前回は,大学教員市場の開放係数という指標を計算しました。大学院博士課程修了生にとって,大学教員市場がどれほど開けているかを測る簡便な尺度であり,発生した教員需要の見積もり数と博士課程修了生数を照合して算出するものです。
今回は,性別ならびに専攻別にこの係数を出してみようと思います。男子と女子でどう違うか,文系と理系の差はどうか,という問題です。
なお,前回は教員需要数の見積もり値として大学教員の純増数を使ったのですが,今回は,大学教員の新卒採用者数を充てることとします。こちらのほうが,需要量の測度としては正確であると思います。
手始めに,大学院重点化政策が行われる前の1988年(昭和63年)3月の修了生にとって,市場がどれほど開けていたかをみてみましょう。文科省『学校教員統計調査』(89年度版)によると,88年度間の大学新規採用教員のうち,新規学校卒の採用者は1,626人だったそうです。この年の春の博士課程修了生に対して用意されたポストの数(需要量)とみてよいでしょう。
『学校基本調査』から分かる,同年3月の博士課程修了生は5,330人(満期退学含む)。教員候補者として送り出された供給量です。よって,この年の市場の開放係数は,1,626/5,330=0.31と算出されます。前回の大雑把な計算では,同年の係数値は0.50でしたが,それよりも厳しい値が出ています。新卒のみのポスト数を分子に充てているためです。
では,性別および専攻別にこの開放係数を計算してみましょう。分子(需要量)と分母(供給量)の数値も漏れなく提示します。
性別でみると,開放係数は男子よりも女子で高くなっています。女子の場合,需要は少ないのですが,同時に供給量も少ないためです。1988年時にあっては,女子の博士課程修了生はわずか603人。男子の8分の1です。
次に専攻別にみると,「その他」を別にすれば,農学や理学のような,理系の専攻の係数値が低くなっています。理系の場合,研究所やポスドク等,大学教員以外の行き場もあるためでしょう。しかるに,大学教員しか道がない人文・社会系の場合,0.26や0.39という値はシリアスなものとしてのしかかってきます。
さて,上表は1988年3月修了生にとっての市場の開放度ですが,現在ではどうなのでしょう。2010年度の『学校教員統計』によると,2009年度の大学教員の新規学卒採用者数は1,185人です。一方,その椅子を求める,09年春の博士課程修了生数は16,463人なり。88年度と比して,需要の減,供給の激増が明らかです。
09年の開放係数を出すと,1,185/16,463=0.07となります。88年度の0.31よりもかなり下がっていますが,分母の激増がきいているのが明らかです。91年以降の大学院重点化政策によるものです。では,09年度の市場の開放係数を,上表と同様,性別・専攻別に出してみましょう。
性別でみると,男女とも20年前に比して市場の閉塞度が高まっているのですが,女子の有利性は保たれています。女子については,供給増に需要増も伴っていることが特徴です。女子の新卒採用教員数は,88年度の265人から09年度の428人へと増えています。一方,男子の新卒採用教員数は1,361人から757人へと減っているのです。
近年の男女共同参画政策の賜物といえましょう。最近の教員公募文書をみると,「女性の応募歓迎」,「業績が同等なら女性を採用」という文言をよく見かけます。ただし,状況の厳しさが増していることは男子と同じですが。
次に専攻別の欄をみると,農学や工学では,0.03や0.05という値が出ています。理系専攻の場合,大学教員以外への道も開かれているのは確かですが,大学教員を志す場合,状況は相当厳しい模様です。
大学教員以外に行き場がない,人文科学系の開放係数は0.06。80人の採用ポストに1,370人が群がるというような状態です。過年度の修了生も加えたら,競争率はさらに熾烈なものになるでしょう。
性別・専攻別の結果報告はここまでにして,『学校教員統計』をみていて気づいたことがあります。近年,少子化により大学教員の採用数が減っているなどといわれますが,統計上はそうではないことです。1988年度間の大学採用教員数は7,994人でしたが,2008年度間は11,066人です。この20年間で1.4倍に増えたことになります。
ところが,新規学卒の採用者に限ると,上の2つの表から分かるように,1,626人から1,185人へと減じています。競争の激化により,博士課程修了と同時にストレートで大学教員になれるような者が減ってきたことの表れでしょう。業績数や教育歴では,新卒者は過年度卒業者に見劣りすることがしばしばです。博士課程修了後の延長戦の期間が長くなっているとみられます。
しかるに,採用教員の総体数が増えているにもかかわらず,新卒の採用教員が減っていることは,一度も社会に出たことのない,純粋培養の博士が歓迎されなくなっていることを示唆しているともいえないでしょうか。
前回の記事に対し,「実務家教員の需要が増えています。特に,実学系の学科について,純粋培養の大学院修了生は需要は少なくなっていると思います」というコメントをいただきました。確かにそういう感じはします。教育学部の場合,現場経験のある現職教員が採用される向きもありますし。
なるほど。「大学院修了者も広く,実社会で実績を積む必要がある」(上記コメント,続き)といえるのかもしれません。大学教員への「従来型」のルートは限りなく狭くなってきていること。確かなのは,このことです。