前回は,子どもがいる女性(母親)の就業率の国際比較をしましたが,今回はスケールを縮小して,東京都内の地域比較を手掛けてみましょう。ここでは,就学前の幼子がいる母親に焦点を当てようと思います。
都内の杉並区において,保育所が足りないと訴える母親らの抗議運動が起きているようです。2010年の『国勢調査』によると,当区の核家族世帯のうち,6歳未満の幼子がいる世帯は11,970世帯です。このうち,母親が就業している世帯は4,678世帯となっています。
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2010/index.htm
したがって,幼子がいる核家族世帯の母親就業率は39.1%と算出されます。およそ4割です。ここで出したのは,夫婦のいる核家族世帯の数値であり,母子世帯は含んでいません。また,パートやアルバイト等の非正規就業も含む値であることに留意ください。
私は同じやり方にて,都内の49市区(郡部除く)について,幼子がいる核家族世帯の母親就業率を計算してみました。下図は,結果を地図で表現したものです。
同じ都内であっても,幼子がいる母親の就業率は,地域によって違うものですね。最高は千代田区の44.7%,最低は東村山市の29.7%となっています。
女性の就業志向は学歴のような要因に規定される面もありますが,仮にそうであるなら,高学歴層が多い都心部が濃い色に染まるはずです。しかし,上図はそうなっていません。幼子がいる母親の就業率の地域差は,階層的な要因で説明できるものではなさそうです。
現在,各地で保育所の増設を求める運動が起きていることを思うと,上図の地域差は,おそらく保育所供給量の多寡とリンクしているのではないでしょうか。この点を吟味してみようと思います。
東京都『福祉衛生統計年報』(2009年度版)には,2010年4月1日時点の認可保育所の定員数が地域別に掲載されています。それによると,杉並区の保育所定員は5,184人です。これを求めている需要者数として,幼子がいる核家族世帯の数を充ててみましょう。先にみたように,当区の場合,その数11,970世帯なり。
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kiban/chosa_tokei/nenpou/index.html
ゆえに,杉並区の保育所供給率は,5,184/11,970=43.3%となります。幼子がいる核家族世帯に対し,どれほどの保育所定員(イス)が供されているか,という指標です。
私は,この意味での保育供給率を49の市区ごとに計算し,上図の就業率と関連づけてみました。相関図を掲げます。
撹乱はありますが,保育所の供給量が多い地域ほど,幼子がいる核家族世帯の母親の就業率が高い傾向がみられます。両指標の相関係数は+0.618であり,1%水準で有意です。
基底的な性格を同じくする,東京都内の地域統計から明らかになった結果です。自地域に保育所がどれほどあるかは,幼子がいる母親の就業の可否を規定する要因として作用しているとみてよいでしょう。当たり前といえばそうですが・・・。
なお,保育所供給量と母親就業率の関連は,子の年齢によって異なっています。末子の年齢ごとに,核家族世帯の母親の就業率を地域別に出し,上の保育所供給率との相関係数を計算したところ,下表のようになりました。
0~5歳というように,末子の年齢を広く括った就業率との相関係数は+0.618でしたが,係数値は年齢によって違っています。乳児(0歳)のいる母親の就業率との相関がないのは,育児休業のような,保育所とは別の条件があるためでしょう。
しかるに,末子の年が上がるにつれて,母親の就業可能性が保育所の量に規定される度合いが高まってきます。地方公務員の場合,育児休業が認められるのは子が3歳になるまでですが,3歳になると,保育所供給率と母親の就業率の相関係数は0.684になります。そして,小学校に上がる直前の5歳になると,+0.801という相関になる次第です。
子の年齢が3歳を超えると,育児休業をとることも難しくなり,頼みの綱がもっぱら保育所だけになるが故でしょう。なるほど。各地のママさんたちが保育所増設を強く訴えたくなるのも分かろうというものです。
しかし,幼子を持つ母親の就業率と保育所量の相関係数が0.6~0.8にもなる社会って,他にあるのかなあ。前回もちらっと書いたように,子を「預ける」だけでなく,夫婦が子を「共に育てる」という面がもっと充実しているならば,上表の相関係数はもっと低くなるように思えますが。
今回のデータは,いろいろな側面から読んでいただきたいと思います。なお,学齢(おおむね6~9歳)の児童がいる母親の場合,「学童保育」の充実度が重要になってくることでしょう。『国勢調査』から,この年齢の子がいる母親の就業率も地域別に計算できます。今回と同じような実証分析をしてみるのも一興です。