2012年3月26日月曜日

加齢に伴う健康格差の変化①

昨日,近場のデパートの文具コーナーに行ったら,入学記念セールをやっていました。真新しいランドセルに子どもの腕を通している親御さんの姿もあり,微笑ましい限りでした。

 この4月から小学校に上がるお子さんでしょう。一昨年の10月時点の4歳人口(『国勢調査』)から推測すると,この春,小学校に入学するのは106万人ほどと思われます。この子らは,在学期間中にかけて,著しい心身の変化を遂げることになります。

 ところで,その変化の有様は,当人をとりまく社会的な環境によって規定される面があります。たとえば,子どもの肥満が問題になっていますが,当局の統計によると,肥満傾向児の出現率は,おおよそ年齢を上がるほど高くなります。

 ですが,この指標が加齢に伴いどう変異するかは,地域によって多様です。今回は,地域別・年齢別の肥満児出現率の観察を通して,子どもの発達の社会的規定性を可視化してみようと思います。

 東京都が毎年刊行している『東京都の学校保健統計書』から,公立学校の各学年の肥満傾向児出現率を,都内の地域別に計算することができます。肥満傾向児出現率とは,健康診断受診者(≒全児童数)のうち,学校医によって「肥満傾向」と判断された者が何%いるかです。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/gakumu/kenkou/karada/shcp.html

 この資料のバックナンバーをつなぎ合わせることで,特定の世代について,加齢に伴う肥満児出現率の変化を,地域別に明らかにすることができます。

 私は,2005年4月に小学校に入学した世代を事例として,小学校在学中に肥満児出現率がどう変化したかを明らかにしました。この世代(1999年4月~2000年3月生まれ)は,2005年は小1,2006年は小2,・・・2010年には小6となります。下表は,加齢に伴う変化の様相を,都内の23区別に示したものです。公立学校の統計です。


 まず23区全体の傾向をみると,小1の2.1%から始まり,小4に3.1%とピークを迎え,その後は率が下がります。

 では,23区別にみるとどうでしょう。全体の傾向と同様,小4をピークとした「山型」が多いようですが,北区や練馬区のように,加齢と共に一貫して肥満児率が上昇する地域もあります。両区とも,小1から小6までの間にかけて,数値が倍以上になっています。

 一方,世田谷区のように,数値が一貫して低い地域もあります。対照的といえる,北区と世田谷区の傾向をグラフ化してみましょう。


 小1時点では1.8ポイントしか差がなかったのが,小6時にはその差が4.7ポイントにまで開いています。まさに,「健康格差の拡大」と言い表すことができましょう。

 はて,この両区では何が違うのでしょうか。近年,健康問題の社会学という領域が開拓されていますが,そこで指摘されているのは,肥満と貧困との関連です。なるほど。貧困家庭ほど,安価なジャンクフードが食卓にのぼる頻度は高いと思われます。

 北区と世田谷区の子どもの貧困度を,教育扶助世帯率で測ってみましょう。教育扶助世帯率とは,2010年の教育扶助受給世帯(月平均)が,6~14歳の子がいる世帯のうちどれほどを占めるかです。分子は『東京都福祉・衛生統計年報』,分母は『国勢調査』(2010年)から得ました。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_tokei/nenpou/index.html

 この指標の値は,北区は26.2‰,世田谷区は8.5‰です。前者は後者の約3倍です。子どもの貧困度は,明らかに北区のほうが高いと判断されます。

 上図の傾向は,こうした社会条件の違いに規定されている面が強いと思われます。しかし,2つの区のデータだけから事を判断するのは乱暴です。23区のデータを使って,肥満傾向児出現率と教育扶助世帯率の相関関係を出してみましょう。下表は,各学年段階の肥満児率と,2010年の教育扶助世帯率の相関係数を整理したものです。


 各区の教育扶助世帯率は,どの段階の肥満児率とも正の相関関係にあります。統計的に有意と判定されるのは,高学年の肥満率との相関です。このことは,加齢に伴い,子どもの発育の歪みと貧困との関連が強くなることを示唆しています。

 栄養の摂取により,加齢に伴い,身体に肉がつくのは生理現象です。しかし,それが正常の域を超えた,肥満という病理状態になる確率は,子どもが置かれた社会環境に少なからず規定されるようです。

 小学校高学年といえば,ちょうど思春期に差し掛かる頃であり,身体の成長(性徴)がめざましい時期です。しかし,その勢いが方向を誤ると厄介なことになります。それだけに,この時期における健康教育が重要となるでしょう。体育の授業における保健領域の学習に加えて,家庭に対する健康指導といったことも,重要な要素です。

 次回は,別の統計指標を使って,加齢に伴う健康格差の変化の様相を観察しようと思います。