2012年6月1日金曜日

明治期の離職教員の行き先

昔のメジャーな教育雑誌の『教育時論』第364号(明治28年5月15日)に,「教員を罷めたる者は何の職業に就くか」と題する記事が載っています。

 「社会は教師といふ職業を薄待するが故に,有力なる教員は,皆棄てて之を去るに至れり。而して其去るべき方向は如何」という問いに対し,大よそ,以下の3種の職業への転職が多いのだと述べています。

①:巡査
②:収税吏
③:裁判書記

 それはなぜでしょう。巡査の場合,警部,属官,郡長,警部長,というような進歩の道が開かれています。さらに上に進む者も少なからず。裁判書記についても,判事ないしは検事に昇格する者数多し。収税吏も,進歩の道が少ないとはいえ,これが完全に閉ざされているわけにあらず。要するに,これらの職業は前途の希望が開けている,ということです。

 ひるがえって,教員はどうかというと,教員は,一度この地位に就けば,その運命は決定され,これをどうすることもできず。小学校の教員から,中学校や師範学校の教員となり,さらにその校長にまで進む道はほとんど皆無。このように,前途の希望を閉ざしているが故に,功名の念のある者は,一日たりともこの地位に安んじていはいられない。大よそ,このようにいわれています。

 昔の教員の待遇が悪かったことは,よく知られています。インフレが進んだ大正期では,生存を脅かされる教員も珍しくなかったことは,4月14日の記事で申しました。それ故,教員の離職率もさぞ高かったことでしょう。しかるに,そういう金銭的な待遇面とは違った,希望閉塞という要因を指摘している点で,この記事は面白いと思いました。

 記事に戻ると,「教員をして前途の企望を失はざらしむる道」として,次のように主張されています。小学校教員に「高等女学校,及び尋常中学校の下級の生徒を教ふべき資格を与え,夫より漸次に進みて,広く中学校師範学校等の教員たるを得しむべき道を開き,小学校より身を起こしたる者と雖,師範学校の校長にも,学務課の属官にも,文部省の高等官にも,官立学校の校長にも,なり得る如くせざる可らず」。中等段階の学校の側にしても,教授法の改良の点において,小学校教員の力を借りることは益多しとのこと。ふむふむ,傾聴に値する説だと思います。

 現在の教員社会はどうでしょう。風通しのよいものになっているでしょうか。まあ,現場の教員が教育委員会の指導主事になったり,小学校教員が高校教員になったりするのは,結構あると聞きます。

 高校以下の教員が,高等教育機関の教員になるケースも増えています。文科省の『学校教員統計』によると,大学・短大の新規採用教員のうち,前職が高校以下の教員であった者の数は,2003年度が194人,2006年度が233人,2009年度が340人です。大学の側にしても,小中高仕込みの教授技術を持った人材を少しは欲しいところでしょう。

 しかるに,現在でも,「こんな所にいたら先が知れている」と,教壇を去る教員がいる可能性も否定できません。その多くは,志の高い有能な教員なのではないでしょうか。だとしたら,もったいないことです。

 そういえば,某県丁職員の旧友と酒を飲んだ時,彼は次のようにぼやいていました。自分の隣に主任,その隣に主査,その隣に主幹,その奥に副課長,さらにその奥に課長が座っている。何だかもう,10年後の自分が見えている・・・。

 希望閉塞状況に嫌気がさし,職を辞す教員の心境は,これに近いものなのでしょうね。「安定した道なのに・・・」と思う人が多いでしょうが,その「安定」が,たまならい苦痛の源泉になることもあるのです。私は目下,完全な展望不良状態ですが,それを楽しんでいる自分がいるのもまた事実です。強がりではありません。

 昔の新聞や雑誌をくくると,斬新な視点(私にとって)に出会うことが結構あります。今後も,暇をみつけて,昔の教員の危機や困難に関する諸資料を狩猟していこうと思います。武蔵野大学の有明キャンパスに出講する曜日に,国会図書館通いをしています。

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