自殺とは「孤立の病」であるといわれます。「人は集団に属さずして,自分自身だけを目的にして生きることはできない」。デュルケムの名言ですが,あらゆる縁から隔絶されている人間の自殺率がべらぼうに高いことはよく知られています。
縁といっても,血縁・地縁などいろいろありますが,職業生活の比重が増している現代では,職縁,つまり職業集団に属しているかどうかが大きいと思われます。デュルケムも,自殺の防止に際して職業集団の役割を強調していますしね。
今回は,生産年齢人口の自殺率が,有業か無業かによってどう変異するかをみてみようと思います。こういうデータは,当局の白書等で公表されていないようですので,みなさんの参考になればと存じます。
まずは分子の自殺者数ですが,厚労省の『人口動態職業・産業別統計』から,2010年度間の自殺者数を有業・無業別に知ることができます。私の属性(30代後半男性)でいうと,有業者の自殺者数は752人,無業者は627人です。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/135-1.html
30代後半の男といえば,ほとんどがバリバリ働いていますが,自殺者では有業者と無業者がほぼ拮抗していますね。それだけ,無業者の自殺率がメチャ高ということでしょう。
自殺率を出すための分母としては,2010年の総務省『国勢調査』の数値を使いましょう。これによると,同年10月の30代後半男性の有業者(就業者)は421万人,無業者(完全失業者+非労働力人口)は38万人です。
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/index.htm
以上の数値から,30代後半の有業男性の自殺率は17.9,無業者の自殺率は164.3と算出されます。ベース10万人あたりの自殺者数です。ほう。無業者の自殺率は有業者の9倍にもなるのですね。
私は,他の年齢層の数値も出し,それらをつないだ曲線を描いてみました。ジェンダー差もみるため,グラフは男女で分けています。
自殺率の性差はよく知られていますが,無業者に限るとすさまじいですね。男性の場合,加齢とともにぐんぐん上がり,45~54歳の層では自殺率が200を超えています。就労はもちろん,ローン返済,子どもの高等教育学費負担,親の介護など,さまざまな役割が課せられる層ですが,それだけに,無業者に対する圧力も大きい,ということでしょうか。
デュルケムが指摘するような,職業集団のはく奪による,自己アイデンティティの喪失という要因も無視できません。女性でも「有業者<無業者」ですが,最近は女性にあっても職業集団が自我の拠り所となる度合いも高まっています。昔に比したら,無業者の相対的苦悩が増しているのではないでしょうか。女性の社会進出の必要は,こういう面からも指摘できます。
さて,とりわけ男性の中高年層において,無業者の自殺率が高いことを知ったのですが,地域別のデータもみてみましょう。先ほど説明した分子と分母の数値は,都道府県別に得ることもできます。私はこれを使って,30~50代男性の有業者・無業者の自殺率を県別に出してみました。
下の表は,47都道府県の一覧表です。最高値には黄色,最低値には青色のマークをつけました。
どの県でも,有業者より無業者の自殺率が高くなっています。無業者の自殺率のマックスは,首都の東京です。有業者と比した相対倍率も,東京で最も高くなっています(12倍!)。
赤色は,無業者の自殺率が有業者の10倍を超えるという意味ですが,埼玉,東京,神奈川,富山,大阪,そして奈良というように,多くが都市県です。
「相対的はく奪」という概念がありますが,生活水準が高い都市部において無業状態に置かれることは,苦痛を増幅させる,ということであると思われます。「豊かさの中の貧困」というやつです。
そういえば,松本良夫先生の研究でも,生活水準が高い大都市内の相対的に貧しい地区で非行少年の出現率が高いことが明らかにされています。*「最近の東京における少年非行の生態学的構造」『犯罪社会学研究』第3号,1978年。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002779579
無業者の自殺率が有業者の何倍かの倍率を地図化すると,構造がよりクリアーになります。上表の相対倍率に依拠して,各県を塗り分けてみました。
色が濃いのは,首都圏,近畿圏,愛知,広島,そして北陸2県です。都市的地域における,無業者の相対的苦悩が見受けられます。「相対的はく奪」感のような文脈要因だけでなく,より直に,各県の雇用斡旋や生活保護等の施策と関連しているかもしれません。
同じ生活状況に置かれた人間であっても,当人をとりまく文脈(context)によって,自殺へと傾斜する確率は異なる。社会学的な自殺論の存在意義の一つは,この点を目に見える形で明らかにすることであると考えております。