2012年10月6日土曜日

学校で学んだことに対する評価の国際比較

 PISA2009の生徒質問紙調査のデータセットづくりを進めています。74か国,51万5,958人分のデータです。ケース数が膨大なので,設問ごとにファイルを分割しています。

 PISA2009の質問紙調査では,対象生徒の家庭環境,学校観,教師観,読書嗜好,ICT利用状況など,興味深い事項を数多く尋ねています。これらの設問への回答結果を,自分の関心の赴くままに自由自在に分析できるわけです。

 この恩恵は,3K資源(カネ,コネ,肩書)がある専門研究者だけではなく,万人にもたらされています。SASやSPSSといった高度な解析ソフトが必要というのでもありません。OECDの下記サイトからテキスト形式の圧縮データをDLし,それを展開してエクセルに取り込めば,データセットの完成です。ピボットテーブル機能を使うことで,単純集計やクロス集計程度のことは難なくこなせます。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php

 今回は,各国の生徒が,学校で学んだことをどう考えているのかを明らかにしようと思います。9月29日の記事では,日本の国語の授業が知識注入的なものに偏しているのではないか,という問題提起をしたのですが,この種の授業を受けている(受けさせられている)わが国の生徒は,学校で学んだことをどう捉えているのでしょう。また,国際データの中での位置は如何。PISA2009のデータを使って,この点を吟味してみようと思います。

 PISA2009の生徒質問紙調査のQ33(日本語版では問29)では,「あなたが今まで学校で学んだことについて,次の文章はどれくらいあてはまりますか」と問うています。


 調査対象は15歳の高校1年生ですから,「今まで学校で学んだこと」とは,高校入学後だけではなく,それよりも下の義務教育学校で学んだことをも含むものと解されます。いや,在学期間から考えて,後者のほうがメインであると思われます。

 提示されている項目は4つですが,①と④は,社会生活や職業に役立つことを教わったかを問うものです。③についても興味が持たれます。人間の一生というのは,ある意味,決断の連続ですから。②は,文言がなかなかスパイシーですね。

 さて,4項目への反応を合成して,学校で学んだことに対する評価の度合いを測る尺度をつくってみましょう。値が高いほど,好ましい意味を持たせるようにします。③と④は,設問の選択肢の数字をそのまま使えます。ネガティヴ項目の①と②については,数値を反転させます。1という回答には4点,2には3点,3には2点,4には1点を与えるわけです。

 このような決まりを置くと,各生徒の評価のレベルは,4点から16点までのスコアで計測されます。16点は最高評価,4点は最低評価です。いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は,スコアの正確な算定ができないので,分析から除外します。下表は,74か国,49万8,281人のスコア分布です。


 10点をピークとした,とてもきれいな分布です。私は,この分布を参考にして,全生徒を3群に分かちました。8点までの者は低評価群,12点以上の者は高評価群とします。9~11点の者は,双方の中間ということで中間群とします。

 <   >内の数値は,各群の比率(%)です。3等分というのではありませんが,このような区切り方が,最もバランスのよいものだと思います。まあ,各国の生徒を同列の基準で仕分けるのですから,大きな問題はありますまい。

 では,この3群の分布が国によってどう違うかをみていきましょう。まずは,日本を含む主要国,お隣の韓国,そして中米のコスタリカのデータをお出しします。(   )内は,各国のサンプル数です。日本の場合,スコアを明らかにし得た6,041人の分布が図示されています。


 むーん。日本は,7か国の中で高評価群の比率が最も低くなっています。わずか11.0%です。逆をみると,低評価群の率が4割にも達しています。それと正反対なのがコスタリカです。中米のこの国では,15歳の生徒が,学校で学んだことを高く評価しています。スコアが12点を超える高評価群もが42.2%もおり,低評価群のほうはたったの7.3%しかいません。

 先進4か国(米英独仏)は,わが国とコスタリカの中間というところです。お隣の韓国は,わが国に近い状態ですが,低評価群の比率は低くなっています。中間層が厚い型です。

 以上は7か国の比較ですが,これだけでは,日本の位置を知るのにには不十分です。PISA2009の全対象国の分布図の中に,日本を位置づけてみようと思います。中抜きの2群の比率をもとに2次元のマトリクスを構成し,その中に74か国を定位することにいたしましょう。

