2月15日の記事では,「子どもの幸福度指数」を構成する統計指標として,児童虐待の被害率を計算しました。児童相談所に寄せられた虐待の相談件数(被害者は小・中学生)を,小・中学生の数で除した値です。学齢の子どもが虐待に遭遇する確率を測る尺度です。
過日,とある方から,この指標の県別数値を示していただけないか,というメールをいただきました。先の記事では,スペースの関係上,47都道府県の両端の値(最大値,最小値)しか掲げませんでした。また,小・中学生だけでなく,幼児や乳幼児の被害率にも関心がおありとのこと。
なるほど。児童虐待の相談件数は,厚労省の白書などでよく目にしますが,被害児童の発達段階別の数値はあまり見たことがありません。虐待被害に遭う確率は,どの年齢の子どもで高いのか。この点については,あまり明らかにされていないように思います。*私がモグリなだけかもしれませんが・・・。
私も興味を覚えましたので,今回は,子どもの発達段階別に,虐待の被害率を出してみようと思います。また,都道府県別の数値も漏れなく開陳いたします。
厚労省の『平成21年度・福祉行政報告例』によると,同年度間に全国の児童相談所が対応した虐待の相談件数は44,211件だったそうです。この年の児童人口(18歳未満)で除すと,1万人あたり21.4件です。子ども466人に1件ということになります。
上記の資料では,被害児童の年齢層別に相談件数の数が計上されています。この数を,各グループの母数で除すことで,各々の虐待被害率の近似値を計算することができます。下表をご覧ください。原資料では,下表の4カテゴリーのほか,「高校生・その他」というカテゴリーも設けられていますが,このグループは母数をとるのが難しいので,被害率の計算は控えることとします。
前2グループの母数の出所は,総務省統計局『人口推計年報』です。後2グループのそれは,文科省『学校基本調査』です。分子の虐待相談件数は,上記の厚労省資料のものであることを申し添えます。
表をみると,ベースの人口あたりの相談件数比率(以下,虐待被害率)が最も高いのは,4歳から学齢前(以下,幼児)の子どもです。他の年齢層を圧倒しています。そういえば,新聞などでよく見かける虐待事件の被害者は,この年齢の子が多いような気がします。最近,新宿区高田馬場で起きた虐待死亡事件の被害者も,4歳の男児でした。
http://www.asahi.com/national/update/0225/TKY201202250226.html
3歳~5歳といえば,第一次反抗期を迎える頃です。身体を自由に動かせるようになった幼児が,それまでの親の全面的な支配や干渉に反発するようになる時期です。そのことに戸惑いや苛立ちを覚え,つい手を上げてしまう親御さんも少なくないことでしょう。育児の孤立化や室内化が進行している今日,その頻度は増してきていることと思います。
次に,4グループの虐待被害率を都道府県別に出してみます。上記の厚労省資料には,県別・指定都市別の虐待件数が載っていますが,指定都市の分は,当該市がある県の分に含めました。下表は,4グループの虐待被害率を県別に計算したものです。母数として使った,各県の(乳)幼児人口と小・中学生数の出所は,上述の通りです。
47都道府県の最大値には黄色,最小値には青色のマークをつけました。右欄の順位では,1~5位の数字は赤色にしています。
鹿児島では,どの年齢層の被害確率も,軒並み低くなっています。当県の児童相談所の対応方針が特殊である,というような事情も考えられますが,この低さは注目されます。私は鹿児島の出身ですが,確かに家族の密度は濃かったよなあ。
次に,発達段階ごとの数値をみると,どの県でも,幼児の被害率が最も高いようです。その幼児の虐待被害率が最高なのは広島で,1万人あたり70.5件です。単純に考えると,当県の幼児142人に1人が被害に遭っていることになります。児童相談所への相談という形で表面化しない分もあるでしょうから,確率はもっと高くなるとも考えられます。恐ろしや。
右欄の相対順位に目を移すと,神奈川は,4つの数字が軒並み赤色です。全グループの被害率が,上位5位にランクインしている,ということです。3つが赤色なのは大阪と広島です。2つが赤色なのは,滋賀,奈良,徳島,そして香川です。
うっすらとですが,虐待の頻度と都市性の関連が示唆されます。数字の羅列だけでは傾向をつかみにくいので,地域差の規模が最も大きい,幼児の虐待被害率を地図化してみましょう。下図は,10刻みで各県を色分けしたものです。
黒色と赤色の高率地域をみると,首都圏や近畿の大都市県のほか,宮城や広島のような地方中枢県も含まれます。対して,色が白い県には地方県が多くなっています。
上表の4グループの虐待被害率と,2005年の人口集中地区居住率の相関係数を出すと,乳幼児の被害率とは0.377,幼児の被害率とは0.348,小学生の被害率とは0.389,中学生の被害率とは0.390,という相関です。いずれも,統計的に有意な相関と判定されます。
虐待の発生地盤として,人間関係が希薄な都市的環境があることは,否定できないように思えます。このことを,題目で言い表した学術論文もあります(内田良「虐待は都市で起こる-児童相談所における虐待相談の処理件数に関する2次分析-」『教育社会学研究』第76集,2005年)。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110004836605
育児の孤立化の程度をよりダイレクトに測る指標(離婚率,人口移動率など)を充てれば,もっと強い相関が見出されるのではないでしょうか。これらの指標の県別数値は,厚労省『人口動態統計』や総務省『国勢調査』から算出可能です。面白い分析結果が出ましたら,ご報告します。