2014年11月20日木曜日

首都圏のIT産業マップ

 20世紀は「ものをつくる」時代でしたが,21世紀は「イノベーション」の時代であるといわれます。それを牽引するのは,いわゆるIT産業でしょう。

 エンリコ・モレッティ著『年収は住むところで決まる』でいわれている基本命題の一つは,「旧来の製造業都市の大卒者より,イノベーション都市の高卒者のほうが稼いでいる」というものです。衰退の途をたどる製造業都市と,これから伸びる可能性のあるイノベーション都市とに分化しつつある事態を物語りますが,IT産業のようなイノベーション産業は特定地域に集積する傾向があるのだそうです。

 本書では,アメリカ国内のデータを使ってそのことが実証されていますが,日本ではどうなのでしょう。『年収は住むところで決まる』の追試作業第3弾として,わが国におけるIT産業の地域分布の様相を観察してみようと思います。

 総務省の『経済センサス』から,各産業の従事者数を市区町村別に知ることができます。住所ではなく,事業所の所在地に依拠した統計です。私は,全産業の従事者に占める,情報通信産業(以下,IT産業)従事者の比率を計算してみました。

 下の地図は,1都3県の242市区町村のIT産業従事者率を地図にしたものです。首都圏のIT産業マップをご覧ください。


 トップは東京の品川区の18.4%,2位は港区の17.9%,3位は江東区の15.6%となっています。これらの区では,5~7人に1人がIT産業従事者ということになりますが,こういう地域は数の上では少数派です。IT産業従事者率が10%を超える地域は,242市区町村のうち10しかありません。

 地図の上では,マックスの階級を「3%以上」としていますが,ここまで下げても,該当する市区町村は多くないことが知られます(濃い青色)。また,高率地域が都内の都心部に集中していることにも注目。なるほど,IT産業の地域的集積の傾向がみられます。

 これを,IT産業従事者の地域的偏りという点からもみてみましょう。上図に掲載した上位5位の区のIT産業従事者は541899人であり,242市区町村全体の53.2%を占めます。首都圏全体のIT産業従事者の半分以上が,これらの都心の5区に集中していることになります。

 こうした特定地域への集中度がどれほどすさまじいかをグラフで表してみましょう。IT産業従事者の数が多い順に242市区町村を配列し,全体に占める割合を累積グラフにしてみました。青色はIT産業,赤色は全産業の累積曲線です。


 どうでしょう。色つきゾーンは,上位20位までの市区町村の占有率ですが,IT産業にあっては,上位20位の地域が全体の8割をも占めています。そこへの集中度は,全産業の倍以上です。

 首都圏の市区町村データによる検討ですが,『年収は住むところで決まる』でいわれているがごとく,わが国においても,IT産業が特定地域に集積している傾向が分かりました。IT産業の場合,事業所はどこに構えてもよさそうなものですが,なぜ中枢部に集中するのでしょう。

 エンリコ・モレッティの本がいうには,高度な知識や発想に触れる機会が多くあるからだそうです。なるほど,イノベーション産業としてのIT産業従事者には,絶えず一流の知や人と接する必要性がありますものね。それはデジタルを介してでも可能ですが,やはり,直に会う・接することによる効果のほうが大きいでしょう。潮木先生も言われていますが,人間はやはり「アナログ動物」です。

 モレッティは,こうした効果のことを「相乗効果」と呼んでいますが,それは,いろいろなことに当てはまります。たとえば,低い階層の子弟であっても,高い階層の人間が多い地域に住んでいるならば,大学に行きたいというアスピレーションが高くなるでしょう。習熟度別学級編成にしても,低い者ばかりを集め,それを長い間継続させると,全体の士気がダウンし,よからぬ結果になってしまうこともあります。ある学生さんの言葉を借りると,「諦めムード」の蔓延です。個々人は,そういう集団のクライメイトの影響も被るものです。

 わが国においても,衰退していく製造業都市と,勃興の可能性を秘めたイノベーション都市とに分化(segregate)していく事態が起こりえるのではないか。それは,子どもの教育格差をはじめとした,様々な病理現象が起こりえることの基盤的な条件にもなり得るでしょう。