東京の杉並区で,子を保育所に入れられない母親らが区長に詰め寄っている模様です。仕事を持つママさんにとって,幼子を預ける先がないということは,「仕事を辞めろ」と暗に宣告されているようなものです。これは大きな問題といえましょう。
わが国では,子を持つ女性が就業できる条件が整っていないといわれます。上記の例は,いわゆる「待機児童」の問題に通じるものですが,職場においても,子どもができた女性職員に対し「仕事を辞めて育児に専念したらどうか」というような,肩たたきがなされることが少なくないと聞きます。
「子をとるか仕事をとるか」。日本はまだ,こういう二者択一を女性に強いる社会であるように思えます。このことが,わが国で進行する少子化の一因をなしていることは否定できますまい。
ある社会において,このような問題がどれほど深刻であるかは,子がいる女性のフルタイム就業率ないしは専業主婦率を観察することで推し量ることができるでしょう。今回はこの指標の国際比較を行い,日本の現況を性格づけてみようと思います。
用いるのは,2005~2008年の間に実施された,第5回『世界価値観調査』(WVS)のデータです。私は,WVSサイトのオンライン集計機能を使って,「性×子の有無(数)×就業状態」の3重クロス表を国ごとに作成しました。
http://www.wvsevsdb.com/wvs/WVSAnalize.jsp
手始めに,日本と北欧のフィンランドの統計図をみていただきましょう。WVSの対象は,各国の18歳以上の男女ですが,分析対象を生産年齢相当の女性に限定するため,就業状態が「学生」あるいは「退職者」という者は除外しています。
下図は,女性の就業状態の分布が,子の有無によってどう異なるかを表現したものです。カッコ内はサンプル数であり,D.KやN.Aを除く有効回答の数であることを申し添えます。両国とも2005年の調査データです。
日本では,女性が子どもを持つとフルタイム就業が大きく減り,代わって専業主婦が大幅に増加します。双方の増減の幅がほぼ等しいというのも何だか象徴的ですね。
比較対象のフィンランドでもそのような傾向はありますが,その程度は日本に比したらかなり小さいようです。ふうむ。
では,より多くの国を射程に入れた布置構造の中で,わが国がどこに位置づくのかを明らかにしましょう。私は,子がいる女性のフルタイム就業率と専業主婦率をもとに2次元のマトリクスを構成し,その上に53の社会を散りばめてみました。*米国はデータ計算不可。
なお,日本を含む7か国については,子を持つことでどういう位置変化が起きるかも分かるようにしました。矢印のしっぽは子どもがいない女性,先端は子どもがいる女性の位置を意味します。
図の左上にあるのは,フルタイム就業率が高く専業主婦率が低い国であり,子がいる女性の就業条件が整備されている社会であるとみられます。フランスとスペインの境ある小国アンドラ,北欧のノルウェーとスウェーデン,そして大国ロシアが位置しています。
中国も,子がいる女性のフルタイム就業率が高いのですね。一人っ子政策のような,出産抑制政策がとられているためでしょうか。それとも,社会主義国ゆえか。
対極の右下に位置するのは,子がいる女性の社会進出が少ない国ですが,多くがイスラーム国家です。これらの国では,子がいない女性でも位置はさして変わりません。イスラーム社会では女性はあまり外に出ないといいますが,こういう文化的な要因を反映しているとみられます。
それでは,子の有無による状態変化が分かるようにした7か国に注目してみましょう。スウェーデンを除いて,右下がりの矢印になっています。子を持つことでフルタイム就業が減り,専業主婦が増える,という変化です。
その程度は矢印の長さで表されていますが,子を持つことによる変化が最も激烈なのは韓国です。フルタイムは57.1%から12.4%まで減じ,代わって専業主婦が8.3%から65.7%へと激増するのです。わが国も,韓国ほどではありませんが,位置変化が大きな社会であると判断されます。
独英も位置変化が大きいようですが,矢印が斜線(均等線)を越えていません。つまり,子を持つ女性であっても,専業主婦よりフルタイム就業が多い,ということです。
一方,東アジアの日韓では,子どもができることで,女性のフルタイム就業率と専業主婦率が逆転してしまいます。「子をとるか仕事をとるか」という二者択一を,女性が暗にも明にも強いられる社会である,といったら言い過ぎでしょうか。
先ほどわが国とサシで比較したフィンランドは,位置変化が小さいですねえ。スウェーデンに至っては,子持ちの女性のほうがフルタイム就業率が高い,という傾向すらみられます。むーん。
詳しくは存じませんが,北欧国では,保育所の整備のほかに,男性の育児参画の条件整備のようなことも精力的になされているのではないかなあ。わが国では,子を「預ける」場所の確保ということに議論が集中しているようですが,夫婦で子を「共に育てる」という側面にも注意を払う必要があるかと思います。
2010年末に策定された第3次男女共同参画基本計画では,2020年の数値目標として,「男性の育児休業取得率13%」を掲げているそうな。2009年の実績値(1.72%)よりも大幅増を目指しています。
http://www.gender.go.jp/main_contents/category/houritu_keikaku.html
このような取組を着実に実施することで,上図に描かれた,わが国の矢印が短くなることを願うものです。