 下図は,横軸に低評価群,縦軸に高評価群の比率をとった座標上に,74か国を散りばめたものです。わが国(38.9%,11.0%)の位置に注目してください。


 図の見方ですが,左上にあるほど,高評価群の率が高く,低評価群の率は低いことになります。すなわち,学校で学んだことに対する生徒の評価が高い国と解されます。右下に位置する国は,その逆です。斜線は均等線であり,この線よりも上にある場合,高評価群のほうが低評価群よりも多いことになります。

 さて,わが国はいうと,極地ではありませんが,右下のゾーンに位置しています。低評価群の率は74か国の中で1位,高評価群の率は下から5位です。前者の比率がダントツで高いことを考えると,わが国は,学校で学んだことに対する生徒の評価が最も低い国であるといえそうです。

 日本の近辺には,アジアの諸国が多く位置しています。北欧のフィンランドがこのゾーンに位置するのは,ちょっとばかり意外です。

 一方,図の左上をみると,中南米の諸国が申し合わせたように名を連ねています。イギリスはそのすぐ下にあり,米独仏の3国は中間よりも少し下の位置にあります。

 9月29日の記事に続いて,またしも,わが国の好ましくない状況が明らかになりました。これをどうみたものでしょう。受験体制の影響でしょうか。しかし,わが国以上に受験競争が熾烈な韓国との距離が大きいことから,そればかりを強調することはできますまい。

 ここでは,15歳の生徒に対して「今まで学校で学んだことをどう思うか」と尋ねた設問の結果を分析したわけです。上級学校への進学率が低い中南米の諸国では,義務教育の早い段階において,実践的な職業教育の比重が大きく,わが国はそうではないことから,上図のような結果になったとも考えられます。

 国民の共通教育としての義務教育では,普遍性の高い普通教育に重きが置かれますが,その程度は国によって異なるでしょう。半分以上の子どもが高等教育に進学するわが国では,義務教育の内容の普遍性(抽象性)が殊に高い,ということかもしれません。

 しからば,上図の傾向を等閑視してよいかというと,そういうことではありません。義務教育段階でも職業教育は実施されるべきであり,法規の上でも,義務教育として行われる普通教育においては,「職業についての基礎的な知識と技能,勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと」と規定されています(学校教育法第21条)。また,近年重視されているキャリア教育は,幼児期から体系的に実施することとされています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1301877.htm

 今回のデータは,早期の段階における職業教育が,わが国では脆弱なのではないか,という問題を提起します。

 しかるに,問題はそれだけではありません。今回使った4項目への反応を個別に出してみると,他国との差が大きいのは,②の「学校なんて時間の無駄だった」に対する反応です。わが国では,全生徒の66.6%(3人に2人)が,「どちらかといえば,あてはまる」ないしは「とてもよくあてはまる」と答えています。「とてもよくあてはまる」の選択率は33.6%(3人に1人)です。

 上図の対極に位置するコスタリカの選択率は,順に27.0%,6.9%なり。えらい違いです。わが国では,15歳の生徒の多くが,これまでの学校生活を「時間の無駄だった」と評していることが知られます。

 社会に役立つ職業技術云々というようなことよりも,もっとトータルな次元において,教育機関としての学校に対する,生徒目線の評価が芳しくないことがうかがわれます。「時間の無駄」という手厳しい言い回しの中身を,具体的にイメージできる言葉において,多様な角度から検討することが求められるでしょう。

 また,「時間の無駄」と感じる生徒が,どういう属性で多いのかを吟味することも重要かと存じます。新自由主義のゆとり教育路線のもと,下層の生徒が自発的に勉学から下りていく様を明らかにしたのは苅谷剛彦教授ですが,ここでみたような,学校とのボンド(絆)の程度にも,社会階層格差がみられるかもしれません。
 
 PISA2009の生徒質問紙調査では,生徒の保護者の学歴や職業について問うています。これらを組み合わせて社会階層変数を作成し,クロス集計をしたらどうでしょう。また,関連の様相が国によってどう違うかも興味深いところです。

 「学校から下りていく下層の子どもたち」。このような現象がわが国に固有のものかどうかは,こうした分析によって明らかになることでしょう。

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