昨日の朝日新聞Web版に,「民間給与2年連続の減少,非正規と正規の差300万円」と題する記事が載っています。紹介されているデータの出所は,国税庁の『民間給与実態統計調査』です。
http://www.asahi.com/business/update/0927/TKY201309270334.html
2012年調査より,正規と非正規とに分けた集計を始めたとのこと。それによると,2012年の平均年収は正規雇用者で468万円,非正規雇用者で168万円だったそうな。なるほど。記事のタイトルでいわれている通り,その差は300万円。スゴイ差です。
ところで,雇用形態別の年収統計は,総務省の『就業構造基本調査』にも掲載されています。こちらは,公務員等も含む全有業者のものです。また,性別・年齢層別の細かいデータも知ることができます。
私はこの資料を使って,男性雇用者の年収の正規・非正規格差がどれほどかを,仔細に明らかにしてみました。ファインディングスのいくつかをツイッターで発信したところ,みてくださった方が何人かおられます。ここにて,その全貌をご覧いただきましょう。
まずは,15歳以上の男性雇用者全体の年収をみてみます。下表は,2012年の『就業構造基本調査』をもとに作成した,正規雇用者と非正規雇用者の年収分布表です。
2012年10月時点でみると,年収が分かる正規雇用者は2,255万人,非正規雇用者はが638万人であり,だいたい「4:1」です。男性に限ると,まあこんなものでしょう。
しかし,年収の分布はだいぶ違っていて,正規では300万円台,非正規では100万円台前半が最も多くなっています。低すぎないかと思われるかもしれませんが,10代後半や高齢層も含みますので,違和感はありません。
この分布をもとに,正規と非正規の平均年収を出してみましょう。度数分布表から平均値を出すやり方は,ご存知ですよね。各階級の値を,一律に中間の値(階級値)とみなしてしまいます。年収300万円台の正規雇用者441.8万人の年収は,一律に中間の350万円と仮定するのです。上限のない1,500万円以上の階級は,2,000万円ということにしましょう。
この場合,正規雇用者の平均年収は,以下のようにして求められます。全体を100とした相対度数を使ったほうが,計算が楽です。
[(25万×0.3人)+(75万×0.5人)+・・・(2000万×0.6人)]/100.0人 ≒ 500.7万円
男性の正規の年収は500.7万円ですか。同じ方法で非正規の年収を出すと187.8万円となります。男性だけのデータで,かつ公務員等も含みますので,冒頭の新聞記事で紹介されていた,『民間給与実態統計調査』の数値よりも高めになっています。これでみると,正規と非正規の差は312.8万円なり。結構な開きがありますね。
これは全年齢層の男性雇用者の平均年収ですが,正規と非正規の差は,年齢層によって異なるでしょう。私は,男性の正規・非正規の平均年収を5歳刻みで計算し,各層の値をつないだ折れ線グラフを描いてみました。下図の左側は全国,右側は大都市の東京のものです。
正規は加齢とともに年収がアップしますが,非正規はそれがありません。よって年収の開きはだんだん大きくなり,左の全国でいうと,50代前半では420万円もの差が出るようになります。東京はもっとすごく,同年齢の正規・非正規の差は553万円,倍率にすると前者は後者の3.3倍です。これはもう,「差」ではなく「格差」ですよね。
上図から,よくいわれる正規・非正規の年収格差は,地域によってかなり異なるのではないかと思われます。私は,自分の年齢層の30代後半について,正規雇用者と非正規雇用者の平均年収を都道府県別に計算してみました。
30代後半の男性といえば,バリバリの働き盛りです。自活を強く期待され,非正規の仕事といえど,それで暮らしを立てている者が大半でしょう。こういうことを念頭に置いて,この層に注目することとしました。
下表は,算出された正規・非正規別の平均年収の一覧です。47都道府県中の最高値には黄色,最低値には青色のマークをしています。正規が非正規の何倍かという倍率も出し,参考までに,非正規雇用者の量的比重も添えました(右端)。
正規・非正規の年収格差が最も大きいのは京都です。正規が465.3万円,非正規が183.4万円で,その差は2.54倍なり。一方,差が最も小さいには広島で,こちらは1.67倍にとどまっています。
広島で差が小さいことの要因は,非正規の年収が高いことです。当県の非正規の年収は273.4万円であり東京よりも高く,全国1位です。
7月13日の記事でみたところによると,この県では最近5年間にかけて,若者のワープア率や非正規率が大きく減じています。加えて,上表から分かるように,非正規雇用者の年収が全国1位ときた。広島では,どういうことをやっているのかしらん。県のホムペをみたところ,「ひろしま若者しごと館」,「若者交流館(広島地域若者サポートステーション)」といった機関での実践がなされているようですが,その内実は如何。
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/68/1176968923039.html
最後に,上表の格差倍率を地図化しておきましょう。濃い色の県は,30代後半男性の正規・非正規の年収格差が(相対的に)大きい県です。
首都圏や近畿圏が濃く染まっていることから,正規・非正規の格差は都市部で大きいように思えますが,最下位の広島をはじめ,大阪や福岡が白であることからして,そう単純な構造でもないようです。各県の政策の有様も影響していることでしょう。
正規・非正規の待遇差はあって当然と考える向きもあるでしょうが,属性や地域によっては,許容範囲を逸しているとみられるケースも見受けられます。とくに,ここで重点的にみた30代後半男性などは,非正規といえど,それで生計を立てている者がほとんどです。この層にあっては,正規・非正規の格差が重くのしかかることでしょう。
余談ですが,今朝の読売新聞Web版にて,無差別殺傷事件を起こした犯人の動機の統計が紹介されていました。トップは「自分の境遇への不満」が42.3%でダントツです。雇用の非正規化が進行し,かつ正規・非正規の不当なレベルでの待遇格差が放置されたままの現代日本にあっては,無差別殺傷事件のような惨劇を起こす予備軍が確実に増えてきていることと思います。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130928-OYT1T00192.htm
私は,雇用の非正規化とは働き方の多様化ともとれるものであり,一概に悪いこととはいえまい,という考えを持っています。ですがそれは,非正規といえど人間らしい生活が保障される,という条件を伴う限りです。しかるに,非正規は給与も低く,保険も年金も全部自腹というように,各種の保障から疎外されています。これでは,いつまで経っても「非正規化」というタームは否定的な意味合いでのみ語られることになるでしょう。
ここで私が言いたいのは,どういう働き方(生き方)を選んでも,人間らしい生活が保障される社会でありたい,ということです。この点は,今月26日発刊の『受験ジャーナル』(実務教育出版社)掲載の拙稿でも書かせていただきました。「若者の非正規化・ワープア化」というタイトルの記事です。よろしければ,こちらもご覧いただけますと幸いです。
http://jitsumu.hondana.jp/book/b122778.html