2014年9月7日日曜日

ディスタンクシオン

 タイトルをみて「?」と思われましたか。これは,「差異」という意味の仏語です。綴りは「distinction」ですが,仏語だと「ディスタンクシオン」と読みます。

 社会学をちょっとかじった方ならお分かりでしょうが,フランスの社会学者ブルデューが,このタイトルの名著を公刊しています。邦訳は藤原書店から出ています。石井洋二郎教授の訳です。

 この本では,人々の趣味や嗜好が階層によって大きく異なることが明らかにされています。たとえば,読む雑誌を調べると,ホワイトカラー層は文芸誌を好むが,ブルカラー層は大衆誌を好む。服装,映画,スポーツなどにおいても,階層による違いが明瞭に出るのだそうです。

 まさに「差異(distinction)」ですが,これは階層がはっきりしている西洋の話であって,日本ではこういう現象は見られないのではないか,といわれます。なるほど。教育社会学の授業でこういう話をしても,ピンとこない学生さんが多いように思います。

 しかし,柴野・菊池・竹内編『教育社会学』有斐閣(1992年)の161ページには,趣味の職業差を明瞭に示した図が載っています。横軸にクラシック音楽鑑賞の実施率,縦軸にポピュラー音楽・歌謡曲鑑賞実施率をとった座標上に,それぞれの職業を位置づけたグラフです。

 これをみると,教員・宗教家や専門職業従事者は右下にあり,販売職や労務職は左上に位置しています。前者はクラシック音楽を好み,後者は大衆的なポピュラーや歌謡曲のほうを好んで聴く,ということです。

 この図は,1986年の総務省『社会生活基本調査』のデータをもとに作図されたものですが,最近のデータでも,こういう傾向が出てくるでしょうか。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm

 私は,最新の2011年調査のデータを使って,追試をしてみようと考えました。しかるに,同じ図を再現するだけというのは芸がないので,ちょっと観点を変えましょう。ここでは,美術鑑賞実施率とパチンコ実施率のマトリクス上に,複数の職業を散りばめてみます。*前者は,DVD等によるものは含みません。

 前者は芸術趣味,後者は大衆趣味の代表格ですが,はて,どういう図柄ができるか。31の職業の布置図をご覧ください。


 右下にあるのは,パチンコよりも美術鑑賞の実施率が高い群であり,左上はその逆です。前者には,教員をはじめ,一般事務や保健医療など,ホワイトカラー職が多くなっています。後者の青枠内には,建設業や輸送・機械運転などのブルーカラー職が多く位置しています。

 ほう。フランスから遠く離れた東洋の日本でも,趣味という点において,明瞭な階層差が観察されるではありませんか。この図は,授業でディスタンクシオンの話をする際に使える,いい教材になりそうです。

 こういう「微々たる」差異を大げさに取り上げて何が面白いのだ,という意見もあるでしょう。ですが,教育社会学の観点から,重要な問題提起をする材料になります。

 上図に描かれているような階層差が,子どもの教育達成に影響しないか,ということです。学校で教えられる抽象的な文化に親しみやすいのは,明らかにピンク枠の家庭の子弟でしょう。家には,各種の蔵書も多いと思われます。

 これから先,大学入試もペーパー主体から面接重視に方向転換されるそうですが,そうなった時,上図のような親世代の文化差が,子ども世代に投影される度合いが高まらないかどうか。面接での経ち振る舞い,余裕の程度,話題の豊富さ・・・。こういうことは,ペーパーで測られる読解力や計算力などよりも,家庭の文化環境を色濃く反映すると思われます。

 近年,学力の規定要因として,家庭の経済水準が大きいことがようやく政策担当者にも認識されてきたようですが,実際のところは,こうした経済資本よりも,ここで垣間見られるような文化資本の差が強く影響しているのかもしれません。

 その意味で,見えざる文化の差異を可視化するのは意義あることであって,家庭の文化資本の量と学力の相関を明らかにする研究も必要になります。それは,家庭と学校の文化的距離を意図的に縮める実践を支持するエビデンスにもなります。7/14の日本教育新聞のコラムにて,この点について書きました。興味ある方は,ご覧ください。

 曇天の日曜ですが,休日の楽しい午後をお過ごしくださいますよう。

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