2012年11月15日木曜日

餓死

 2007年7月,北九州市で,50代男性のミイラ化した遺体が発見されました。死因は餓死。傍らの日記には,「おにぎりが食べたい」と記されていたそうです。

 この男性は,就労できないにもかかわらず生活保護を打ち切られ,その後飢餓状態に苦しみ,餓死するに至ったとのことです。この事件は,わが国の生活保護の在り方を問い質す,「おにぎり食べたい事件」として広く知られています。

 今の日本で餓死なんてあるのかと思われるかもしれませんが,格差社会化とともに,いざという時に助けてくれる「縁」を持たない人間が増える孤族化も進行しています。前回の記事では,孤独死が増えていることをみました。こうした社会変化は,上記のような悲劇が生じる条件を準備しているといえます。

 飽食といわれる現代日本において,餓死する人間はどれほどいるのでしょう。厚労省の『人口動態統計』では,細かい死因ごとに死亡者の数が計上されているのですが,そこで設けられている死因カテゴリーに,「食糧の不足」と「栄養失調」があります。

 この2つを足し合わせた数が,餓死者数の近似値であるとみてよいでしょう。厳密にいうと,後者の栄養失調は「食物の摂取不足,または摂取は十分でも消化・吸収の悪い時,あるいは食物の成分の不均衡,特に蛋白質の不足により現れる異常状態」(広辞苑)であり,全てが飢餓に由来するとは限りません。近似値という断りを入れるのは,このためです。ただし,以下では餓死者数ということにします。

 『人口動態統計』の死因小分類については,1997年以降の結果をネット上で閲覧できます。私は,この年以降の餓死者数の推移をたどってみました。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html


 若干の凹凸はありますが,餓死者は年々増加しています。2011年の年間数値は1,746人です。1997年に比して1.7倍になっています。総人口は約1億2千万人ですから,確率的には「数万人に1人」というところですが,飽食の現代日本において,餓死が増えていることは注目されます。おそらくは,格差社会化,孤族化というような社会変化の影響が大きいことと思われます。

 次に,年齢層別のトレンドもみてみましょう。冒頭の「おにぎり食べたい事件」の餓死者は50代でしが,統計的には,どの年齢層で餓死は多いのでしょうか。前回と同様,それぞれの年の各年齢層の数値を上から俯瞰する「社会地図」形式で結果を表現します。


 餓死者は高齢層で多くなっています。2005年以降,80代では毎年500人以上の餓死者が出ています。①身体が弱ってくるという生理的要因,②働き口がないという社会的要因,そして③孤族化という近年固有の要因が,高齢層の餓死の増加をもたらしているものと思われます。社会的な介入が要請されるのは,②と③に対してです。

 なお,餓死が増えているのは高齢者だけではありません。私の年齢層(30代)でも,1997年の26人から2011年の32人へと増加をみています。働き盛りだから大丈夫という予断は禁物です。若年のホームレスが増えているという報告もあります。

 現代日本は,物質的には豊かな社会であるといわれます。ですが,「豊かさの中の貧困」は,近年,確実に広がってきています。生活保護受給者の増加,貧困率の上昇など,それを立証するデータは数多し。今回みた餓死者数も,そのうちの一つです。