2013年2月22日金曜日

シューカツ洗脳?

 前期の授業の受講生(3年生)で,「今,シューカツがんばってます」というメールをくれた人がいます。そういえば,シーズンですね。都心では,黒いリクスーに身を包んだ青年男女が足繁く行き交っていることでしょう。
 
 こうした「シューカツ」に,一定の教育効果を見出す見方もあります。大手の関連サイトをみると,「就職活動は自分を見つめ直し,社会人としての常識を身につけるよい機会です」などと書かれています。

 確かにそういう面もあるでしょう。私が前に担当したゼミの学生さんで,3年生の終わりから卒業までの間に見違えるほど礼儀正しくなり,送ってくるメールの文面もガラリと変わった子がいました。「変わったね」というと,「シューカツで鍛えられましたから」という答え。ふうむ。

 しかるに,ちょっとばかし大人しくなっちゃったな,という印象も持ちました。3年時のゼミでは,質問も含めていろいろと喰ってかかってくる子だったのですが,4年の後期になると,そういう(我の強い)姿はどこへやら・・・。「目上の人のいうことは粛々と聞き入れるべし」とでも叩きこまれたのか。これもシューカツ効果ってやつでしょうか。

 この点に関連して,今野晴貴さんの『ブラック企業』文春新書(2012年)では,面白いことがいわれています。以下の文章は,本書の191頁からの引用です。

 「現在の就職活動の恐ろしいところは,就職活動を通じて若者がある種の『洗脳』を受けさせられることだ。就職活動を通じて『どんなに違法なことでも耐えるのが当たり前』という心情を植えつけられる」。
 
 洗脳という言葉が穏やかでないですが,こうした過程があることをうかがわせるデータも提示されています。今野さんが,大学3年生と4年生に「絶対に就職先としない企業」の条件を尋ねたところ,「ワークバランスが良くなさそう」,「離職率が高い」,「定期昇給が無い」,「ボーナスが無い」,「環境に配慮していない」という項目の選択率は,3年生よりも4年生で軒並み低いとのことです(192頁)。

 まあ,高すぎる要求水準を現実的なレベルに修正した,という見方もできますが,「何もいわずに社畜のごとく働くべし」という観念を植えつけられる,洗脳の過程ととれないこともありません。しかし,「環境への配慮」というような社会的な視野までもが奪われるのは,何とも悲しいことです。いや問題です。

 このような「シューカツ洗脳」とでもいい得る過程は,公的な大規模データでも見受けられるのか。そうだとしたら,それはわが国に固有のものなのか。こういう関心を持って,前回用いた内閣府『第8回世界青年意識調査』の結果表を眺めたところ,使える統計が載っていることに気づきました。
http://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/worldyouth8/html/mokuji.html

 本調査のQ20では,5か国(日,韓,米,英,仏)の18~24歳男女に対し,「仕事を選ぶ際に,どのようなことを重視するか」と問うています。複数回答方式です。私は,「収入」と「労働時間」を選んだ者の比率が,年齢を上がるにつれてどう変化するかを国ごとに観察してみました。いつの時代でもどの社会でも重視される,最も基本的な選職条件であると思われます。

 下表は,性別・年齢層別の選択率を整理したものです。S1は18~19歳,S2は20~22歳,S3は23~24歳を意味します。SはStage(段階)の頭文字です。


 日本でみると,男女とも,年齢を上がるにつれて選択率が低下していきます。男性の場合,労働時間の選択率がS1の51.0%からS3の39.3%まで,10ポイント以上も落ちています。つまり,長時間労働も厭わない者が増える,ということです。

 日本では,4ケース(男女×2項目)とも,S1からS3にかけて率が減じる「減少型」ですが,表を全体的にみると,その逆の「増加型」のほうが数的には多いように思えます。口でクダクダ言うのは止めにして,傾向が視覚的にみてとれるよう,上表のデータをグラフ化しましょう。

 方式は,前回と同様です。横軸に労働時間,縦軸に収入の選択率をとった座標上に,3時点の選択率を位置づけて線でつないでみました。2本の矢印をたどることで,S1→S2→S3の位置変化をみてとることができます。太線の矢印は男性,細線の矢印は女性のものです。


 ほほう。純粋な減少型は,日本だけです。アメリカの男性は,それとは対照的な純増加型です。この国の男性の場合,年齢を上がるほど,選職にあたって収入も労働時間も重視する者が増えるのです。日本の男性とのコントラストがはっきりしていますね。

 英仏の女性も,このような純増型です。日本の女性とは真逆の傾向になっています。他の矢印はジグザグしていますが。きれいな左下がりの矢印になっているのは,日本の男女だけです。基本的な労働条件について一切文句を言わないように仕向けられる「シューカツ洗脳」の産物でしょうか。

 なお,日本の女性でみると,S2からS3にかけての位置変動が大きくなっています。S3は23~24歳であり,新卒時に就職が決まらなかった「既卒者」も結構含まれるでしょう。大いに焦り,昇給も定時もないブラック企業でも構わないという者が増える,ということではないでしょうか。

 ところで本調査の対象は,学生や就職未決定者だけでなく,就業者も含めた青年男女です。他国の純増型ないしは増加型は,既に働いている者が「やはり収入や労働時間で選べばよかった」と後悔していることによるのかもしれません。

 しかるに,わが国ではご覧のように純減型。入職した後においても,収入や労働時間について不満をいうべきでないと,研修などで叩き込まれるのでしょうか。

 日本の青年が,就業に際して薄給や長時間労働も厭わないように仕向けられる過程が,上図には描かれています。今野さんが危惧しているような洗脳の過程,私の造語でいうと「シューカツ洗脳」なるものの存在を匂わせます。

 先に紹介した私のゼミの学生さんも,こういう経路をたどったのか,いやたどっているのか。今,どうされているかな。連絡をして聞いてみましょう。「仕事を選ぶ際に,どのようなことを重視するか」と。