2012年3月26日月曜日

加齢に伴う健康格差の変化②

前回は,子どもが成長するにつれて,肥満児がどれほど増えるかが地域によって異なることを明らかにしました。今回は,子どもの発達の社会的規定性を,別の統計指標を使って照射してみようと思います。

 今回観察するのは,近視児の出現率です。最近,眼鏡をかけている子どもが多いように感じるのは私だけではありますまい。昨年の1月25日の記事でみたように,統計でみても,目が悪い子どもは増えてきています。ゲームや勉強のし過ぎというような,生活の歪みが影響しているものと思われます。

 しかるに,早い頃から目が悪い子というのは,そう多くはないでしょう。加齢に伴い,視力を落としていく子どもが大半であると推測されます。はて,目が悪い子どもは,何歳あたりから増えてくるのでしょうか。また,その様相に,地域差はみられるのでしょうか。

 東京都の『東京都の学校保健統計書』から,都内の公立学校の地域別・学年別に,近視児の出現率を計算することができます。ここでいう近視児とは,裸眼視力が0.3に満たない子どものことです。近視児出現率とは,この意味での近視児が,健康診断受診者全体(≒全児童数)の何%に当たるか,という指標です。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/gakumu/kenkou/karada/shcp.html

 この資料のバックナンバーをつなぎ合わせることで,特定の世代について,加齢に伴う近視児率の変化を明らかにすることが可能です。私は,2005年に小学校に入学した世代を事例とすることとしました。生年でいうと,1999年4月から2000年3月生まれの世代です。この世代は,2005年は小1,2006年は小2,・・・2010年は小6となります。

 よって,2005年の小1,2006年の小2,・・・2010年の小6の近視児率を接合させればよいわけです。前回と同様,都内の23区別に,変化の様相がどうであるかを調べました。なお,世代をもっと前にずらせば,中学校段階までの変化を観察できますが,私立中学校に進む者が多い区もありますので,この点は見送ることとします。地元の公立小学校に在学している間の変化をみることにしましょう。


 まず23区全体の傾向をみましょう。予想通り,年齢を上がるほど,近視児率は高くなります。小1では1.2%だったのが,小4になると10%を超え,小6には18.7%と,2割弱の水準に達します。

 加齢に伴い,目が悪い子どもが直線的に増えるのは全区の共通の傾向ですが,その程度(右上がりの勾配)は,地域によって異なるようです。

 たとえば,文京区と足立区を比べるとどうでしょう。両区の近視児率は小3まではほとんど同じですが,それ以降,差が開きます。小3から小4にかけて,足立区では3.2ポイントしか伸びませんが,文京区では6.5ポイントも伸びます。小4から小5にかけては8.2ポイントも増加し,小5の時点で近視児率が20%を超えます(足立区は12.0%)。

 口でくだくだ述べるよりも,両区の傾向をグラフ化したほうが早いですね。


 文京区では,近視の子どもが増えるスピードが格段に速いことがしられます。この2区の差は,何故に生じるのでしょう。まあ,理由はだいたい想像できます。所得水準が高い文京区では,小学校高学年になると,塾通いをする子がうんと多くなるためでしょう。文京区は,中学受験の最先進地域です(2月1日の記事を参照)。所得水準が低い足立区では,そのような生活変化は,比較的少ないと思われます。

 上表を注視すると,23区の変化のパターンは,おおよそ,文京区型(山の手型)と足立区型(下町型)に大別されます。前者は,住民の所得水準や学歴構成が比較的高い地域です。

 事実,学年を上がるほど,各地域の所得水準と近視児出現率の関連が強くなります。下表は,2009年度の住民一人当たり課税額と,各学年段階の近視児率の相関をとったものです。前者の出所は,『平成21年度版・東京都税務統計年報』です。
http://www.tax.metro.tokyo.jp/tokei/tokeih21_hutan.htm


 いかがでしょう。高学年になると,税金を多く課されている富裕地域ほど近視児率が高い傾向が,統計的にも支持されます。上図にみられるような,小4以降の文京区と足立区の分化傾向は,両地域の社会経済条件の差を反映したものとみてよいでしょう。

 前回みた肥満は貧困地域に多い発育の歪みですが,今回みた近視は,富裕地域のそれと性格づけることができます。予想ですが,喘息などは,どちらかといえば後者に括られるのではないでしょうか。興味ある方は,上記のサイトから東京都の原統計にアクセスして,検討してみてください。学生さんには,こういう課題を出してみようかな。

 前回と今回の分析から,子どもの発達の社会的規定性の一端を浮き彫りにすることができたかと思います。社会階層による住民の棲み分けが比較的明確である東京は,このような現象をあぶり出すための格好のフィールド?です。今後も,この地でのフィールド・ワーク?を継続したいと存じます。