3月1日の記事にて,首都圏214区市町村の平均世帯年収を出したのですが,教育社会学をやっている人間として,この指標が各地域の子どもの育ちとどう関連しているかを知りたくなります。
たとえば,学力との関連はどうでしょう。また,学力と並んで能力の重要な要素である体力との相関はどうか。さらには,病気にかかる頻度との関連は如何。これらを統計で明らかにすることは,学力格差,体力格差,健康格差という現象を「見える化」することと同義です。
個々の子どもの間で学力や体力に差があるのは当たり前ですが,それが当人の努力ではどうにもならない外的条件と結びついたものであるならば「格差」ということになり,人為的な働きかけによって是正すべき性質のものになります。ここでいう外的条件として,家庭環境は最たるものです。
私は,東京都内23区のデータを使って,この問題に接近することとしました。大都市という基底的特性を同じくするとともに,それぞれの区ごとで,社会階層による住み分けが明瞭であるからです(橋本健二「階級都市」ちくま新書,2011年)。不遜な言い方ですが,子どもの育ちの社会的規定性を解明するに当たって,最高のフィールドであるといえましょう。
では,順にみていきましょう。まずは学力との関連です。都教委が毎年実施している「児童・生徒の学力向上を図るための調査」(2013年度)から,公立小学校5年生の算数の平均正答率を区別に収集し,各区の平均世帯年収との相関をとってみました。年収は,2013年度の「住宅土地統計」から計算したものです。計算方法については,3月1日の記事をご覧ください。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/pr131128b.htm
予想通りといいますか,明瞭なプラスの相関です。年収が高い区ほど,算数の正答率が高い傾向にあります。相関係数は+0.7569であり,1%水準で有意です。
通塾や参考書購入の費用を賄えるか,落ち着いて勉強できる環境があるか,というような要因が想起されます。また,家庭の文化的環境と学校のそれとの距離という問題もあるでしょう(ブルデュー)。
なお,個人単位のデータでみても,子どもの学力は家庭の年収と強く相関しています。2013年度の文科省「全国学力・学習状況調査」では,対象児童・生徒の家庭環境も調査されたのですが,お茶の水女子大学グループの特別分析の結果,年収が高い群ほど教科の正答率が高い傾向が露わになりました。上記の地域データとつながっています。
http://tmaita77.blogspot.jp/2014/04/blog-post_3.html
次に,年収と体力の相関関係です。都教委は,都内の公立学校を対象に,毎年体力テストも行っています。複数の種目の合計点をもとに,A~Eの5段階の総合評価をつける形式です。私は,公立小学校4年生男子のうち,AもしくはBの評価を得た児童が何%いるかを区別に計算しました。10歳という代表的な発達段階である,この学年に注目した次第です。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/seisaku_sport-6.htm
さて,体力テストで良好な評価を得た児童の割合は,地域の平均年収とどう関連しているか。下図は,先ほどと同じ形の相関図です。
ほう,体力のほうも地域の平均年収と強く相関しています。相関係数は+0.7482であり,学力と同じくらい,社会的な規定を被っています。
体力にしても,学校外教育への投資がモノをいう面があるかと思いますが,スポーツの習い事をさせるにしても,それなりの費用がかかります。当然,通塾率と同じく階層差があり,水泳の習い事をしている12歳児の割合は,年収200未満の家庭では4.3%ですが,年収800万以上では32.6%にもなります。テニスに至っては階層差がもっと顕著で,順に3.8%,40.1%という次第です(厚労省「21世紀出生児縦断調査」第12回,2013年)。上図の傾向は,こういう差の反映ともいえるでしょう。
また,最近は子どもを狙った犯罪が多発しているので,子どもだけでの外遊びを禁止している学校もあるのだとか(ホントかどうかは知りませんが)。サンマ(時間,空間,仲間)の減少により,子どもの自発的な外遊びが減ってきていることも考えると,子どもが体を動かす機会(場)がおカネで買われる時代になっているのかもしれません。こうみると,上図に描かれている年収と体力の相関も分かろうというものです。
学校教育法第137条では,学校の施設を「社会教育その他公共のため」に利用させることができると定めていますが,こうした学校開放をもっと進めるべきかと思います。
最後に,健康の指標との相関です。私は,年少児童の虫歯率と肥満率を区別に計算しました。健康診断を受けた公立小学校1・2年生のうち,未処置の虫歯がある者,学校医によって肥満傾向と判定された児童の割合です。資料は,都教委の「東京都の学校保健統計」(2013年度)です。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/gakumu/kenkou/karada/shcp.html
これらの指標は,各区の世帯年収とどう相関しているか。左は「年収×虫歯」,右は「年収×肥満」の相関図です。肥満率のほうは,単位が‰(千人あたり)であることに注意してください。
学力や体力とはうって変って,右下がりの負の相関です。貧困な区ほど,虫歯や肥満の子どもが多い。低学年の虫歯率と年収の相関係数は,-0.8204と絶対値が大変高くなっています。
貧困家庭は子どもを歯医者にやれないという事情がまっさきに思い浮かびますが,都内23区では,義務教育修了までの医療費は無料ですので,この面を強調するのは憚られます。それよりも,子どもの健康に対する保護者の関心,歯磨きなどの生活習慣の躾の差とみられます。一人親世帯にあっては,親が仕事で忙しくて子を医者に連れて行けない,ということもあるでしょう。
肥満率のほうも,地域住民の富裕度と強く関連しています。アメリカでは,貧困と肥満の関連はよくいわれます。貧困層は安価で高カロリーのジャンクフードに依存しがちであるため,肥満になりやすいと。海を隔てた大国の話ですが,わが国でも,似たような状況がないとは限りません。母子世帯の貧困を特集した番組で,来る日も来る日も,100円ハンバーガーやポテトチップを夕食代わりにする子どもの姿を見たときはショックでした。
子どもの相対貧困率は15.7%,一人親世帯に限ると50.7%でしたっけ(2010年)。今述べたような子どもがネグリジブル・スモールであると,誰が断言できるでしょう。
学校に上がって間もない低学年児童のデータですが,学校における食育の重要性が強調されねばなりません。また,学校で行われる保健指導は,場合によっては保護者をも対象とすると規定されていますが(学校保健安全法第9条),こうした機会を通じて,保護者の意識を高めていくことも求められます。言わずもがな,子ども,とりわけ年少の子どもは,生活の大半を家庭で過ごすわけですから。
以上,細かい地域別の年収を出したということで,それが子どもの育ちとどう関連しているかを明らかにしてみました。東京都内23区という局地のデータですが,家庭環境とリンクした学力格差,体力格差,さらには健康格差が厳としてある可能性が示唆されます。
西の大阪など,他の地域での追試もしたいところですが,この手の作業ができるのは,情報公開に積極的な東京だけです。他の自治体も,ぜひ追随していただきたいと思います。