2019年7月15日月曜日

中日新聞の非常勤講師の記事

 中日新聞のWeb版に「研究者目指したけれど 大学非常勤講師らの嘆き(下)」という記事が出ています。私もちょっとだけ登場しています。
https://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2019071502000002.html

 メインは,天池洋介さんという現職の非常勤講師の方です。年齢は39歳,私と同じく氷河期世代ですね。現職の人で,実名・顔出しで出るとは勇気があるなと思います。雇い止めや就職活動への影響を恐れ,尻込みする人が多いのですが,問題を告発したいという気概が勝ったのでしょうか。

 内容もリアルです。年収は200万未満,1日1食,コンビニ弁当にも手が出ない…。生活苦を包み隠さずさらけ出しています。東海圏の大学や専門学校4校で非常勤をされていて,今年度は前期6コマ,後期5コマですか。1コマ(半期15回)の対価が15万円ほどですので,年収は15万 × 11コマ=165万円。幾ばくかの雑収入を合わせても,200万には届きそうにありません。

 それでも,「1日1食,コンビニ弁当にも手が出ない」というのはオーバーではないかと思われるかもしれません。しかし,奨学金返済や研究費・学会参加費自腹という重荷が加わりますので,あり得ないことではありません。

 年間の奨学金返済が30万円,研究費・学会参加費が15万円とすると,手元に残るのは,165-45=120万円。月に10万円で,食費,交際費,家賃,光熱費,税金,国保・年金等を賄わないといけない。「1日1食,友人から恵んでもらったお米でおかずは白菜の漬物」となっても,なんら不思議ではないです。これが,専業非常勤講師のリアルです。

 その専業非常勤講師ですが,文科省統計では「本務なし兼務教員」としてカウントされています。4年制大学(以下,大学)の専業非常勤講師数をみると。1989年は1万5689人だったのが,2016年9万3145人に膨れ上がっています。6倍の増加です。同じ期間にかけて専任教員が1.5倍にしか増えてない(12万1105人→18万4273人)ことと比すと,すごい増加率です。

 大学の人件費抑制志向が強まっているためですが,上記のような超薄給で,よくもまあなり手がいるもんだと不思議に思われるでしょう。答えは簡単,大学院重点化政策で行き場のないオーバードクターが増えているからです。今や,非常勤講師の職も奪い合いで,採用時に給与すら聞けない状態になっています。需要側の要因(人件費抑制)と供給側の要因(ODの増加)が,絶妙にマッチしているわけです。

 様相は専攻によっても違います。大学の専任教員数と専業非常講師数を専攻別に整理すると,以下のようになります。上段は大学院重点化前の1989年,下段は最新の2016年のデータです。文科省『学校教員統計』から採取した数値です。


 どの専攻でも,専業非常講師が増えています。増加幅は専任教員を上回り,専業非常勤講師の比重も増しています。2016年でみると,人文科学と芸術では,前者より後者が多くなっています。人文科学は,大半が語学系の授業を持つ非常勤でしょうが,この依存率はすさまじい。

 授業の多くを,不安定な生活にあえぐ専業非常勤講師が持ったらどうなるか。研究室がなく,複数校を掛け持ちしている人も多いので,学生の質問に落ち着いて応じるのも難しい。「時間がないから今度ね」「またね」…。こういう拒否反応を何度もされたら,学生も勉学の意欲が萎えるというものです。

 首都圏非常勤講師組合のアンケートの自由記述をみると,待遇の悪さに不満を高じさせ,投げやりな態度で授業をする人もいるようです。これも無理からぬこと。真面目に授業準備や質問対応をすればするほど,時給が下がる構造ですので。私自身,2012年頃から「もらえる分しか仕事しない」と割り切るようになりました。学生さんに申し訳ないとは思いつつも。

 それだけならまだしも,露骨に有害なことをする輩もいます。たとえば,卒論代行のバイトです。1本請け負えば手取りで15万円ほどもらえます。半期1コマの授業と同じ対価です。自分の専門も活かせるので,これはオイシイ。良心を痛めつつも,背に腹は代えられぬと,こういうバイトに手を染める輩もいるんです。これは,大学教育にとって明らかに有害なこと。

 昨今,経営難に苦しむ大学が増えていますが,人件費抑制志向も度が過ぎると,大学教育の質を脅かすことになりそうです。大学教員の専業非常勤化は,高度人材の人権侵害のみならず,学生の教育を受ける権利をも侵害します。

 では,どうすべきか。まずは,非常勤講師の待遇改善でしょう。実をいうと,大学によって少なからぬ幅があります。1コマの対価も違いますし,わずかながらボーナスを支給したり,試験採点の手当てを出す大学もあります。この辺は,大学の良識に関わることです。その気になればできること。とくに,授業の多くを非常勤講師に外注している大学は,考えてもらいたいところです。

 そもそも,授業の大半を非常勤講師に外注するのも問題。非常勤講師が持つ授業の割合に制限を設けるべきです。授業の半分以上を非常勤講師が担当するなど,言語道断。学生にすれば「何この大学,先生はほとんどバイト?」です。

 あとは,大学教員市場に続々と送り込まれるオーバードクターを人為的に減らすこと。供給過剰の状態にある,大学院博士課程の定員の見直しも必要でしょう。まあ,行き場がないことが知れ渡ったためか,博士課程の入学者は2003年をピークに減少の傾向にあるのですが(下図)。


 中日新聞記事にて,ご自身の苦境を包み隠さず曝露された,天池洋介さんの気概に敬意を表します。現職の非常勤講師が,実名・顔出しでこの問題に切り込むのは,非常にレアケースです。

 現在,39歳とのこと。私は40歳になった2016年に,「若い人に代わって欲しい」と,非常勤講師を軒並み雇い止めになりました(会議や会合に出ない,私の態度が問題になったという話も聞きましたが)。この「40歳の壁」に阻まれないことを祈ります。

 最後になりましたが,名古屋から横須賀まで取材に出向いてくださった,中日新聞の細川暁子氏に感謝の意を表します。