2019年7月23日火曜日

「貯蓄-負債」額の分布

 社会には富める人もいあれば貧しい人もいますが,その判断によく使われるのは所得です。婚活中の女性や,部屋を貸そうとする大家さんが知りたいのは,「どれくらいの稼ぎがある人か?」です。

 しかし,その人が持っている「蓄え」,貯蓄も注目ポイントです。無収入でも貯金が何千万もある老人はたくさんいますが,こういう人は字のごとく「お金持ち」ですよね。

 私は収入は少ないですが,貯蓄はあるほうかなと思います。ここのアパートを借りるとき,収入が少ないことと,職業が不安定な文筆業ってことで難色を示されたのですが,通帳のコピーを見せたら,先方の態度が一変したのを覚えています。

 しかるに大学院博士課程まで奨学金をどっぷり借りましたので,借金(負債)も多し。貯蓄から負債を差し引いた額にすると「・・・」となります。まあ,今すぐ耳を揃えて返さないといけない借金ではなく,利子もつかないので,そんなに深刻に考えてはいません。

 人が持っている「溜め」の量を測るには,正確には,貯蓄から負債を引いた額を用いる必要があります。公的統計では金融資産という言葉が充てられています。総務省の『家計調査年報(貯蓄・負債編)』をみると,この額の世帯分布の表があるではありませんか。

 11の階級を設け,それぞれに該当する世帯の数(全世帯を10万とした数)が計上されています。下図は,世帯主の年齢層別のデータをグラフにしたものです。左は2002年,右は最新の2017年の図です。原資料の階級を7つに簡略化していることを申し添えます。


 高齢層はスゴいですね。貯蓄はたっぷりで,住宅ローンは返し終わっているので負債はほぼゼロ。前者から後者を引いた額でみても,6割が1000万,4割が2000万を超えています。

 対して現役層では,不穏なグレーの色が幅を利かせています。貯蓄から負債を引いた額がマイナスになる世帯の割合です。ローンを組んで住宅を買うためですが,以前よりも広がっており,2017年の30代後半の世帯では,半分以上がマイナスとなっています。

 持家率の変化からして,家を買う世帯は減っているように思うのですが,どういうことでしょう。20代の若い世帯でも,「貯蓄-負債」がマイナスの世帯が増えています。20代で家を買う世帯なんて,ほとんどないですよね。車を買う世帯が増えているとも考えにくい。

 となると,奨学金の利用増の影響でしょうか。奨学金も立派な借金ですが,これだと合点がいきます。大学進学率の高まりにより,奨学金を借りる人は増えています。1種と2種を併用で借りたら総額500万はザラ。20代では貯金なんてそうそうできないので,「貯蓄-負債」がマイナスになるのは道理です。

 昨今,奨学金返済による生活苦のニュースが多いことから,こういう世帯が増えていることも考えられます。というか,他に理由が思いつきません。

 20代の世帯だけを取り出して,より仔細な分布をみてみましょう。原資料の11の階級に基づく分布です。世帯数は,調査対象の全世帯を10万とした数です。


 貯蓄から負債を引いた額がマイナスの世帯の率が高まっています。2002年では19.8%でしたが,2017年では33.4%です。注目されるのは,マイナス額が700万円を越える世帯が激増していることです。

 これはどういうことか。奨学金をフルに借りれば,負債総額700万を越えますが,そこまで無理をする人が20%もいるものか。ここで注意すべきは,調査対象が2人以上の世帯であることです。結婚している世帯ということになるでしょう。

 未婚率が高まっている今,20代で結婚する人の階層が以前よりも高くなっているので,2017年の20代の調査対象は「勝ち組」になっているとも考えられます。対象世帯数もかなり絞られていますからね(2002年は3585,2017年は1640)。

 この層に絞ったら,ローンを組んでマイホームを買う世帯が多いので,「貯蓄-負債」のマイナス幅が大きい世帯が増えたと。やや苦しいですが,こういう理屈をこねることもできなくはないです。

 単身世帯も含む総世帯のデータがあればいいのですが,『家計調査年報』では,「貯蓄-負債」額の分布は,2人以上世帯でしか集計していません。

 私としては,奨学金が若者の社会人生活スタートの足かせになっている可能性を強調したいです。朝日新聞で,将来の奨学金返済を憂う女子学生の記事が出てましたが,社会人生活のスタートから数百万円の借金がデフォルトなんて,どう考えてもおかしい。
https://digital.asahi.com/articles/ASM6J01KMM6HUTIL01D.html

 日本の若者は希望がないと言われますが,こういう状況で希望を持てというのは,無理な注文です。結婚や出産の足かせにもなっているでしょう。最近の婚活では「奨学金,いくら借りてます?」が定番の質問だそうな。隠していて,後で発覚したら問題になりますからね。

 もう一つ気がかりなのは,「**すれば奨学金返済免除」という政策がやたら発せられることです。一見,ありがたい救済策のように思えますが,借金のカタに,若者の人生を国や企業が管理・統制するシステムができつつあるとも読めます。その極地が経済的徴兵です。度が過ぎると,令和の人身売買の装置にも転化しかねません。

 昨年度から給付奨学金が導入されていますが,対象は住民税非課税の低所得層に限られています。多くの学生は,これまで通り貸与型を利用することになるのですが,奨学金が莫大な借金であることが,進学を控えた高校生や親御さんには理解しづらい。「奨学金っていうのだから,借金ではないと思っていた」と口にする学生も多し。

 前から言っていることですが,今の貸与型を維持するのであれば,名称を「学生ローン」に変えるべきだと思います。実際のところ,紛れもなくローンなんですから。国際統計では,日本でいう「奨学金」は,「Student loan」にバッチリ直されています。
https://tmaita77.blogspot.com/2014/04/blog-post_15.html

 これだけでも,苦境に陥る若者がだいぶ減るように思うのですが,どうでしょうか。

 若者の「溜め」の統計をみて,奨学金の影を感じたので,データを提示しておきます。「こういうことでは?」という解釈がありましたら,ツイッター等でお寄せ下さいませ。