貧困と学力の相関。最近の教育界でよくいわれるフレーズですが,個々人の体験や印象論によるものが多く,実証データというのは意外に少ないように思います。
今回は,大都市・東京の特別区部(23区)の統計を使って,この現象を「見える化」してみましょう。
まずは,各区の子どもの貧困度を可視化する作業からです。よく使われる指標は,いわゆる相対的貧困率(所得が中央値の半分に満たない世帯の割合)ですが,これを地域別に出すことはできません。ここでは,教育扶助を受けている世帯の率を計算してみます。
教育扶助とは生活保護の一種であり,学齢の子がいる保護者に対してなされる援助です。この扶助を受けている世帯が多い区ほど,子どもの貧困度が高いという見方をとります。
東京都の『福祉・衛生統計年報』という資料に,都内の地域別の教育扶助受給世帯数が掲載されています。2012年度の資料によると,足立区の教育扶助受給世帯数は1,303世帯です(月平均)。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_tokei/nenpou/2012.html
『東京都学校基本調査』から分かる,同年5月時点の公立小・中学生数は45,855人。よって足立区の場合,公立小・中学生千人あたりの教育扶助受給世帯数は28.4となります。この値をもって,教育扶助受給率といたしましょう。
この指標を23区別に出し,マッピングすると以下のようになります。東京の子どもの貧困地図です。
ほう。明瞭な地域性がありますねえ。中心部で低く(新宿区は別),北東や北西の周辺部で高くなっています。最高の板橋区と最低の文京区では,教育扶助受給率に6倍近くもの差があることも驚きです。
この指標と,各区の子どもの学力との相関をとってみましょう。都教委は毎年,『児童・生徒の学力向上を図るための調査』という独自の学力調査を実施しています。私は情報公開申請をして,2013年度調査の市区別の平均正答率をゲットしました。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr131128b.htm
本調査の対象は公立小学校5年生と中学校2年生ですが,中学校の場合,私立中に流れる生徒が多い区もありますので,小学校5年生の学力との相関をとってみます。教科は国語,社会,算数,および理科ですが,地域分散が最も大きい算数の正答率を用いましょう。
下の図は,23区の教育扶助受給世帯率と算数学力の相関図です。
教育扶助受給率が高い区ほど,すなわち子どもの貧困度が高い区ほど,算数学力が低い傾向が明らかです。相関係数は-0.797にもなります。
他の要因を介した疑似相関の可能性も捨てきれませんが,上図の相関は,因果関係の面を強く持っていると私は思います。それについて詳説するまでもありますまい。
「学力テストの結果とは,すなわち教師力だ」。某県の知事さんがこんなことを言っていました。結果がよかった学校(地域)は,教師の授業がよかったということ。逆も然り。好成績を収めた学校(地域)に予算を重点配分する方針を出し,インセンティヴを高めてもらおう。こういう考えも出てきます。
しかし,これはとても危険なことだと思います。各学校(地域)の学力テストの結果は,教師力だけに規定されるのではありません。今回みた貧困指標や住民の階層構成など,社会・経済的要因によって決定づけられる面を強く持っています。
こういう事実があることを知らずに,好成績の地域を厚遇するようなことをしたら,有利な地域はますます有利になり,不利な地域はますます不利になる。こうした格差の拡大現象が引き起こされます。
学力の社会的規定性が厳として存在することをふまえるなら,不利な条件であるにもかかわらず「がんばっている」地域を評価することでしょう。上記の相関図でいうと,足立区や板橋区は,正答率は低いものの,自地域の貧困指標から期待される水準を凌駕しています。この点にも注視すべきです。新宿区などは,期待水準を大きく上回っています。
教育社会学にちょっと馴染んだ人間ならこういう発想になると思いますが,現場にはあまりいないのかなあ。考えてみれば,教員採用試験の教職教養では,教育社会学なんて「アウト・オブ・眼中」ですしね。現場の教員が「社会階層」なんていう言葉を口にするようになったらマズイからか?
愚痴っぽくなってきたので,この辺りでやめにします。大都市・東京の特別区部のデータによる,貧困と学力の関連の「見える化」作業でした。