7月30日の記事で類似のテーマを扱いましたが,そこで使ったのは個人の収入ではなく世帯収入,それも自己評定(社会全体の中でどの辺りと思うか)のデータでした。
それでもまあ,もっともらしい結果が出ましたが,個人の収入実額のデータを使った比較をしたいものです。ISSP(国際社会調査プログラム)の第4回「家族とジェンダー役割の革新に関する調査」(2012年)では,調査対象者個人の年収実額を尋ねています。また就業者に対し,公務員(public employer)か民間企業勤務者(private employer)かを問うています。
http://www.issp.org/index.php
したがって,この調査のローデータを分析することで,各国の公務員と民間勤務者の年収分布を出すことが可能です。今回は,それをやってみようと思います。最近の日本では公務員人気が高いですが,公務員の収入優位度は他国と比してどうなのでしょう。
手始めに,わが国の公務員と民間勤務者の年収分布を出してみます。下表は,生産年齢(20~50代)の年収分布です。階級と階級値は,原資料のものを使っています。
年収が分かる有効サンプル数は,公務員が71人,民間勤務者が460人です。公務員がちょいと少ないですが,分析に耐えない数ではないでしょう。
最頻階級(Mode)をみると,公務員は年収100万円台と600万円台,民間は100万円台となっています。低収入層が多いのは,パート等の非正規雇用者も含むためです。本当は正規職員に限定したいのですが,ISSPのデータではそれは叶いません。
構成比(%)は添えていませんが,年収600万以上の割合は公務員が31.0%,民間が13.0%です。高収入層は,公務員のほうが多いですね。
階級値を使って平均値を出すと,公務員が414.1万円,民間が337.4万円となります。公務員は,民間の1.227倍。まあ,違和感のない数値ですね。
さて,ここでの関心事は,この倍率が国によってどう違うかです。私は,上記調査の対象国36か国について,同じ値を計算しました。各国通貨の年収分布をもとに平均値を出し,公務員が民間の何倍かを明らかにした次第です。
なお,それぞれの社会における公務員の地位文脈(status context)も知りたいと考え,分析対象のサンプル数をもとに,就業者全体に占める公務員の割合も出しました。日本は公務員71人,民間460人ですから,公務員割合は,71/(71+460)=13.4%となります。
下図は,横軸に公務員割合,縦軸に官民差の倍率をとった座標上に,36の社会を位置付けたグラフです。ドイツは調査対象が東西に分かれていますので,西独の数値を用いています。
どうでしょう。縦軸の官民差倍率1.0のラインを引きましたが,これより下に位置している社会が結構あります。公務員よりも民間勤務者の年収が高い国です。英仏やスウェーデンなど,ヨーロッパにはこういう社会が多くなっています。
数の上では,「官>民」よりも,その反対の社会が多いようです。わが国の状況は,普遍的ではないのですね。こういう発見があるから,国際比較はオモシロイ。
日本は「官」優位の社会なのですが,南アフリカ,フィリピン,米国は,その度合いがもっと大きくなっています。米国では,民間勤務者の収入格差がべらぼうに大きいためでしょう。
このように,公務員の年収の相対水準は社会によって大きく異なっているのですが,それは,公務員の地位文脈と無関係ではないようです。上図をみると,36か国のドットは右下がりに分布しており,公務員が少ない社会ほど,その優位性が大きい傾向がみられます。公務員比率と官民差倍率の相関係数は-0.6488であり,1%水準で有意です。
公務員が希少な国ほど,その優位度が高い。フィリピンはその典型であり,日韓米もそういうタイプの社会のようです。右下のカナダは,就業者の6割が公務員となっていますが,これは,ISSP調査のサンプルの歪みと思われます。あくまで参考と捉えてください。
上記のグラフをみて,縦軸の官民差倍率に興味を持つ人が多いでしょうが,私は横軸上の日本の位置に「はて?」と思います。日本は,公務員が少ない社会。目下,これをさらに減らそうという動きが出ていますが,超高齢化社会に適した方向なのかどうか。
前回の記事で,保育士や介護士の給与が激安であることを見ましたが,福祉の「私」化ではなく,「公」化の方向を採れないものか。こんなことを考えています。