私は,「プレジデント・オンライン」で連載記事を書いています。編集者さんより,「メインの読者層はビジネスマンなんで,職業別のいろいろなデータを出してもらえばウケますよ」というアドバイスをもらいました。
http://president.jp/category/c00547
職業は社会で果たしている役割ですが,人間のアイデンティティの源泉で,当人の意識や行動をも強く規定しています。大きな声では言えませんが,収入や威信にも傾斜がつけられています。社会学的にみても,重要なキー変数です。
まあ言われずとも,職業別の年収,労働時間,さらには趣味など,いろいろな観点からデータを出してきました。まだ手を付けてない「穴」はないかと思案していたところ,今日たまたま,文筆家は収入格差が大きい,という趣旨のツイートをみかけました。
おお,そうだ。職業別の収入格差はまだ明らかにしていませんでしたね。平均年収ばかりが注目されますが,それぞれの職業内部の収入格差という視点もオモロイ。収入格差が大きい職業は? タイトルの問いに答えるデータを出してみましょう。
毎度使っている『就業構造基本調査』では,職業別の年収分布が明らかにされています。2012年調査の原表は,下記サイトの表35です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&tclassID=000001048178&cycleCode=0&requestSender=search
収入格差が大きい職業・・・。そうですねえ,文筆家はもちろんそうですが,芸術家もさぞ格差が大きいでしょう。音楽家・舞台芸術家の年収分布を整理すると,下表のようになります。
低収入層ほど多いピラミッド型になっています。合計9万2200人のうち,年収200万未満が3万6700人。何と何と,年収200万未満のプアが全体の4割をも占めている。ゲージュツの道は厳しいですねえ。
では,収入格差はどうでしょう。16の年収階層の人数と,各層が手にした富量の分布を照合してみます。富量は,階級値を人数に乗じた値です。年収300万円台の階級に属する人の年収は,一律に中間の350万円とみなします。この場合,この階層が手にした富の量は,350万円×8800人=220億円となります。
この要領で16の階層の富量を出し合算すると,3355億円なり。これが音楽家・舞台芸術家が手にした富の総量ですが,この巨額の富が各階層にどう配分されているか。
真ん中の相対度数の黄色マークをみてください。これによると,人数では6.4%しか占めない年収1000万以上の層が,全富量の24.3%,4分の1近くをもせしめています。右側の累積相対度数をみると,偏りはもっとクリアーで,人数では6割近くを占める年収300万未満の層には,全富の22.2%しか届いてません。
ミュージシャンの富ってのは,一部の稼げる人間によってのみもたらされているのですねえ。上表のデータを使って,年収ジニ係数を出すとどうなるか。下図は,横軸に人数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に,16の年収階層のドットを配置し,線でつないだ曲線です。年収ローレンツ曲線と名付けておきましょう。
この曲線の底が深いほど,人数と富量の階層分布のズレが大きいこと,すなわち年収格差が大きいことを示唆します。われわれが求めようとしている年収ジニ係数は,色付きの面積を2倍した値です。
色付き面積は0.2476ですので,年収ジニ係数はこれを2倍して,0.4952となる次第です。計算方法の詳細は,下記記事をご参照あれ。
http://tmaita77.blogspot.jp/2011/07/blog-post_11.html
ジニ係数は一般に,0.4を超えると大きいと判断されます。0.5に迫るというのは,相当なものでしょう。常識的にも頷けますけど,音楽家・舞台芸術家は,収入格差が大きい職業のようです。最初の表のピラミッド型年収分布からも分かりますが,稼げるのは一部だけ。そんな世界ですな。
このやり方で,68の職業の年収ジニ係数を計算してみました。下表は,その一覧です。
黄色マークは,ジニ係数が0.45を超える職業です。先ほどみたミュージシャンのほか,外勤事務従事者や販売職も高いですね。農業や漁業も。仕事を取れるか,モノが売れるか。実力重視の度合いが高いためでしょう。
ビル管理人や清掃業の内部格差が大きいのは,非正規雇用の比重が高いためと思われます。
青色マークはジニ係数が0.2に満たない,収入格差が小さい職業です。管理的公務員と鉄道運転従事者・・・。これは分かりますよね。公共性の高い仕事ですので。
教員の年収ジニ係数は,0.2880ですか。教員の多くは公務員であるためでしょう。しかし,大学教員に限ったら値がメチャ高であるのは間違いありますまい。身分格差と形容されるような,専任教員と非常勤教員の給与格差。
非常勤教員も含めた広義の大学教員の年収ジニ係数を出したら,0.7から0.8くらいいくんじゃないかなあ。
前に明らかにしましたが,大学教員の非常勤比率はどんどん増えてきています。薄給を厭わない無職博士の増加と,人件費を抑制したい大学の思惑という,2つの条件がマッチングしているためです。
http://tmaita77.blogspot.jp/2012/09/blog-post_25.html
不吉な予感ですが,あと数年後には,大学のキャンパス内で凄惨きわめる無差別殺傷事件が起きるのではないか・・・。大学関係者で,こんな杞憂を持っているのは,私だけではないでしょう。
表の右側には,参考として各職業の平均年収を添えています。平均年収と年収ジニ係数の相関は,マイナスです。収入格差が大きい職業は,全体の年収水準も低い傾向。簡単にいえば,一部の人しか稼げない,ということです。
年収ジニ係数が大きい職業の年収分布を描くと,下が厚く上が細い「ピラミッド型」になるケースが多数。最初の表でみた,音楽家・舞台芸術家などはその典型例です。