2017年5月5日金曜日

子ども数の変化から読み取るべきこと

 今日(5/5)は,子どもの日です。これにちなんで,総務省が昨日公表したデータによると,2017年4月1日時点の15歳未満の子ども人口は1571万人で,過去最低を記録したとのこと。
http://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/topi1010.htm

 戦後初期の1950年では2943万人でしたか,およそ半減していることになります。これから先も少子化は進み,2065年には898万人にまで減ると見込まれています(将来推計人口)。さらに半減です。

 しかるに,子どもの数だけを見るのでは不十分です。共に社会を構成する大人人口との関連において観察する必要があります。私は,1950年(過去),2017年(現在),2065年(未来)の3時点について,以下の簡単な統計を揃えてみました。


 上述のように,15歳未満の子ども人口は過去,現在,未来にかけてガクン,ガクンと減っていきます。総人口に占める割合(2段目)も,35.4%,12.4%,10.2%と少なくなります。

 昔は3人に1人が子どもでしたが,やがては子どもが1割,「子ども1:大人9」の社会になります。

 最下段は子どもに1人に対し大人が何人かですが,1950年では1.8人だったのが,2017年現在では7.1人で,近未来では8.8人に達します。

 うーん,今では子ども1人に大人7人の眼差しが注がれているのですね。子どもの健全な発達に寄与する,好意的な眼差しならいいのですが,そればかりではありません。ヒマを持て余し,「子どもがおかしい」と説教を垂れ,「**教育を!」などと,お節介な声を上げてばかりの道徳起業家もいます。

 昔は「子ども1:大人2」の社会でしたから,こういう上からの圧力は小さいものでした。しかし今ではそれがぐんと跳ね上がり,今後ますます大きくなります。子どもが被る圧力が大きくなってくる。

 先ほどの表のデータを視覚化すると,事態の変化が分かりやすくなります。3つの年の子ども・大人人口と正方形の面積で表し,圧力の強さ(大人/子ども)を矢印大きさで表現してみました。


 は1950年,は2017年現在,は2065年です。子ども人口の図形はどんどん萎んでいき,上の世代(大人)の重み,圧力が増してきます。

 最近の統計によると,子どもの自殺動機の首位は学業不振です。少子化で受験競争が緩和されているのに意外と思われるかもしれませんが,上の図をみると何となく解せます。少なくなった子どもに対する,親や周囲からの期待圧力が強まっているのではないでしょうか。その結果,学業不振が子どもの将来展望閉塞をもたらす度合いが高まっていると。
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=3658

 ちなみに,学業不振と非行の関連も,以前に比して強まっています。
http://tmaita77.blogspot.jp/2015/03/blog-post_19.html

 子どもは保護されるべき存在で,保護者の大人が増えることは結構なことではないか,という意見もあるでしょう。まさにその通りで,未来社会は,今にも増して子どもが手厚く保護される社会になるかと思います。しかし反面,彼らにとって「生きづらい」社会になる可能性もある。

 社会の変化が速く,価値観や考え方の世代差が大きくなり,大人が子どもに文句を言う頻度が増えてくる。子ども1人に対し,大人9人の口から!(2065年)。真面目な子どもほどそれに翻弄され,自我を傷つけてしまう。これは,大人が子どもを圧し潰していることに他なりません。

 ルソーが,子どもの発達に先んじた余計な教育を施すべきではない,放っておくのがよいという「消極教育論」を唱えたことは有名ですが,この思想は含みを持っているように思えます。(無茶な)早期受験が進行している状況を見ると,なおのことです。

 「子どもは,放っておけば育つ」。こういう構えも持ちたいもの。勉強すべきなのは子どもだけではありません。われわれ大人もそうです。社会の変化が速く,子ども期に学校で学んだ内容など,半ば陳腐化してしまっています。

 大人だって学ばないといけません。いみじくも今は生涯学習の時代。「子どもが」「子どもが」という前に,自分のことをしましょう。そういう無言の背中が,子どもにとっての範となるのです。

 堀江貴文さんが「親と教師が才能の芽を摘む」「やりたいことを邪魔しないで放っておくのが重要」と述べていますが,私もその意見に賛成です。社会が変わっていて,上の世代の価値観なんて通用しないのですから。むしろ邪魔にしかなりません。
http://news.livedoor.com/article/detail/12856473/

 本ブログで何回も書いていますが,子ども人口の統計を見るたびに,私はこういうことを思います。教育学を学ぶ人間としては,邪道なのかもしれませんけれど。