2014年12月2日火曜日

学生の年齢ジニ係数

 私はよくバスを使いますが,平日の昼間となると,バスの車内は,人口の年齢構成変化を実によく反映しています。ほとんどが高齢者です。先週の木曜に箱根に行ったときは,平日にもかかわらず行きのロマンスカーは満席。乗客の多くは,職をリタイヤしたばかりと思われる初老の男女でした。

 少子高齢化が進んでいる以上,あらゆる場所で高齢者を多く見かけるようになるのは当然ですが,そうでない所もあります。それは学校です。私は10年ほど大学の講師をしていますが,キャンパス内はピチピチの青年男女ばかり。社会全体の年齢構成を全く反映していません。

 「そんなの当たり前じゃん」と思われるかもしれませんが,学校は子どもや青年の占有物ではありません。制度上では,あらゆる年齢層に門戸が開かれています。いみじくも,現代は生涯学習の時代です。大学のような高等教育機関の教室には,白髪の交じった中年や老年の学生がもっといてもいいのではないか,いやいるべきだと思ってしまいます。

 私は,この日本という社会において,人口全体の年齢構成と学生のそれがどれほどズレているか,またそのズレの程度が,他の社会に比してどうなのかを知りたくなりました。OECDの国際成人学力調査PAICC2012のデータを使って,この疑問に答えてみようと思います。

 この調査は,16~65歳の成人の学力を調査したデータですが,対象者の基本属性を尋ねています。年齢はもちろん,今学校に通って勉強しているか否かも問うています。設問のワーディングは,「現在,何らかの学位や卒業資格の取得のために学習しているか」です。
http://www.oecd.org/site/piaac/publicdataandanalysis.htm

 この設問に「Yes」と答えた者を学生とみなすと,調査対象者5278人のうち,学生は575人となります。この両群の年齢構成を照らし合わせると,下表のようになります。


 調査対象者全体(=人口)では60歳以上が最も多くなっていますが,学生はその逆で,下の年齢層ほど多くなっています。中央の相対度数の欄をみると,人口全体の15%でしかない25歳未満の若者が,学生の中では85%をも占めています。すさまじい乖離です。

 この点は,右欄の累積相対度数をグラフにすることで視覚化されます。横軸に人口,縦軸に学生の累積相対度数をとった座標上に,10の年齢階層をプロットし線でつないだ図です。いわゆるローレンツ曲線ですが,学生の年齢ローレンツ曲線と呼ぶことにしましょう。


 曲線の底が深いほど,人口と学生の年齢構成のズレが大きいことを示唆します。日本は底が深いですねえ。それもそのはず。先ほどみたように,人口の15%にすぎない25歳未満の若者が,学生の中では85%をも占めているのですから。

 比較の対象としてイギリスの曲線も添えましたが,日本よりは底がかなり浅くなっています。人口と学生の年齢構成の差が比較的小さい,すなわち成人層にも教育の機会が開かれていることを意味します。

 学生が特定の年齢層(若者)にどれほど偏っているかを測る尺度を出してみましょう。言わずもがな,それはジニ係数です。上図でいうと,ローレンツ曲線と対角線で囲まれた面積を2倍することで求められます。算出された値は,日本が0.766,イギリスが0.467です。

 ジニ係数は0.0から1.0までの値をとる測度ですが,0.766というのは,甚だ大きな値であると判断されます。日本は,人口と学生の年齢構成のズレが格段に大きい社会,換言すると,教育の機会が人生の初期に集中する度合いが高い社会です。

 私は,PAICC2012の調査対象国について,この値を計算してみました。下図は,値が高い順に並べたランキングの図です。アメリカとドイツは,対象者の年齢を尋ねていないようなので,係数を出すことは叶いませんでした。


 日本がトップかと思いきや,上がいました。フランスです。1965年に生涯教育の概念を提唱したポール・ラングランの祖国なのですが,成人学生が殊のほか少ない社会なのですね。知らなかった。

 日本はその次で,3位はお隣の韓国です。両国とも受験競争が激しい社会ですが,教育の機会が人生の初期に集中している,後からやり直しができない・・・。こういう構造上の要因もあったりして。

 下のほうにあるのは,人口と学生の年齢構成のズレが小さい社会,学校で学ぶ機会が成人にも相対的に開かれている社会です。最小はポーランドであり,その次が先ほどサシで比べたイギリスです。さすが,大学開放(university extension)の本場ですね。近辺には,生涯学習の先進国といわれる北欧の社会があります。

 大学のキャンパスに成人がほとんどいないという肌感覚がデータ化され,その度合いが国際的にみても高いことを知りました。これは,学校と外部社会を隔てるが高いことと同義です。駅やデパートには壁がなく誰でも入れるので,そこを歩く人間の組成は社会全体のそれに近くなりますが,学校はさにあらず。日本にあっては,特にそうです。

 生涯学習政策の推進,リカレント教育普及のための努力がこの壁を低めることになります。今回出した学生の年齢ジニ係数は,その成果を教えてくれる指標ですが,これを国内の都道府県別に出すのもいいかもしれませんね。『国勢調査』のデータでそれは可能です。沖縄などは,係数の値が比較的低そうだな。面白い結果が出ましたら,ご報告します。