2011年6月3日金曜日

教員の精神疾患②

 5月31日の記事では,精神疾患で休職する教員の出現率がどう推移してきたか,地域別にどう違うかを明らかにしました。今回は,教員の中で,どういう属性から精神疾患者が相対的に多く出ているかをみてみようと思います。

 2009年度の公立学校の本務教員数は916,929人です。学校種ごとの内訳は,小学校が45.1%,中学校が25.6%,高等学校が21.0%,中等教育学校が0.1%,特別支援学校が8.2%,です。一方,同年度中に精神疾患で休職した教員(5,458人)の内訳を出すと,順に,44.2%,29.7%,15.6%,0.1%,10.4%,となります。

 特別支援学校の教員は,教員全体では8.2%しか占めてませんが,精神疾患者の中では10.4%を占めています。後者を前者で除すと1.27です。このことは,特別支援学校の教員からは,通常期待されるよりも1.27倍多く,精神疾患者が出ていることを示唆します。

 この値(精神疾患者中の比率÷教員中の比率)を,精神疾患者輩出率と命名します。私は,それぞれの属性について,この指標を計算しました。教員ならびに精神疾患者の構成の数字は,下記サイトの公表資料の別紙2(PDFファイル)から得ました。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jinji/1300256.htm

 文科省の公表資料には,学校種別,年齢層別,性別,および職種別の数字が載っています。この枠組みに沿ってみていきましょう。下の表をご覧ください。


 まず学校種別にみると,精神疾患者の輩出率が最も高いのは特別支援学校です。障害のある子どもの教育を行う特別支援学校では,通常の学校と異なる,困難な条件でもあるのでしょうか。次いで高いのは中学校です。

 次に年齢層別ですが,50代の高年層から精神疾患者が最も多く出ているようです。以前にみた離職率では若年層ほど高かったのですが,精神疾患の休職率は,年齢を上がるほど高いという,逆の関係がみられます。50代では管理職も多いと思いますが,管理職ゆえの精神的ストレスということでしょうか。しかるに,職種別でみると,校長や副校長等の輩出率は低くなっていますので,そういうことではなさそうです。

 2009年時点の50代教員の多くは,1970年代に入職し,以後,30年以上の教職生活を経てきています。この間,教職の世界は変わりました。近年における変化として,久冨善之教授は,次のようなものを指摘しています。①国民の高学歴化が進み,地域の知識人としての教員の位置が低下した,②学校への父母・地域住民の参画の動き,情報公開法の施行など,教員集団が内向きにまとまった学校運営が通用しない時代の到来,③教員評価の本格化,指導力不足教員排除の動きなど,戦後日本の教職の安定性を支えた枠組みの崩壊,というものです(「日本の教師-今日の教育改革下の教師および教員文化-」『一橋大学・社会学研究』第41号,2003年,150頁)。

 上記の指摘に関連する事実を例示すると,②については,2000年に学校評議員,2004年に学校運営協議会の制度が導入され,学校運営に地域住民が参画するようになっています。③については,教育公務員特例法の改正により,2009年度から,指導改善研修が法定研修に加えられることとなりました。

 思うのですが,こうした変化に最も困惑しているのが,50代の高齢教員なのではないでしょうか。彼らは,長い間,異なる状況下で教職生活を営んできたのですから…近年の状況変化に戸惑っている度合いは,入職したての若年教員よりも,高齢教員で高いと推察されます。
 
 50代の精神疾患者の出現率を県別に出し,各県の学校評価の実施頻度のような指標との相関とってみれば,この仮説を検証できるかもしれません。また,50代の精神疾患者の出現率を,長期的に跡づけることができれば,と思います。しかし,文科省の公表資料からは,これらの作業を行うことはできません。

 高齢教員ほど精神疾患が多いのは,体力の衰えというような生理的要因によるものだ,といわれればそれまでです。でも私は,近年の教員社会の変貌という,社会的な要因が大きいのではないか,と思っています。