昨日は8月6日。今から72年前のこの日,広島に原爆が落とされた日です。
この日には毎年,平和式典が開かれ,戦争を実際に体験した人の談話などが報じられます。戦争の記憶が風化しつつある現在,こうした取り組みの重要性はどんなに強調しても足りません。
東洋経済オンラインに「いま聞かないと戦争体験者がいなくなる」という記事が載っていました。これは自然の摂理です。時代が経過するにつれ,戦争体験世代はどんどん減少し,やがては皆無になります。
http://toyokeizai.net/articles/-/182215
その様をデータで可視化してみましょう。そのためには,戦争体験世代を公的統計から拾い出すための操作的定義が必要になります。人によって意見は分かれるでしょうが,私は,1940年以前に生まれた世代がいいのではと考えます。
終戦時(1945年)には5歳になっていたわけですので,物心はついていることになります。私の母親(故)は1940年生まれですが,1945年の春に鹿児島が空襲に見舞われた時,私の祖母に背負われて火の海を逃げ惑った記憶をよく聞かせてくれました。
それと,戦場体験世代も取り出してみたいと思います。戦地に赴き,銃を握って戦った経験のある世代です。これは,終戦の1945年に成人になっていた世代でいいでしょう。1925年以前の生まれの世代です。
2015年の『国勢調査』の年齢統計から両世代の量を明らかにする場合,戦争体験世代は75歳以上,戦場体験世代は90歳以上人口の数を取り出せばよいことになります。私が生まれた年の前年の1975年では,35歳以上,50歳以上の人口が該当することになります。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL02100104.do?tocd=00200521
両年の『国勢調査』の年齢統計(5歳刻み)から,戦争体験世代と戦場体験世代を取り出してみましょう。1975年のマックス階級は「85歳以上」でまとめられています。
黄色マークが戦争体験世代,その中の赤字は戦場体験世代です。
1975年では,前者が4761万人,後者が2360万人いました。総人口に占める比率は42.5%,21.1%です。私が生まれた70年代半ばの頃は,国民の5人に2人が戦争体験世代で,5人に1人が戦場体験世代だったと。
しかし40年を経た2015年現在では,戦争体験世代が1613万人(12.7%),戦場体験世代に至っては177万人(1.4%)にまで減ってしまっています。
こういう数字をみると,上記記事の「いま聞かないと戦争体験者がいなくなる」という警告が,真実味を帯びてきますねえ。戦場体験世代は,あと10年くらいで皆無になってしまうのではないか。
今日の中日新聞に,中国の戦地で民間人を刺し殺した体験を懺悔したいという,102歳(1915年生まれ?)の戦場体験者の話が出ていました。「戦争は人の気を狂わせる。常識では分からないことをする」。体温が伝わるような形で,こうした体験を聞ける機会は,あと数年もしたら本当になくなってしまうかもしれません。
それはいつ頃になるか。過去から現在,そして未来の予測も含めて,戦争体験世代と戦場体験世代の量変化を跡付けてみましょう。
5年刻みの『国勢調査』と『将来推計人口』に当たって,先ほどの1975年と2015年と同じ要領で,両世代の人口を取り出しました。実数と構成比の変化を以下に掲げます。
戦場体験世代は,2025年に13万2千人になると見込まれます。総人口の0.1%です。2030年には105歳以上ですが,将来推計人口のマックス階級は100歳以上ですので,この年以降は取り出せません。
そうですねえ。2030年代の前半には,ほぼ皆無になってしまうのではないか。戦争体験世代は2040年までの推定量を拾えますが,この年で30万9千人(0.3%)ほど。2050年には,ほとんどいなくなってしまうでしょう。
こんな細かい数字を整理せずとも分かることですが,この世代の証言をきちんと記録しておくのは大事なことです。
夏休みは,子どもたちにはぜひ,戦争体験世代の話を直に聞いてほしいと願いますが,今の子どもは,祖父母もほとんどが戦争非体験世代ですので,なかなか機会を得るのも難しいでしょう。
しからば,活字(本)ということになります。戦争体験の本は無数に出ていますが,私が勧めるのは,西村滋さん(故)の『お菓子放浪記』です。全3巻で,1巻が1976年,2巻(続編)が1994年,3巻(完結編)が2003年に,理論社から刊行とあります。
作者は1925年の生まれで,戦間期を孤児として過ごしました。終戦時には成人になっていましたが,自身が在籍していた孤児院で,戦争孤児の世話をしたという人です。
本書は,作者のそういう経歴(体験)が投影された,戦争孤児の物語です。戦争の悲惨さだけでなく,戦争が子どもの心にいかに深い傷をもたらすが,赤裸々に訴えられています。戦争孤児が焼け跡をたくましく生きるというような,美談モノではありません。
それは,登場人物の以下のセリフを引くだけで分かります。世界中の首脳者に聞かせたい名言です。
「戦争孤児が立派になってはいけない。戦争が好きな奴らが安心して,いつでも戦争をやろうとするから」。
1976年に出た1巻は,全国の青少年読書感想文コンクールの課題図書にもなったそうです。当時から40年以上経ちましたが,この本のよさは,いささかも色あせてはいません。今の子どもたちにも,ぜひ読んでほしい。私が課題図書の選考委員なら,真っ先のこの本を推薦しますね。
まあ,人から読めと言われた本なんて,8割方つまらないのが常なんで,自分が読みたい本を読んでもらえばいいのですが。ただし,戦争体験の本をね。
ただ気が向いたら,ぜひお手にとってください。名著ですので,近くの図書館にあるかと思います。よい夏休みを。