2012年3月23日金曜日

ザ・30代

兵庫県で,保育園男児と女子中学生を誘拐した容疑者が逮捕されたそうです。容疑者は,32歳の派遣社員の男性とのこと。「また30代か・・・」。最近は,事件の報道があると,事件の内容よりも,犯人の属性に関心がいってしまいます。
http://www.asahi.com/national/update/0323/OSK201203230036.html

 「自分と同じ30代ではありませんように」と願うも,それが裏切られることがしばしばです。30代による事件が多いな,という印象です。

 まあ,ロスジェネといわれる彼らの現況がよろしくないということは,広く認識されています。2010年10月に刊行された,NHKクローズアップ現代取材班による『助けてと言えない-いま30代に何が-』(文藝春秋)という本が反響を呼んでいるご時世です。
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163731704

 30代の逸脱行動が増えていることは,統計資料からも確認されます。昨年の元旦の記事では,1990年代半ば以降,30代の自殺者の伸びが著しいことを明らかにしました。97年から98年にかけて,どの年齢層の自殺者もグンと増えたのですが,今世紀になっても,明らかな増加傾向が続いているのは30代だけです。

 ところで,1990年代以降というのではなく,もっと長期的なスパンにおいて,30代の逸脱行動の量がどう変化してきたかを観察するとどうでしょうか。私は年輩の方とお話しするのが好きですが,「われわれの頃のほうが大変だった」という話をよく聞きます。また,観察する統計指標にしても,自殺率だけではなく,殺人率や強盗率のような外向的な犯罪指標の動向も気になるところです。

 このような関心に答えてくれるデータは,私が調べた限り,あまり明らかにされていないようです。年齢層別の長期統計となると,当局の原統計を参照することが求められるためでしょう。

 私は,総務省統計局の統計図書館に出向き,厚労省『人口動態統計』と警察庁『犯罪統計書』のバックナンバーを書庫から出してもらいました。それらの資料から,1955年(昭和30年)以降の30代の自殺者数,および各罪種の検挙人員数を採取しました。これを各年の30代人口で除して,30代の自殺率と罪種別の犯罪率の長期推移を明らかにした,という次第です。

 ベースの人口は,総務省『人口推計年報』のものを使いました。こちらは,政府統計の総合窓口(e-Stat)に当たれば一発です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000000090004&cycode=0

 2010年の数字を引くと,30代の自殺者は4,265人,殺人検挙人員は192人です。同年の30代人口は約1,788万人ですから,この年の自殺率(10万人あたり)は23.9,殺人率(同)は1.1と算出されます。

 はて,30代のこのような逸脱指標は,戦後の日本社会において,どう推移してきたのでしょう。私は,自殺率と7つの罪種の犯罪者出現率の長期推移を明らかにしました。なお,人口全体の率との比較もします。30代の動向の特徴を押さえるためです。人口全体の自殺率は10歳以上人口,各罪種の犯罪者出現率は14歳以上人口(有責人口)をベースにして計算したことを申し添えます。

 まずは,自殺率と凶悪3罪種(殺人,強盗,強姦)の検挙人員の出現率の推移をみてみましょう。


 青色は30代,赤色は人口全体の率の曲線です。まず,左上の自殺率に注目しましょう。30代の自殺率はジグザグしながら上昇し,2010年の23.9に至っているのですが,この値は長期的なスパンでみても高いと判断されます。また,30代の自殺率が人口全体の水準に迫っていることも,近年の特徴です。過去との対比でみても,30代の内向化ということはいえるかと思います。

 しかし,3つの凶悪罪種の犯罪率は違った様相を呈しています。自殺と対極にある,外向犯罪の典型である殺人率は,昔に比べて大きく減少しています。1955年では5.4でしたが,2010年では1.1です。この期間中,5分の1までに減ったことになります。

 強盗率と強姦率は1990年代半ば以降上昇しますが,それでも,戦後初期の頃の水準には及びません。ただ,この2つの罪種の率は,以前は人口全体のほうが圧倒的に高かったのですが,最近は,30代がそれを凌駕しています。30代の率の相対水準が増していることには留意がいります。

 次に,暴行,障害,窃盗,そして詐欺の検挙人員の出現率をたどってみましょう。


 4つの罪種とも,大局的には減少の傾向です。人口全体の犯罪率と比した相対水準も,大きな変化はありません。詐欺については,「オレオレ詐欺」や「振り込め詐欺」が問題化している現在,30代の検挙人員出現率がさぞ増えているだろうと睨んでいましたが,そうではないようです。青年の詐欺率は,昔のほうがはるかに高かったのですね。

 8つの統計図を眺めてみてどうでしょう。30代の自殺増(内向化)は読み取れますが,外向的な犯罪率は昔に比べて低下しています。「30代の危機」がこれだけ声高にいわれる今日,彼らの犯罪率もさぞ上昇していのだろうと踏んでいましたが,見事に仮説が覆されました。

 むろん,30代の危機状況を犯罪率で100%計測できるという単純な考えを持っているのではありませんが,意外な結果に少し戸惑っています。

 古市憲寿さんの『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社,2011年)が話題になっていますが,この本のミソは,「若者は大変だ,虐げられている」という世間の認識に対し,「いや,そうではない。若者は実は幸福なのだ」というアンチテーゼを示したことでしょう。
http://www.bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2170655

 まあ,考えてみれば,今の若者は「大変」とはいっても,適当に食えているし,まかり違っても餓死するなどということはありますまい。しかし,昔は違いました,たとえば,上記のグラフの始点である1955年(昭和30年)の時点ではどうでしょう。

 この頃の30代は,大正末期生まれの世代で,戦争も体験しています。ちょうど成人になる頃,第2次世界大戦が終わりました(1945年)。この世代の場合,大人(社会人)としての生活を,焼け野原の中からスタートしたわけです。今の30代(ロスジェネ)が,学校卒業時に就職氷河期に遭遇したという程度のこととは,困難のケタが違います。

 戦争で負傷し,身体の自由を奪われた者もいたことでしょう。配偶者と生き別れになった者もいたでしょう。家や家族を焼かれ,生活基盤を根こそぎ剥奪された青年もいたことでしょう。このような条件下で生きることは,まさに「闘い」です。1955年といえばまだ復興が十分でなかった頃ですが,この時期の30代の犯罪率が異様に高かったというのも,さもありなんという感じです。

 私は,今の30代(ロスジェネ)は昔に比べれば安泰だ,何も手立てを打つ必要がない,と主張するのではありません。「昔の人はもっと・・・」,「発展途上国の人はもっと・・・」などと,「下」を向いてばかりいると,全ての人間の生活水準が競い合うようにして奈落の底に落ちていきます。あくまで,所与の社会の状況を勘案した,相対的貧困の視点で議論するというのが,貧困問題研究の基本的スタンスです。

 話が逸れてきましたが,昔の30代にはあって,今の30代にはないものがあります。それは「希望」です。いみじくも,先の古市さんの著作は,今の日本社会を「絶望の国」と言い表しています。

 こういう,昔とは性質を異にする,今の青年の危機状況を客観的に測る指標の開発は,時代の診断学としての社会病理学に課せられた重要課題であると存じます。

 デュルケムは,自殺率という統計指標を使って,19世紀の西欧社会の病理をえぐり出して見せました。はて,21世紀の東洋の日本という社会に潜んでいる病理を可視化するには,どういう道具立てが要るのか。自殺率や犯罪率というような,ベーシックな指標も大事ですが,それだけでは役不足の面があることを,今回の分析結果は教えているように思います。

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