2012年8月3日金曜日

年齢層別自殺率の長期推移

現在の状況について理解を深めるための方法の一つとして,時系列比較があります。昔と今を比べる,ということです。

 「昔」といっても人によってイメージするところは様々でしょうが,欲を言えば,できるだけ長期の観察期間を設定することが望まれます。私は,総務省統計局の図書館に何度か通って,明治期以降の年齢層別の自殺統計を収集しました。1903年(明治36年)以降の,おおよそ5年刻みの統計です。

 これをベースの人口で除して,自殺率(suicide rate)を計算しました。自殺率は,社会の危機状況(病理度)を計測するのに最も適した指標(measure)といえます。

 データ処理が一通り終わり,統計グラフもつくりましたので,今回はそれをご覧に入れようと存じます。まずは,観察期間中において,人口全体の自殺率がどう推移してきたかを押さえましょう。


 自殺率とは,自殺者数をベースの人口で除した値です。通常,10万人あたりの比率で表現されます。分子の自殺者数は,戦前期は主に『大日本帝国人口動態統計』,戦後は厚労省『人口動態統計』から得ました。分母の人口は,総務省統計局ホームページの長期統計系列から得ています。
http://www.stat.go.jp/data/chouki/02.htm

 戦前期の自殺率は,大正期からじわじわと上がり,1930年(昭和5年)に21.6とピークをむかえます。昭和初期といえば,深刻な不況期だった頃です。その後,戦局が深まるにつれ自殺率は下がり,1940年の13.7にまでダウンします。

 デュルケムは,戦争期では,どの社会で自殺率が低下することを明らかにしました(『自殺論』)。共通の敵に向けて,国民の連帯(solidarity)が強まるためと解されます。なるほど。わが国でも,こうした傾向が観察されます。

 しかるに,戦争が終わると自殺率は上昇に転じ,終戦から10経った1955年(昭和30年)には25.2にまで跳ね上がります。上表の観察期間中で最高の値です。この点についての解釈は,年齢層別の自殺率をみてからにしましょう。

 自殺率は1960年代の高度経済成長期に入いると低下し,それが終焉した70年代半ばから80年代半ばまで上昇を続け,90年代初頭のバブル期まで再び下がります。この時期の自殺率カーブは,景気と連動していることが知られます。

 その後,90年代後半にかけて自殺率はグンと上昇し,2000年には20を超えます。自殺者の実数も,3万人の大台にのりました。平成不況の影響がまざまざと表れています。近年は,微減の傾向です。

 次に,上記の各年について,5歳刻みの年齢層別の自殺率をみてみましょう。自殺率がピークであった1955年では,どの層の自殺率が高かったのでしょうか。病巣を突き止める作業です。

 このような煩雑なデータを表にしたら,かなりのスペースをとります。グラフ化するにしても,折れ線グラフにしようものなら何本も線を描かなければならず,グチャグチャになります。

 そこで,例の社会地図図式の登場です。それぞれの年における各年齢層の自殺率を,等高線で表現するものです。このグラフでは,色の違いに依拠して。自殺率の水準を読み取ることになります。百聞は一見に如かず。早速,現物をみていただきましょう。


 灰色は自殺率50台,黒色は自殺率60超であることを意味します。このような高率ゾーン(膿)がどこに位置しているかに注視しましょう。

 戦前期では,概して,高齢者の自殺率が高かったようです。70歳以上の自殺率は,一貫して60を超えています。当時はまだ,年金のような社会保障制度は未発達でした。医学も然りで,病気を苦にした高齢者の自殺も多かったことでしょう。

 上表でみたように,第2次世界大戦が終わると自殺率が上昇し,1955年に最高値を記録するのですが,これに寄与したのは,どの年齢層なのでしょうか。答えは,若年層です。1955年の自殺率を年齢層別に出すと,20代前半が65.4と飛びぬけて高くなっています。

 都市化や産業化といった,社会の土台の変化に加えて,その上で暮らす人々の価値観も急転換していた頃です。このような急激な変化に適応できなかった,純真な若者もいたことでしょう。また,戦前の旧い慣習と戦後の新しい慣習がごっちゃになっていた時期でもあります。相思相愛の男女が,旧来の「イエ」の慣行によって結婚を阻まれ,無理心中に身を焦がすようなケースも多かったといわれます。

 1955年の20代前半といえば,1931年~35年生まれ世代でしょうか。この世代は,若い頃大変だったのですね。

 その後は,社会の安定化により,どの層の自殺率も低下します。社会保障制度の充実が効いたのか,高齢層の部分においても,黒色や灰色がなくなります。

 しかるに,1990年代半ば以降,平成不況により,中高年層の箇所に怪しい紫色が広がります。2000年では,50代の後半において自殺率が40を超えています。多くは,リストラによる男性の自殺でしょう。

 現象の量を分析するに際して,社会学でよく用いられるキー変数は,まず「時代」です。これについては,説明は要りますまい。これと並んで,よく使われるもう一つの変数は「年齢」です。年齢というは,個々の人間にすれば,生後何年経ったかという発達段階を示すものですが,それには社会的な意味合いも付与されています。年齢によって,期待される社会的役割は異なります。

 上記の社会地図図式は,この2変数のマトリクス上で,分析しようとする現象の量を上から俯瞰(ふかん)することを可能にしてくれます。社会学,とりわけ時代の診断学としての社会病理学の重要な研究ツールであると,私は理解しています。ちなみに,この図式を考案されたのは,私の恩師の松本良夫先生です。

 今後も,この図式を大いに活用して,様々な社会現象を観測する作業を続けていくつもりです。次回は,離婚という現象の量を,同じ形式で測ってみようと思います。

1 件のコメント:

  1. APC分析(Age-Period-Cohortの3変数)した一般向き新書も出ているのにあえて世代変数を減らす意義は?

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