2015年11月26日木曜日

教育にカネを使わない国,ニッポン

 タイトルに関連するデータが公表されました。教育機関への公的支出額がGDPの何%になるか,という国際データです。一昨日の朝日新聞でも報じられましたので,ご存じの方も多いでしょう。
http://www.asahi.com/articles/ASHCS4PSXHCSUTIL03G.html

 原資料は,OECDの『Education at a Glance 2015』です。この資料には,最新の2012年のデータが掲載されています。私はこれに当たって,OECD加盟の32か国の数値を高い順に並べたランキング・グラフを作ってみました。

 当該資料は,下記サイトにて全文をPDFでダウンロードできます。ありがたいことに,それぞれの統計表の下にエクセルファイルへのリンクもはられています。これを開いて,必要データをコピペしてグラフにするだけ。ホント,便利になったものです。
http://www.oecd.org/education/education-at-a-glance-19991487.htm


 日本は3.5%で,OECD加盟国の中で最下位となっています。毎年のことですので「またか」という感じですが,まさに「教育にカネを使わない国,ニッポン」です。

 少子化が進んだ日本では子どもが少ないからだろうといわれますが,教育の対象は子どもだけではありません。いみじくも現代は,生涯学習の時代。大人が学校から締め出されるいわれはありません。

 上記のデータは,日本の学校が未だに子どもや若者の占有物になってることの証左とも読めるでしょう。上位の北欧諸国は,学校の門戸が成人にも開かれている社会です。6位のイギリスは,大学開放(university extension)の発祥の国なり。

 「子どもが少ないからだ」といって,切って捨てていい現実ではないと思います。成人学生比率の国際比較は,下記のニューズウィーク記事をご覧ください。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/08/post-3823.php

 ちなみに教育機関に公的支出がどれほどされているかは,段階によって違っています。日本は対象が初等・中等教育段階に偏していて,その前後,つまり就学前教育と高等教育への公的支出がなおざりになっています。

 幼稚園等の就学前教育費と,大学等の高等教育費の公費割合をみると,日本は順に,44.2%,34.3%となっています(2012年,上記OECD資料)。ウラを返すと,残りは私費負担,つまり個々の家庭が支払う授業料等で賄われていると。

 「義務教育じゃないんだし,他の国もそんなものじゃないの」と思われるかもしれませんが,さにあらず。横軸に就学前教育の公費比率,縦軸の高等教育のそれをとった座標上に,双方が分かる24か国を配置すると,下図のようになります。


 日本は就学前教育,高等教育の費用とも,公費負担割合が低くなっています。まさに,「私」依存型の社会です。日本は教育が普及した社会ですが,それは,家計に大きな負担を強いることで成り立っているといえます。

 対して北欧の諸国では,就学前教育・高等教育とも,9割以上が公費で維持されています。ノルウェーでは,大学の授業料はタダだそうですが,さもありなん。

 教育史の授業で習うことですが,日本は「」の教育の伝統が強い社会です。江戸期の私塾に象徴されるように,篤志家が塾を開いて弟子を教育する。わが国の学校のルーツはこれです。近代以降も,義務教育の小学校は別として,就学前教育や高等教育は,私立学校に依存する形で発展してきた経緯があります。今でも幼稚園や大学の大半が私立であるのは,そのためです。

 だからといって,国が何もしなくてよいということにはなりません。義務教育でないからといって,その費用の多くの家庭に負担させるのは異常ですし,日本の現状が国際標準から大きく外れていることは,上のグラフを見ても分かること。

 それに伴う問題も出てきています。日本の大学の学費はバカ高,おまけに奨学金制度は貧弱。よって多くの学生がバイトせざるを得ず,産業界の人手不足の要求と相まって,「ブラックバイト」のような問題が生じていると。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2015/11/post-4152.php

 ごく一部の限られた階層しか大学に進学しなかった時代では,私費負担型も維持できたのでしょうが,大学のユニバーサル化の段階に入っている今では,それが不可能なのは明らか。

 高等教育の便益は個人に帰されるのだから,その費用は当人が負担すべしという考えもあります。しかし,多くの人が高等教育を受けることで,高度な知識が普及する,知に裏付けられた道徳心が増す,犯罪が減るなど,社会的な便益も期待できます。その計測は容易でないですが,知識基盤社会を標榜する日本では,こちらの面が強いことにも注意すべきでしょう。

 国際的にみても異常な,「私」依存型の日本の高等教育。その費用負担の構造を見直す時期に来ているのではないか。昨日公開のニューズウィーク記事(上記URL)で申したのは,このことです。

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