2012年11月20日火曜日

学歴別の初任給

 11月15日に,2011年の厚労省『賃金構造基本統計』の初任給調査結果が公表されました。新規学卒者の初任給を,学歴別に知ることができます。それをご紹介します。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chingin_zenkoku.html

 用語解説によると,初任給とは,「2011年に採用し,6月30日現在で実際に雇用している新規学卒者の所定内給与額から通勤手当を除いたものであり,かつ,2011年6月30日現在で2011年度の初任給額として確定したもの」だそうです。調査対象は,10人以上の事業所とのこと。

 下表は,男子新規学卒者の初任給月額を,学歴別に整理したものです。業種ごとの違いにも注意しています。


 初任給額は,学歴によって違っています。高学歴の者ほど,多い額を得ています。「そんなの,分かり切ったことじゃん」といわれるかもしれませんが,そもそも学歴によって給与が異なるのはなぜでしょう。

 単純な人的資本論によると,人は,教育を受ければ受けるほど生産性が向上すると考えられます。よって,高学歴者は高い給与を得て然るべし,ということになります。

 とても分かりやすいロジックですが,「学歴と生産性が比例する」という前提は,怪しいものにも思えます。表をよくみると,大卒と大学院卒の初任給の差が最も大きいのは,卸売業・小売業です。この業種での新規採用者がやる仕事の大半は,店頭での接客でしょう。大学卒よりも,修士論文を仕上げた修士卒のほうが,接客スキルが上なのか。明らかに?です。むしろ,逆であることのほうが多いのではないでしょうか。
 
 企業が学歴で給与に差をつけるのは,生産性を厳密に査定するのは面倒なので,それを手っとり早く測るシグナルとして学歴を利用する,という理由によることがほとんどです。とくに,情報が乏しい新規採用者の初任給については,ほぼ100%学歴に依拠して決められるといってよいでしょう。

 なるほど。企業が大学院修了者を雇うのを嫌がるのも,分かろうというものです。即戦力となるスキルがあるかどうか怪しいにもかかわらず(ない場合が多い),形の上では高い給与を払わねばならないわけですから。文系の院修了者に至ってはなおさらです。

 そういえば,11月19日の「ダイヤモンド・オンライン」に,面白い記事が載っていました。「一度レールを外れるとバイトにすら就けない!高学歴ワーキングプアの抜け出せない苦しい現実」と題するものです。
http://diamond.jp/articles/-/28112

 この記事では,博士号を取得した後,関東の某大学で10年以上研究員を勤めたものの,上司の教授との折り合いが悪くなり,雇い止めとなった女性のケースが紹介されています。

 この女性は研究職を諦めて職探しをするのですが,「博士さまを,社員として雇う会社はない」と立て続けに断られます。当面の糊口をしのぐため,ちょっとしたバイトをしようと履歴書を出せば,以下のように怒鳴られたとのこと。

 「こんな高学歴なのに,うちでバイトしたいというのか? ふざけているのか?」

 「バイトにすら就けない」という,記事のタイトルのフレーズ,偽りなしです。雇う側にすれば,博士号という最高学歴保有者に対しては,とてつもなく高い給与を払わねばならない,という思い込みがあるのでしょう。

 多くの企業は,求職に訪れた人間の価値を,年齢や学歴といった分かりやすい属性で判断します。このことは,今問題になっている「高学歴ワーキングプア」が発生することの条件をなしています。9月4日の記事でみたような,大学院博士課程修了者の惨状も,このことに由来するとみられます。

 先の女性については,「あなたは経歴からして,本社の業種は初心者であるとみられるので,給与はそれなりの額でいいですか」と聞くことができないのでしょうか。アメリカでは,このようなことを口にしたら,求職者の側から訴えられるという話を聞きますが,そういうことを恐れているのでしょうか。

 しからば,数カ月のトライアル雇用でもして,生産性の程度を可視化したうえで,給与の合意に踏み切ればよさそうなものですが,それはコストと労力がかかるのでご免こうむりたい,ということでしょうか。

 城繁幸氏は,仕事に給与を割り当てる「職務給」の導入を提言していますが,私もそれに賛成です。それが普及すれば,「低学歴者=生産性不足,高学歴者=高給取り」という機械的な図式に由来する学歴差別の問題も解消されることでしょう。
 
 この案の実現の度合いは,冒頭でみた学歴別の初任給統計の有様によって教えられることになります。今後も,注目していきたいデータです。