2017年8月15日火曜日

再分配政策の見直し

 自由主義・資本主義の社会では,人々が有している富の量には,著しい傾斜がつけられています。富める者もいれば,貧しい者もいる。

 当然のことですが,その度合いが過ぎると社会が不安定化するので,前者から後者への所得移転(再分配)が行われるのが常です。平たく言えば,富をたっぷり持っていて,生活に困っていない人が,生活に困っている人を助けると。

 しかるにわが国では,生活の困窮度に関係なく,下の世代が上の世代を助ける(支える)という構図が定着しています。制度上は,資産をどっぷり持っていて,高級ゴルフクラブに足繁く通う老人が社会保障給付の対象になり,非正規雇用でカツカツの若者は,彼らを支える側に回らないといけない。

 助ける側になるか助けられる側になるかは,年齢によって機械的に決まるわけです。年齢による役割規範が強い日本ならではのシステムだと思いますが,これはおかしいと思っている人は星の数ほどいるでしょう。

 一橋大学の小塩隆士教授は,そうした現行制度の問題を指摘し,目指すべき制度がどういうものかを,分かりやすい図で示してくださっています。下記内閣府レポートの22ページです。図を拝借させていただきましょう。
http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2015/__icsFiles/afieldfile/2015/07/16/27zen14kai5.pdf


 現行制度は,生活の困窮レベルに関係なく,若い世代が年老いた世代を支える(助ける)と。しかしこれは「不公平でしかも非効率」なので,年齢に関係なく,生活に困っていない人が困っている人を助ける制度に変えるべきである。こういう提言です。

 多くの人が腹の底で考えていることを,見事に代弁してくださっていますねえ。この図を紹介したツイートが広く拡散しているのも頷けます。

 私はこういう4象限の図を見ると,それぞれの象限に該当する人の数がどれほどかを知りたくなります。上記の図に説得力を添える「+α」の作業として,それを推し量ってみましょう。

 2016年の厚労省『国民生活基礎調査』では,世帯の貯蓄額分布が,世帯主の年齢層別に明らかにされています。下記サイトの表156です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001184705

 私はこのデータを使って,上図の4象限に該当する世帯量を見積もってみました。生活に困っていない世帯は,貯蓄2000万以上の世帯としましょう。生活に困っている世帯は,貯蓄50万未満としましょうか。病気や事故などに見舞われた場合,即座に生活破綻に陥るリスクを抱えている世帯です。

 貯蓄だけでなく収入(所得)も考慮したいのですが,貯蓄と所得のクロスのデータは,年齢層別に得ることはできません。ここでは,ラフな見積もりとして,貯蓄のみに注目することにします。

 世帯主が60歳未満と60歳以上の世帯に分けて,上記の基準を適用して,生活に困っていない世帯と困っている世帯の数(全世帯数を1万とした場合の数)を出しました。下図は,4象限の世帯量を正方形の面積で表現したものです。


 高齢世帯というと,乏しい年金でギリギリの暮らしをしている世帯が多数というイメージですが,そうでない世帯もある。数の上では,貯蓄50万未満の世帯よりも,貯蓄2000万以上の世帯のほうが多くなっています。

 昨日,ツイッターでグラフを発信しましたが,高齢世帯の貯蓄格差は凄まじい。スッカラカンの世帯と,どっぷり貯め込んでいる世帯にはっきりと分化(segregate)しています。後者は,振り込め詐欺の電話1本で何百万もポンと出せる世帯です。

 60歳未満の現役層では,上の富裕世帯よりも下の生活困窮世帯のほうがずっと多くなっています。年齢という軸だけで,これらの世代が「支える側」の位置につかされるのはキツイ。

 生活に困っていない人が,困っている人を助ける。支援の矢印は「上から下」に向くべきであって,「左から右」と年齢軸で決められるべきではありますまい。

 むろん,右上のガッツリ貯め込んでいる高齢世帯も,個別事情は多様でしょう。しかるに,機械的な「年齢主義」を見直す(撤廃する)時期に来ているのは確かです。日本は超高齢化社会のステージに達しているのですから。

 振り込め詐欺は,困窮若年層(左下)による,富裕高齢層(右上)に対するテロ行為のようなもの。振り込め詐欺のプレーヤー研修では,「富裕老人から数百万円巻き上げてもどうってことはない。むしろ,いいことだ」と思わせることに重きを置くそうですが(鈴木大介『老人喰い』ちくま新書),洗脳される側にすれば,妙に説得力を持って聞こえてしまうのも事実でしょう。現行制度において搾取されている,本来受け取るべきの支援を受け取れていない人も多いのですから。

 上記の面積図によると,量的に多数なのはこの2者(困窮若年層,富裕老人層)です。今後ますます,この2つの層は増えていくのではないでしょうか。再分配政策を見直さないと,両者の溝の深まり,葛藤は避けられないでしょう。