前回の続きです。今回は,東京都内49市区の成人の通学人口率が,各地域の高学歴住民率とどういう相関にあるのかを明らかにします。仮に正の相関である場合,生涯学習への参加者(life-long learner)の属性が高学歴層に偏していることを意味し,子ども期の教育格差の是正という,社会的公正の機能がないがしろにされていることが懸念されます。
通学人口率とは,2005年の『国勢調査』の統計において,「通学のかたわら仕事」あるいは「通学」というカテゴリーに括られる人間の数が,ベースの人口に占める比率です。ここでいう成人とは,30歳以上とします。都内49市区全体の値は,1万人あたり29.1人でした。でも,市区別にみると,最大の74.0人(文京区)から最小の昭島市(16.3人)まで,大きな開きがあります。
この指標との相関を分析する,高学歴住民率とは,各地域の学卒人口に占める,大学・大学院卒業者の比率です。統計の出所は,2000年の『国勢調査』です。2005年の国調では,対象者の学歴について調査されていないので,2000年の統計を使います。この指標の値も,49市区別にみるとかなり差があります。
上図は,2つの指標の相関図です。残念ながら,正の相関という,危惧した結果が出ています。高学歴人口が多い地域ほど,通学人口率が高い傾向が明瞭です。相関係数は0.651であり,1%水準で有意です。通学人口率が際立って高い文京区と新宿区を「外れ値」として除外すると,相関係数は0.733にもなります。
アメリカのピーターソンは,"Education more Education"という法則があると指摘しています。直訳すると,「教育が教育を呼ぶ」ということですが,ここでの文脈に沿うようにいいかえると,既に高学歴を得ている者ほど,成人後の学習を継続する可能性が高い,ということでしょう。
人生の初期に多く学んでいる者ほど,学習へのレディネスができているのですから,当然といえば当然です。しかるに,子ども期の教育格差が,生涯学習を通じて拡大再生産されるというのは,いかがなものでしょうか。
2010年の統計によると,大学院修士課程入学者の9.6%,博士課程入学者の32.7%,専門職学位課程入学者の40.6%が社会人となっています(文科省『学校基本調査(高等教育機関編)』)。実数にして合計すると,およそ1万7千人です。この1万7千人のほとんどが,既に高い学歴も持っている高学歴者なのではないかと推察されます。
生涯学習とは,各人が「自発的な意志」に基づいて,生涯にわたって学ぶことです。不登校の子どもを無理やり学校に引っ張っていくがごとく,低学歴の者に対し,生涯学習への参加を強制するわけにはいきません。しかし,諸々の啓発活動や情報提供を行うことは可能です。いわゆる,「アウトリーチ政策」です。
18歳人口が減少するなか,大学は今後,成人学生を顧客に据えざるを得なくなってくるでしょう。その際,生涯学習には,社会的公正の実現という機能が期待されていることを勘案し,上記のようなアウトリーチ政策にも力を注いでいただきたいと思います。そのような実践的努力の積み重ねが,真の意味での「学習社会(learning society)」の実現につながることでしょう。