今日は10月10日,体育の日です。それにちなんだデータをいくつか紹介しましょう。
昨日,2015年度の『体力・運動能力調査』の結果が公表され,そのエッセンスが各紙で報じられています。私は産経新聞の記事を読みましたが,「高齢者の運動能力が引き続き向上した一方で,若い女性の『運動離れ』の傾向も目立っている」とのこと。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161009-00000535-san-soci
私は,後者の点に関心を持ちます。「若者の**離れ」という言い回しは好きではありませんが,若者の運動習慣が廃れていることは,よく耳にするからです。
私は,『社会生活基本調査』の時系列データにあたって,1990年代以降の20年間の変化を可視化してみました。スポーツ実施率(過去1年間)の年齢曲線の変化です。これは自発的にスポーツをしたという者の比率で,学校の体育の授業や職場研修などによるものは含みません。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001051678&cycode=0
下図は,1991年と2011年調査のデータから描いた,スポーツ実施率の年齢曲線です。左側は男性,右側は女性です。
過去1年間に何らかのスポーツをした者の比率ですが,女性の60代を除いて,どの層でも減っています。この20年間は,運動習慣の喪失という点でも「失われた20年」だったようです。
とりわけ,若年層で減少幅は大きくなっています。それが最も大きいのは20代前半の女性で,90.7%から64.5%と,26.2ポイントもの低下です。
なるほど,上記の記事でいわれている「若い女性の運動離れ」が官庁統計にも出ています。女性の場合,以前に比して正社員就業率が高まっていますので,運動の時間がとれなくなっているのでしょうか。
若年から中年のスポーツ実施率低下の背景には,ネットの普及もあるかと思いますが。90年代以降の「ネット普及」と若年層の「運動離れ」は,パラのような気がします。
上記は運動習慣に関わるデータですが,実際の体力はどう変わったか。教育学を専攻する私は,子どもの体力変化に興味を持ちます。子どもの体力低下がいわれて久しいですが,この半世紀にわたる長期変化をみてみましょう。
データは,文科省『体力・運動能力調査』のものです。種目はいろいろあり,調査対象の年齢もさまざまですが,11歳男子の握力の曲線に,時代の変化が出ています。下図は,1960年代半ばからのカーブです。このグラフは,日本教育新聞の連載コラムで前に紹介したことがあります(2015年1月12日)。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001054955&cycode=0
微差ですが,11歳男子の握力には時代変化が認められます。曲線の型から,3つのエポックに区切ることができそうです。60年代半ばから70年代の「上昇期」,80年代の「高原期」,90年代以降の「下降期」です。
最初の上昇期は,64年に開催された東京オリンピックの影響でしょう。子どもたちのスポーツ熱が高まり,体力の向上に寄与したと思われます。
80年代になると上昇は止まりますが,83年にファミコンが発売されるなど,室内遊びが主流になり,外遊びが減ったためでしょうか。塾通いもいよいよ増え,野球などの集団遊びも難しくなった。「時間・空間・仲間」という,外遊びに要する3要素(サンマ)の減少が目立ってきた時期でもあります。
90年代以降は,ネットの普及により,子どもの運動習慣はさらに減少。早期受験も浸透。こういう条件の変化が,曲線の下降となって表れているのだと思います。2012年3月に策定された「スポーツ基本計画」では,子どもの体力水準を1985年頃の水準に戻すことが目指されていますが,どうなることやら。
「サンマ」の減少,ネットの普及など,子どもたちの運動(外遊び)を阻む条件が出てきている現在ですが,こういう状況でも,運動をする子はする,しない子はしない。近年,子どもたちの間でこうした分化(segregation)が起きているように見受けられます。それを生じせしめる要因は,ズバリ,家庭の経済力です。
それは,子どものスポーツ実施率を家庭の年収別にみるとよく分かります。小学生(10歳以上)のスポーツ実施率を,年収300万未満の貧困層と,年収1500万以上の富裕層で比べてみましょう。下図は,22の種目の実施率のグラフです。
点斜線(均等線)より上にある場合,貧困層より富裕層の実施率が高いことを意味します。うーん,ほとんどの種目がそうですね。
もう一つ上の実斜線より上,黄色のゾーンに位置するのは,富裕層の実施率が貧困層より10ポイント以上高い種目です。水泳,野球,スキー・スノボ,サイクリング,バスケ,器具でのトレーニングが,これに該当します。おカネがかかりそうなものばかりですね。
水泳は子どもの習い事のメジャーですが,これとて,家庭の経済力によって実施率がかなり違っています。水泳教室の費用も結構かかるといいますしね。
今では子どもの自発的な遊び場の確保が困難なだけに,運動の機会も「おカネ」で買う時代なのかもしれません。これにより,家庭環境とリンクした子どもの体力格差なる現象も生じています。この点については,前にプレジデント・オンラインの連載記事で書きました。
http://president.jp/articles/-/17395
学校開放などを積極的に進めて,子どもの遊び場の確保を図るのは,行政の課題といえましょう。
子どもの体力低下がいわれていますが,「体力を下げているのは誰か?」という問いを立てねばなりません。体力低下から体力格差へと,問題の視座の転換です。
体育の日だというのに,暗いデータばかりをお見せしましたが,身もふたもない現実を暴露するのが私の商売ですので,ご寛恕のほど。あいにくの曇天ですが,連休最後の日を,お健やかにお過ごしください。