中2男子生徒のいじめ自殺問題で,全国から注視されている滋賀県大津市ですが,越直美市長が,市教育委員会の問題への対応のまずさを批判し,次のように述べたそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20120719-OYT8T00994.htm
「市民に選ばれたわけではない教育委員が教育行政を担い,市長でさえ教職員人事などにかかわれない。民意を直接反映しない無責任な制度はいらない。」
現行の制度では,教育委員会のメンバーである教育委員は,首長による任命で選ばれることになっています(地方教育行政法第4条1項)。戦後初期の教育委員会法の下のでは,各自治体の教育委員は,住民の直接選挙で選ばれていましたが,1956年(昭和31年)に同法が廃止され,地方教育行政法が制定されたことに伴い,公選制が任命制に変わったという経緯です。
しかるに,現行の任命制下では,首長の好みにより,教育委員の社会的な属性が著しく偏る危険性が伴います。このことにかんがみ,「委員の年齢,性別,職業等に著しい偏りが生じないように配慮する」という規定も添えられています(同条4項)。
この規定は,大変重要なものです。教育委員会制度が「民意を直接反映」するための条件の一つは,教育委員の構成が,社会全体の縮図に近くなることです。男性だけ,高齢層だけ,富裕層だけ,というのは望ましくありません。
このほど公表された,2011年度の『教育行政調査』のデータを使って,現実と理想のギャップの程度がどれほどかを検討してみましょう。この資料から分かる,全国の市町村教育委員会委員の属性構成を,25歳以上人口のそれと照らし合わせてみます。
2011年5月1日時点における,全国の市町村教育委員会委員(以下,教育委員)は,7,275人だそうです。性別構成は,男性が4,735人,女性が2,540人なり。比にすると,65.1%,34.9%となります。教育委員に選ばれる資格を持つ25歳以上人口でみた場合,男女はほぼ半々でしょうから,この構成は明らかに男性に偏しているといえます。図示すると,下図のようです。
これは,委員の性別の偏りですが,年齢と職業という観点も据えてみるとどうでしょう。教育委員の年齢構成,職業構成は,下記サイトの第2表から得ました。被選出母体の25歳以上人口のそれは,2010年の『国勢調査』から計算しました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001039883&cycode=0
下表は,3つの観点から,教育委員と25歳以上人口の構成を比較したものです。後者を,以下では「ベース」といいます。
性別の偏りは,先ほどみた通りです。ベースでは47.8%の男性が,教育委員の中では65.1%をも占めています。
右欄の輩出率とは,教育委員の中での構成比を,ベースの中での構成比で除した値です。当該の属性から教育委員が出る確率の高さを測る指標として計算したものです。1.00を超える場合,通常期待されるよりも高い確率で委員が出ていることになります。1.00を下回る倍は,その逆です。
中段の年齢構成をみると,教育委員は,50~60代の層から多く出ているようです。この年齢層は,ベースでは35%しか占めませんが,教育委員のうちでは実に70%を占めています。ベースの中での比率の2倍です。
一方,40歳未満の若年層から教育委員が出る確率は非常に低いことがしられます。大津市の越市長は,私より1歳上の37歳だそうですが,このような若い委員がもっと増えてほしいと思います。いみじくも子育ての最中の年齢層です。この層の意見を取り入れることは重要であるといえましょう。
続いて職業別の構成ですが,管理職からの委員輩出率がべらぼうに高くなっています。通常期待される水準の12倍近くです。会社の社長さんや法人の代表者さんでしょうか。次に高いのが農林漁業,その次が専門技術職です。農林漁業層の中には,退職教員で現在農業をやっているという人が多いのではないかしらん。
輩出率が1.0を超えるのは,上記の3つの職業だけですが,教育委員の多くが富裕層なのではないか,という疑いを持たせるデータです。
データで現実をみると,法規定とは裏腹に,教育委員の社会的構成に少なからぬ偏りがあることが分かりました。まあこれでも,過去に比べれば,その程度は緩んできているかもしれません(その逆は困りますが)。
しかるに,地域によっては,委員の偏りの程度が比較的小さいケースも見受けられます。最後に,教育委員の属性を都道府県ごとに比較してみましょう。『教育行政調査』をもとに,2011年5月1時点における,各県の市町村教育委員の女性比率,50歳未満の若年層比率を出してみました。
点線は,全国値です。右上に位置する県は,女性比率,若年層比率とも相対的に高い県であると評されます。左下は,その反対です。
ほう。越市長を嘆かしめている大津市がある滋賀県ですが,県全体でみれば,教育委員の構成の偏りは比較的緩いようです。ほか,西日本の県が多く右上にプロットされています。鳥取の女性比は47.1%であり,性別構成の点では,全体の縮図にかなり近接しています。結構なことです。
このような教育委員の構成の違いによって,各県の教育の在り様はどう異なるかという,大変興味ある問題も横たわっています。それはさておき,目下すぐにできる課題は,今回明らかにした教育委員の構成の偏りがどういう性格のものかを,時系列比較によって吟味することです。