。
このイベントはそれなりに効をなしているようで,参加者からは,「東京の教育現場に関する悪いイメージが吹き飛んだ」,「全国どこでも子どもは同じだ」というような声が寄せられています。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/25senko/bustour_01.pdf
これを読んで私は,「本当かな?」と思い,公的な調査データにあたってみることにしました。生身の子どもと触れ合うことも大切ですが,数字と触れ合うことにも意味があるものと思います。
文科省の『全国学力・学習状況調査』では,小学校6年生と中学校3年生の児童・生徒に対し,生活意識や行動について尋ねています。全学校を対象とした2009年度調査では,結果が地域類型別(大都市,中核市,その他市,町村,へき地)に集計されています。それをもとに,大都市とへき地の子どもの道徳意識・行為を比較してみようと思います。
http://www.nier.go.jp/09chousakekkahoukoku/index.htm
私は,以下の7つの設問に対する回答が,大都市とへき地の子どもでどれほど異なるのかを調べました。
①:学校のきまりを守っているか。
②:友達との約束を守っているか。
③:人が困っている時は,進んで助けているか。
④:近所の人に会った時は,あいさつをしているか。
⑤:人の気持ちがわかる人間になりたいと思うか。
⑥:いじめは,どんな理由があってもいけないことだと思うか。
⑦:人の役に立つ人間になりたいと思うか。
それぞれの問いに対し,「当てはまる」,「どちらかといえば,当てはまる」,「どちらかといえば,当てはまらない」,「当てはまらない」,の4択で答えてもらっています。①の問いに対する,大都市の公立小学校6年生の回答分布は順に,32.2%,54.2%,11.7%,1.9%,です。
私は,「当てはまる」を4点,「どちらかといえば,当てはまる」を3点,「どちらかといえば,当てはまらない」を2点,「当てはまらない」を1点,とした場合の平均点を計算しました。一部の回答,たとえば「当てはまる」の比率だけを拾った場合,他の回答分布が捨象されてしまうからです。①の設問に対する,大都市の公立小学校6年生の回答平均点は,以下のように算出されます。
[(4点×32.2)+(3点×54.2)+(2点×11.7)+(1点×1.9)]/100.0 ≒ 3.17
この値が高いほど,当該の設問に対する肯定の度合いが高いと判断されます。①~⑦の設問への回答をこのように数量化し,大都市とへき地で比較してみます。下表は,結果をまとめたものです。
高い方の値を赤色にしました。0.1以上差がある場合は,ゴチの赤色にしています。どうでしょう。小学校6年生では7つ中5つ,中学校3年生では7つ中6つの設問で,へき地の子どもの肯定度が高くなっています。
小・中学生ともに差が大きいのは,近所の人への挨拶です。近隣関係が希薄な都市と,それが比較的濃いへき地の社会構造の差が,くっきりと刻印されています。
まあ,上表にみられるような差は,ほんの微差だろうと取られるかもしれません。しかるに,子ども本人ではなく,学校の教員に評価をさせると,差がクリアーになります。
文科省の上記調査では,児童・生徒への質問紙調査と同時に,学校に対するそれも実施しています。その中に,自校の子どもの状況について問う設問が含まれています。私は,3つの問いに対する,学校単位の回答分布が,大都市とへき地でどう違うのかを明らかにしました。2009年度調査の,公立学校の回答結果であることを申し添えます。
子どもの勉学姿勢,落ち着き,および礼儀について,4択で答えてもらっています。いずれの設問でも,肯定的な回答の割合は,大都市よりもへき地で明らかに高くなっています。学校種を問わずです。
とくに,一番下の,子どもの礼儀についての回答分布の差が大きいように感じます。中学校でいうと,最も強い肯定(「そう思う」)の比率は,大都市では22.2%であるのに対し,へき地では54.3%と半分を超えます。教員の目からすると,子どもの「ナマイキ度」の地域差は,かなり際立っているようです。
私は,東京都教育委員会の取組を茶化すつもりはありません。先に引用した,バスツアー参加者の感想も,短時間とはいえ,子どもと肌身で触れ合った上でのものなのですから,それなりに信憑性を備えたものであると確信いたします。東京のガキは生意気だ,東京で教員になるのは止めたほうがよいなどと主張するつもりは毛頭ございません。
ここで行ったのは,大都市とへき地という,対極的な社会構造を持つ地域類型間の比較です。全国学力調査の対象となっている,へき地の児童・生徒は,全児童・生徒のほんの2.5%ほどです。相当の少数派(マイノリティー)です。故に,ここでの比較は極端なものであり,東京VS地方という大雑把な次元での差を論じるには不適当といえましょう。
しかるに,「社会によって,子どものすがたは異なる」ということを,教員志望の皆さまには知っておいていただきたいと存じます。これは,私が専攻する教育社会学の基本的なテーゼです。子どもの学力,疾病頻度,さらには逸脱行動の発生頻度などは,諸々の社会的条件に強く規定されている側面があります。
格差社会化が進行する今日,個々の子どもを取り巻く社会的諸条件(家庭環境など)の格差が広がってきています。こういう状況において,教員となられる方には,教育事象の社会的規定性に関する認識を持っていただくことを希望いたします。大学の教職課程において,教育社会学という科目が設けられていることの意義は,こういうところにあるのではないかと,個人的に思っています。