世の中には男性と女性がいますが,この2つの性は,まず身体の違いということで区別されます。しかるに両性を分かつものとして,「男は泣かない,女は控え目に」というような,社会的な通念もあります。いうなれば社会的につくられる性であり,これを専門用語でジェンダー(gender)といいます。
わが国はジェンダー規範が比較的強い社会だと思いますが,これに囚われるのはよくないということで,近年では,この垣根を軒並み取っ払う方向に社会が動いています。このことは,男女共同参画社会が具現するための最も基本的な条件であるといえましょう。
ジェンダーに囚われない人間の育成は,学校教育でも志向されているところであり,最近の学校では,「ジェンダー・フリー教育」に重きが置かれています。家庭や地域社会等にも,各種の啓発が進んでいると聞きます。
こういう状況のなか,成長に伴いジェンダー観念は弱まりこそすれ,強まることはあまりないと思うのですが,現実はどうなのでしょう。私は,就職や結婚といったイベントを間近に控えた青年期において,どういう意識変化がみられるかを観察してみました。
内閣府は定期的に『世界青年意識調査』を実施しています。対象は,5か国(日,韓,米,英,仏)の18~24歳の青年男女です。最新の第8回調査(2007~2008年実施)では,ジェンダーに関わる以下の項目に対する賛否を尋ねています。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html
問51 「男は外で働き,女は家庭を守るべきだ」
問52 「子どもが小さいときは,子どもの世話をするのは,母親でなければならない」
回答の選択肢は,賛成,反対,分からない,の3つです。それぞれに対して「賛成」と答えた者の比率(賛成率)を,18~19歳と23~24歳とで比較してみましょう。同一の集団を追跡したものではないので,加齢変化とはいえませんが,まあ,その近似的なすがたを取り出すことはできるでしょう。
下表は,5か国の性別ごとに,賛成率の数値を整理したものです。
日本でみると,いずれの項目への賛成率も,年長者のほうが高くなっています。男女問わずです。青年期にかけてジェンダー規範が強まることがうかがわれるのですが,数値の伸び幅でみる限り,その程度は女性で大きいようです。
他の社会でもおおむね似たような傾向ですが,イギリスの男性だけは例外で,この期間にかけて,2つの項目への賛成率が大幅に減じています。「男は外,女は家」という伝統的性役割観への賛成率は,25.6%から13.8%へと,10ポイント以上も低下します。
しかし,数値を並べただけの表では,傾向が読み取りにくいですねえ。どの国のどの性で伸び幅が大きいのか,どちらの項目への賛成度の伸びが大きいのか。こういうことを分かりやすくするには,グラフ化が一番です。
みなさんでしたら,上記の表のデータをどういうグラフにしますか。10個(5か国×2項目)の棒グラフでもつくりますか。でも,それはちと煩雑です。私なら,2次元のマトリクスをフル活用した,以下のようなグラフを描きます。
横軸に「小さい子の世話は母親がすべし」,縦軸に「男は外,女は家」への賛成率をとった座標上に,5か国の性別・年齢層別のデータを位置づけ,線でつなぐのです。矢印のしっぽは18~19歳,先端は23~24歳の位置を表します。
これによると,各国の両性について,青年期の間における変化を視覚的にみてとることが可能です。実線は男性,点線は女性のものであることを申し添えます。
お分かりかと思いますが,図の右上にいくほどジェンダー規範が強くなることを意味します。ほう。多くの矢印が右上の方向を向いていますね。ここでの統計でみる限り,青年期にかけてジェンダー観念が強まる傾向は,ある程度普遍的なもののようです。
お隣の韓国は,両性の矢印とも,ほぼ45度の傾斜になっています。2つの項目への賛成率とも,バランスよく?伸びている,ということです。青年期におけるジェンダー観念の強まりが,きれいに具現されています。
アメリカはといえば,男性と女性の差が顕著ですね。2つの時点の変動幅は矢印の長さで測られますが,この国では女性の矢印が長いのです。タテ方向の伸びであることからして,伝統的性役割観への賛成度の高まりが大きいことになります。
フランスは,「小さい子の世話は母親がすべし」への賛成率が下がるので,矢印の向きがちょっと違っていますが,「男は外,女は家」への賛成度が高まる傾向は,他の社会と一緒です。
さて,図を全体的にみて例外的な傾向を呈しているのが,イギリスの男性です。この島国では,青年期にかけて,男性のジェンダー観念が大きく下がります。これが加齢によるものか,あるいは世代の差によるのか分かりませんが,注目されてよいでしょう。高等教育機関にて,ジェントルマン教育でもされているのかしらん。この国では,矢印の向きが男女で真逆なのも興味深し。
ジェンダー・フリーの風潮が高まっているのは,今回観察した5つの社会とも同じでしょう。こういう社会では,ジェンダー観念に囚われない人間が育っているのかと思いきや,18~24歳の青年期に焦点を当てた限りでは,それとは反対の様相がみられました。青年期におけるジェンダー的社会化とでもいえましょうか。
この5か国では,該当年齢の多くが大学に通っていると思いますが,大学でジェンダー論の授業とか受けないのかなあ。上のグラフを,私が知るジェンダー専攻の教授にお見せしたら,どういう反応が返ってくるか・・・。
23~24歳といえば,ちょうど就職する時期ですが,企業社会に未だに蔓延るジェンダー的慣行に遭遇し,現実を思い知らされる,ということでしょうか。そういえば,なかなか就職が決まらない学生(女子)で,「もう専業主婦になりたいです」とかこぼしていた子がいたなあ。こう考えると,上図において,男性よりも女性で矢印が長いのも説明つくかも。
今回使った『第8回・世界青年意識調査』では,この他にも,多様な事項への賛否を尋ねています。18~24歳の青年期社会化の様相を,より多面的に明らかにするのも面白い課題でしょう。必要なデータは,上記URLにて収集できます。興味ある方は挑戦されたし。