読売新聞では,有名企業の人事担当者に,就活生へのアドバイスを語ってもらう特集を組んでいます。その名も「人事の眼」。「こういう学生がほしい」ということが,選考担当者の目線から語られています。毎回,欠かさず目を通している学生さんも多いことでしょう。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/syuukatsu/eye/
それをみると,来てほしい学生のタイプとして「言われたことをやるだけでなく,自分で考え,積極的に新しいことを提案できる人」,「失敗恐れず,チャレンジ精神が旺盛な人」というようなことがいわれています。
紋切り型といえばそれまでですが,まあいつの時代でも,企業が求める若者のすがたというのは,こういうものでしょう。
では,当の若者は,この手の資質をどれほど身につけているのでしょうか。この点を知るには,概念を明確に定義した上で,それを測る客観テストをしなければいけませんが,あいにくそのような統計は存在しません。
しかるに,彼らの自己評定がどういうものかを教えてくれる調査資料があります。このところ毎回使っている,第5回の『世界価値観調査』(WVS)です。調査年次は2005~08年であり,国によって違います。
本調査では,複数の人物像を提示し,それぞれに自分がどれほど当てはまるかを尋ねています(日本語調査票では問32)。6段階で自己評定してもらう形式です。私は,15~29歳の若者が,以下の2つの人間像に自分をどう重ねているかを明らかにしました。
①:新しいアイディアを思いつき,創造的であること,自分のやり方で行うことが大切な人
②:冒険し,リスクを冒すこと,刺激のある生活が大切な人
前者はクリエイティヴ人間,後者は冒険志向人間です。それぞれに対し,自分はどれほど当てはまるか。日本(2005年)とアメリカ(2006年)の若者の回答分布を比較してみましょう。D.KとN.Aを除いた有効回答の分布をみてみます。< >内はサンプル数です。
なお,この統計を作成するにあたっては,WVSサイトのオンライン集計ツールを使用したことを申し添えます。
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
程度はどうであれ,自分をクリエイティヴ人間と考えている者は,日本では77.0%,アメリカでは90.9%です。自分を冒険志向人間と評価している者の比率は,順に38.1%,71.9%となっています。
あくまで自己評定ですが,日本はアメリカに比して,若者の創造性や冒険志向が低いようですね。巷でよくいわれることとも合致しているように思えます。
これは日米比較ですが,比較対象を増やし,より広い国際統計の中でみた場合,わが国はどこあたりに位置づくでしょう。私は,世界51か国の若者の有効回答分布を明らかにし,両項目への「当てはまり度」を測る一元尺度を計算しました。
何のことはありません。「非常によく当てはまる」には6点,「よく当てはまるには」5点,「まあ当てはまる」には4点,「少し当てはまる」には3点,「当てはまらない」には2点,「全く当てはまらない」には1点を与えた場合,平均(average)が何点になるかを求めただけです。日本の若者の場合,クリエイティヴ人間への「当てはまり度」は,以下のようにして算出されます。
[(6点×6.3)+(5点×16.1)+(4点×22.4)+・・・(1点×3.4)]/100.0 ≒ 3.5点
アメリカの同じ値は4.3点です。冒険志向の当てはまり度は,日本が2.4点,アメリカは3.5点なり。こちらは1.0ポイント以上違っています。差が大きいですね。
これによると,分布全体を勘案した創造性,冒険志向性の程度(自己評定)を測ることができます。上表のような程度回答の場合,分布の一部だけを切り取るよりも,こちらのほうがベターかと存じます。
私は,51か国の若者について,同じ尺度を軒並み計算しました。下の図は,横軸にクリエイティヴ人間,縦軸に冒険志向人間への当てはまり度をとった座標上に,51の社会の若者を位置づけたものです。
ほう。日本は左下の極地に位置していますね。自己評定の結果ですが,若者のクリエイティヴ志向,冒険志向とも,国際的にみて最も低い社会であることが知られます。多くの国が密集している群から離れていることからして,「ダントツ」という副詞をつけても言い過ぎではないでしょう。
先ほどサシで比較したアメリカが,ちょうど真ん中あたりというところです。世界は広し。その上が結構います。右上には,中東のヨルダンのほか,昨今の経済発展が著しいインドやインドネシア,そしてガーナやマリといったアフリカ国も顔をのぞかせています。
こういう展望が開けている社会では,若者のクリエイティヴ志向や冒険志向が強くなるのでしょうか。インドネシアの経済発展などは,若者のこうした志向の集積によって牽引されているのかもしれないな。
お隣の韓国は,わが国と近い位置かと思いきや,そうではありません。この国では,冒険志向と自己評定する若者が比較的多し。日本以上の格差社会といわれる韓国では,すっかり若者が委縮し,守りの姿勢に入っているのではと踏んでいましたが,スパイシーな生活を楽しんでいる若者も結構いそうですね。
対して日本の若者はといえば,すっかり小さくなってしまっています。上図を経団連のお偉いさんがみたら,何とおっしゃることやら。今度は,コミュニケーション能力ならぬ,創造力・冒険力を鍛えてくれと,大学にいってくるでしょうか。
しかるにクリエイティヴ志向はともかく,冒険志向の低さなどは,失敗に寛容でない日本社会の有様にも起因しているでしょう。わが国は,22歳の時点において,一点の曇りもない完璧な形での「学校から職業への移行(TSW)」を若者に強いる社会です。それができなかった者には厳しい仕打ちが下されることは,1月3日の記事に掲載した,22歳の自殺統計をみればよく分かります。
こういう社会では,若者が小さくなってしまうのも無理からぬことです。若者の冒険志向を高めようというなら,新卒一括採用というような,おそらくは日本に固有とみられる奇妙な慣行を是正することのほうが先決ではないかしらん。
今回の統計では,時系列データを用意できないのですが,日本の若者は時とともに上図の左下に動いているのではないか,という危惧も持たれます。第6回(2010年)のWVSデータでは,どういう位置になっていることか。2005年以降,リーマンショックをはじめとして,若者の展望を暗くするような事態がいろいろと起きました。もしかしたら,もっと左下になっていたりして・・・。
なお,クリエイティヴ志向や冒険志向のジェンダー差も気になりますね。昨年の11月8日の記事でみたように,わが国は,女子高校生の理系志向が最も低い社会です。女子の創造性やチャレンジ精神を抑えつけるジェンダー的社会化が,幼少期より暗にも明にも進行している可能性があります。上記サイトのオンライン分析にて,性という変数を入れた多重クロス集計もしてみるつもりです。