2013年7月2日火曜日

成人学生の国際比較

 現代は生涯学習社会ですが,こういう社会状況のなか,組織的な教育機関(学校)で学ぶ成人の数も増えてきていることと思います。

 文科省は,大学や短大で学んでいる社会人の数を把握する方針を打ち出しているとのこと。おそらく,『学校基本調査』の調査項目に加えられるのでしょう。喜ばしいことです。

 これはまだ少し先のことですが,学校に在籍している成人の数は,国の基幹統計である『国勢調査』からも知ることができます。本調査の労働力集計において,「通学の傍らで仕事」ないしは「通学」というカテゴリーに括られた人間の数です。

 伝統的な在学年齢を過ぎた30歳以上に注目すると,2010年の「通学の傍らで仕事」の者は50,123人,「通学」の者は95,847人。今のわが国では,大学等で学んでいる30歳以上の成人の数は,14万6千人ほどということになります。
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/index.htm

 言わずもがな,この数は年々増えてきています。下図は,1980年以降の推移を跡づけたものです。『国勢調査』は5年間隔実施ですので,5年刻みの統計になっています。


 臨教審答申で「生涯学習体系への移行」が明言されのが1987年。3年後の1990年には生涯学習振興法が制定され,以降,国民の生涯学習推進に向けた条件整備が着々となされてきています。上図にみられる成人学生の増加は,こうした時代状況の所産であるともいえましょう。

 さて,今回の記事の主眼は,タイトルにあるように「国際比較」です。伝統的在学年齢を過ぎた30歳以上の成人のうち,学校に在籍している者はどれほどいるか。わが国の現在値を,国際データの中に位置づけてみようと思います。

 参照する資料は,OECDの“Education at a Glance 2013”です。OECD加盟の25か国について,30代と40代以上の学生人口比率が掲載されています(2011年データ)。当該年齢人口のうち,教育機関に在籍している学生がどれほどいるかです。ここでいう学生(Students)には,フルタイムとパートタイムの双方が含まれます。
http://www.oecd-ilibrary.org/education/education-at-a-glance-2013_eag-2013-en

 日本の欄はペンディングになっていますので,2010年の『国勢調査』から計算した値を充てることにします。30代の通学人口(通学の傍らで仕事+通学)は87,924人ですが,これを当該年齢人口で除すと4.9‰という比率が得られます。千人あたり4.9人という意味です。40代以上の率は0.8‰なり。

 この値を,国際データのマトリクス上に置いてみましょう。横軸に30代,縦軸に40代以上の学生人口比率をとった座標上に,日本を含む26か国をプロットすると下図のようになります。点線は,OECD加盟国の平均値です。


 ほう。日本は,左下の極地にありますね。この30年間で,30歳以上の成人学生の数は大きく増えてきたのですが,人口比という点でいうと,諸外国よりも格段に低くなっています。30代でも4.9‰,204人に1人という程度ですから。

 北欧のフィンランドでは,30代の学生比率は156.8‰(15.7%)です。私くらいの年齢層でも,6人に1人が学生ということになります。40歳以上の学生人口率が最も高いのはオーストラリアであり,この社会では,中高年層でみてもおよそ20人に1人が学校に通っています。わが国の比ではありません。

 学校に籍を置いている成人の量という指標でみる限り,日本は,生涯学習化が最も遅れた社会であるように思えます。人口構成の上では,少子高齢化が世界で最も進行しているにもかかわらず。こうした不均衡は何とも奇異ですし,望ましいことでもありません。*少子高齢化の進行があまりに速く,諸々の制度条件の整備が追いついていない,という事情も考慮しないといけませんが。

 高校進学率95%超,大学進学率50%超という数字に象徴されるように,わが国は,子ども期・青年期の「学校化」が著しく進行した社会です。しかるに,それを過ぎた成人期になると,潮がサーと引くかのごとく,学生人口は急激に少なくなります。

 この点を可視化する図をつくってみました。上記OECD資料に載っている,年齢層別の学生人口比率の折れ線グラフです(日芬比較)。日本の15歳以上の数値は,2010年の『国勢調査』から計算したものであることを申し添えます。


 10代までは日本のほうが高いのですが,成人期以降になると逆転します。日本では,三十路を過ぎると学生はほぼ皆無です。わが国において,教育を受ける(受けられる)時期が,子ども期・青年期に偏っている様が分かります。

 子ども期において,意義も分からぬ勉学を無理強いされる一方で,勉学の欲求を喚起した成人には,その機会が与えられない社会ともいえます。少子高齢化という不可避の人口構造変化も勘案すると,こうした偏りを人為的に是正し,段階的にフィンランド型に移行していくことが求められるでしょう。

 社会人入学枠の拡大,教育有給休暇制度の充実などは,そのための具体策の一つです。北欧のスウェーデンでは,職業経験を評価するなど,成人(25歳以上)が大学に入りやすい制度が整っているのだそうな。

 今述べたことは,教育期(E)と仕事期(W)ないしは引退期(R)の間を自由に往来できるようにする,リカレント教育システムを構築することと同義です。1970年代の初頭に,各国の経済発展を促す戦略としてOECDが提唱したものですが,このシステムの実現は,そういう面に限られない効用を持っています。少子高齢化社会における「生」の充実,子ども期の社会化の歪みの是正・・・。他にもいろいろあるでしょう。

 私は前期,埼玉の武蔵野学院大学で「リカレント教育論」という授業を担当しています。学生さんに上記のような統計をつくらせて,それを眺めながら,リカレントシステムの構築による教育改革の可能性について議論しています。

 追記:誤解なきよう,補足しておきます。日本の成人は,大学等での学習欲求を持っていないわけではありません。持ってはいますが,諸々の阻害条件により,その実現が阻まれている状況にあります。この点については,昨年の10月27日の記事をご覧ください。