2015年10月29日木曜日

1961年生まれ世代の男性の生涯賃金推定

 生涯賃金。字のごとく,一生のうちに得られる賃金がナンボかです。1億とか2億とか,いろいろな数字が飛び交っていますが,統計で分かる相場値はどれくらいなのでしょう。厚労省の『賃金構造基本統計』の原資料にあたって,自分の手で計算してみました。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html

 生涯賃金を出すには,特定の世代の稼ぎを追跡する必要があります。早い人は中学校を出てすぐ働き始めますから,スタートは15歳,ゴールは定年前の59歳がよいでしょう。この現役期間を通じて,稼ぎの総決算がナンボだったかをみるわけです。

 上記の厚労省資料には,標準労働者の所定内月収と年間賞与額が1歳刻みで出ています。そういう細かい統計は,1976年版の資料からとられているようです。観察のスタートは15歳ですが,この年に15歳であったのは,1961(昭和36)年生まれ世代です。この世代の男性を観察対象としましょう。

 やり方は簡単です。1976年の15歳の年収,77年の16歳,78年の17歳・・・というように,当該世代の各年齢時の年収の合算するだけです。年収は,所定内月収を12倍した値に年間賞与額を足して推し量ります。

 ちなみに,本資料に載っている1歳刻みの月収・年間賞与額は,標準労働者のものです。学校卒業後直ちに就職し,調査時点も同じ会社に勤めている者です。雇用の流動化が進んでいる現在にあっては,必ずしも「標準」とはいえまんせんが,この世代が就職したのは,70年代後半から80年代初頭ですので,まあ標準とみてもよいでしょう。

 なお,厚労省の『賃金構造基本統計』は2014年版までしか出ていません。よって,1961年世代の場合,53歳時点までしか追跡できませんが,それ以降の54~59歳までは,最新の2014年版に載っている数値を使います。よって,この部分は仮定値であることに留意ください。

 では,結果をみていただきましょう。計算のイメージを持っていただくため,各年齢時点の年収をもれなく掲げます。言い忘れましたが,原資料の数値は学歴別に出ていますので,学歴ごとに追跡しています。


 どの学歴群も,加齢とともに年収が高くなりますが,学歴差も大きくなります。25歳時をみると,中卒が269万円,高卒が279万円,大卒が290万円だったのが,53歳時では順に622万円,724万円,978万円と,中卒と大卒では350万円以上の開きが出ます。学歴社会ニッポンの可視的な表現です。

 ここでの関心は現役期間の稼ぎの総決算ですが,右欄の年収累積をみるとそれが分かります。低学歴者のほうが早く働き始めるので,若い頃は,「中卒>高卒>大卒」となっています。

 大学生のみなさん,ごらんなさい。あなた方が大学で勉強している間,中卒者は985万円(15~21歳),高卒者は654万円(18~21歳)稼いでいるのですよ。みなさんは,こういう稼ぎ分を放棄して,大学で学んでいるわけです。授業料とは別個に,こういう費用(機会費用)も払っていることになります。それを取り戻せるよう,しっかり勉強しましょうね。

 まあ現実には,スタートの遅れ分を大卒者は取り戻せるようで,37歳の時点で中卒と高卒を追い越し,その後ぐんぐん差をつけていきます。

 定年直前の59歳時点の累積総額はどうなっているか。これが現役時の生涯賃金です。右欄の一番下をみると,中卒が1.91億円,高卒が2.19億円,大卒が2.61億円となっています。退職金を含みませんが,これが現役期間の稼ぎの総額と見積もられます。巷でよくいわれる額と近似しており,違和感はありません。しかし,高卒と大卒の段差が大きいですね。

 15~59歳までの稼ぎの累積変化をグラフにしておきましょう。下図のように,きれいな曲線になります。


 さて,年収を規定する要素としては,性別や学歴に加えて,あと一つ大きなものがあります。企業規模,大企業か中小企業かです。厚労省の資料でもこの点が認識されており,企業規模別に集計表が分かれています。大企業(1000人以上),中企業(100~999人),小企業(10~99人)という分類です。

 私は同じやり方で,これら3群ごとに,学歴別の生涯賃金を出してみました。下表は,計算の結果です。


 どの学歴グループでも,現役時の生涯賃金は大企業ほど高くなっています。同じ大卒男性でも,大企業勤務者の生涯賃金(2.898億円)は小企業の1.4倍です。

 むろん学歴差もありますが,「大卒/中卒」と「大企業/小企業」の倍率を比べると,微差ではありますが,後者のほうが高いようです。学歴か企業規模かと問うならば,後者の効果が大きいとみられます。

 ある方が,「ジョブ型雇用ではなくメンバーシップ型雇用」の証左だと言っておられましたが,言いえて妙だと思います。

 労働者が自分のスキルを売りにして複数の会社を渡り歩く欧米では,こうはならないでしょうね。こういうところにも,日本の特性が出ているような気がします。

 今回分かった注目の数字は,2.61億円。大卒男性の現役時代の生涯賃金です。私のような無精者は,逆立ちしても,こんな大金は稼げそうにありません。これは1961年生まれ世代男性の試算値ですが,最近の世代は,稼ぎは減っていることと思います。

 世代を下って,私の世代(1976年生まれ)の試算もしたいのですが,私らはまだ39年しか生きていませんので,まだまだ待たないといけません。

 10月もそろそろ終わりです。朝晩は冷え込んできました。体調を崩されませぬよう。