水戸黄門ソングに「人生楽ありゃ苦もあるさ~」とありますが,育児も然り。楽しい,生きがいになる,自分も成長できる・・・。こうした「明」ばかりが強調されるきらいがありますが,当然「暗」の部分もあります。
後者を「可視化」できる資料がないものか,前から探査していたのですが,公的なものとして,東京都の『東京の子供と家庭』(2012年度版)という資料があることを知りました。20歳未満の子どもがいる父母に対し,育児に関する意識を尋ねています。
具体的には,子育てに関する24の項目を提示し,各々がどれほどあるかを4段階の程度尺度で問うています。私は,ネガティブな側面の14項目を取り出し,それらに対する母親の反応を観察してみました。
手始めに,「子どもを叩きたくなることがある」に対する反応分布をみてみましょう。シリアス度が高い項目ですが,どういう図柄になるか。子どもの発達段階による変異も押さえます。下図は,末子の年齢段階別に,母親の回答分布をグラフにしたものです。*無回答は除外。
子が0歳(乳児)の段階では「全くない」が半分以上ですが,年齢を上がるにつれ肯定率が高まってきます。「よくある」+「時々ある」の比率をとると,1~2歳では42.8%,3~5歳では53.6%とピークになります。
子どもの自我が芽生え,第1次反抗期を迎える頃と一致していますね。それまで従順だったわが子がいきなり抵抗し出すことによる,戸惑いの表れでしょうか。この段階では,半分以上の母親が,子どもを叩きたいという衝動にかられるようです。
では,他の項目はどうなのでしょう。14の危機兆候について,「よくある」+「時々ある」の比率をグラフにしてみました。
どうでしょう。一番上にあるのは,「子育てでイライラすることがある」の折れ線ですが,子どもの年齢を問わず,7~8割以上の母親が肯定しています。全般的に子育てにはイライラが伴うもの。そのピークは3~5歳,「子を叩きたくなる」と同じです。
14本の折れ線の型は多様ですが,3~5歳と16~17歳にピークがあるものが多いようです。正確にカウントすると,前者にピークがあるのは4項目,後者にピークがあるのは6項目なり。14項目中10項目のピークが,このいずれかの段階にあるわけです。
3~5歳は第1次反抗期(ないしはその残余期),16~17歳は親からの自立を志向する青年期のただ中。これらの時期に,育児危機が集中するというのは分かります。
各項目のピーク年齢を整理すると,それぞれの発達段階の特徴が出てきます。下表は,肯定率のピーク年齢ごとに,14の項目を仕分けたものです。
3~5歳の幼児期にピークがあるのは,イライラ,孤独志向,叩きたい,世話に嫌気の4つです。それまで言うことを聞いていたわが子が反抗し出す,生活習慣をなかなか身に付けてくれない・・・。こういうことに伴う,焦りや苛立ちを共通の根としているように思います。
6~8歳の児童期では,いじめや発育の心配がピークです。学校に上がり,本格的な集団生活が始まる時期ですものね。また,学力テストや健康診断などの客観データも得られるようになり,よその子との比較にも晒されるようになりますので,発育に関わる心配も出てくるのでしょう。
9~11歳にピークがある項目はありませんが,12~15歳の思春期になると,教育や将来への心配が頭をもたげてきます。中学校卒業の15歳は,重要な進路の分岐点ですが,これを迎えるにあたっての不安の表れとみられます。
そして16~17歳の青年期に達すると,残りの6項目が一気にピークなります。その内容をみると,「子育てに我慢を強いられている」,「自分がかわいそう」,「子育てに周囲の理解がない」,「子どもがかわいくない」,「子どもなんていないほうがよかった」など,虚無感を漂わせるものがほとんどです。これまで懸命に育児に励んできたのに,子どもは次第に素気なくなってくる。親離れしていく子に対し,なかなか子離れできない母親の葛藤・・・。さらに,育児に伴って失ったもの(キャリア断絶など)を自覚する機会も多くなるでしょう。
大都市の東京のデータですが,子どもの発達段階による育児危機をメニュー化してみると,こんな感じです。子育て中の親御さんに見ていただき,ご自身の悩みを相対視するのに使っていただけたらと思います。「自分だけじゃないのだ」と。また,これから先出てくるであろう危機を予見し,備えていただくのもよいでしょう。
上表に盛られている育児危機のメニューは,育児経験がある先輩に聞けばわかることですが,個人によってブレがある体験だけでなく,客観的な数字に教えを請うのもいいかと思います。そのための素材を分かりやすい形で提供すること。こういう仕事を継続していきたいと考えています。