八王子市は,空家の所有者に適正な管理を義務づける条例の制定を検討しているとのことです。市議会に提出される条例案には,「瓦などの部材が飛散し人がけがをしたり,不審者が侵入して放火や犯罪を誘発したりする恐れがないよう,所有者に管理を義務づける内容」が盛られているとのこと。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyotama/news/20121122-OYT8T01668.htm
なるほど。管理が不十分な空家が増えることは,屋根瓦が剥がれ落ちて通行人に当たるなど,危険な面が伴います。
しかしもっと怖いのは,「犯罪を誘発」する要因となり得ることです。犯罪学の理論に「割れ窓理論」というものがあります。窓が割れたままになっている建物は,管理人がいないと思われ,空巣などの格好のターゲットになります。麻薬などの貯蔵庫に使われることもあります。さらには,近辺に不審者がうろつくようになり,地域の治安が悪化することにもつながります。
些細な乱れであっても,それを放置(許容)することは,さらなる乱れへと発展します。たとえば,生徒が校内のガラスを叩き割るにしても,最初の1枚を割る時の抵抗は大きいでしょうが,既にどこかが割られているのなら,2枚目,3枚目を割る際のためらいはうんと小さくなります。
この理論は,些細な逸脱であっても毅然とした態度で取り締まるべしという,「ゼロ・トレランス」の考え方に通じています。米国のジョージ・ケリングによって提唱されたものです。
さて,この理論が妥当性を持つなら,住居に占める空家の率が高い地域ほど,犯罪率が高い傾向が観察されるはずです。実情はどうなのでしょう。大都市の東京都内の地域データを用いて,吟味してみようと思います。
まず,都内の市区町別の空家率を出してみましょう。2008年の総務省『住宅・土地統計』から,各地域の住宅総数に占める空家の比率を計算することができます。私が住んでいる多摩市でいうと,空家の数は5,370です。ほう。この市には,5千を超える空家があるのですね。この市の住宅総数は71,780ですから,空家率は前者を後者で除して,7.5%と算出されます。
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2008/index.htm
私は,同じやり方で,都内の51市区町の空家率を出しました。最も高いのは千代田区の25.8%,最も低いのは日の出町の7.3%でした。下図は,都内の空家率マップです。空家率の2%区分で,それぞれの地域を塗り分けたものです。
傾向としては,空家率は都心のほうで高くなっています。地価の関係でしょうか。最高の千代田区の値は25.8%。この区では,住宅4件につき1件が空家ということになります。
それでは,各地域の空家率を犯罪率と関連づけてみましょう。総務省『統計でみる市区町村のすがた2011』には,都内23区の2009年中の犯罪認知件数が掲載されています。それを同年の各区の人口で除すことで,犯罪発生率を算出しました。人口千人あたりの件数です。
下図は,横軸に空家率,縦軸に犯罪率をとった座標上に,23区をプロットしたものです。空家率と犯罪率の相関図です。
空家率が最高の千代田区は,犯罪率も最も高くなっています。23区全体の傾向でみても,空家率が高い苦ほど,犯罪率が高い傾向です。両指標の相関係数は+0.724であり,1%水準で有意です。
犯罪率が飛びぬけて高い千代田区を「外れ値」として除外すると,相関係数は+0.470となります。これでも,5%の有意水準は保っています。
地域の犯罪率は,空家率だけに規定されるものではありませんが,両指標の正の相関関係が検出されたことは,注意されてよいでしょう。空家の管理の適正化を図る条例をつくろうという,八王子市の動きは,理に適ったものといえなくもありません。
全国統計でみると,空家の数,率ともに増加しています。下表は,『住宅・土地統計』の時系列データから作成したものです。
冒頭で紹介した読売新聞の記事でいわれているように,「核家族化で親の家屋を引き継ぐ世帯が減ったこと」などが,大きいと思われます。
このような変化が,犯罪の増加要因に転じることを防ぐような対策が求められます。八王子市の条例制定に向けた取組は,その先端に位置するものといえるでしょう。