前々回の記事では,就職に失敗した大学生の自殺率を試算したのですが,通常に比してかなり高い値が観察されました。
ところで,就職失敗を苦にした大学生の自殺は昔もあったようであり,新聞記事検索データベースに「就職失敗*自殺」という語を入れてみると,事件を報じる記事がわんさとヒットします。明治期・大正期のものも結構あります。
しかるに,社会問題化するには至っていなかったようであり,識者のコメント記事が出てくるのは,だいぶ時代を下ってからです。1976(昭和51)年1月26日の読売新聞に,「なぜ就職失敗で自殺するのか」という社説が載っています。私が生まれた年ではないですか。この記事を読んでみましょう。
「卒業を目前にしながら,就職を苦にした,大学生の相次ぐ悲劇(自殺)」(カッコ内は引用者)が目立つとされ,その背景要因について述べられています。
いわれているのは,「受動的な生き方しかできない弱々しい若者」だとか「彼らを取り巻く冷酷で強大な管理社会の現実」だとか,いい学校→いい会社という画一コースしか頭にない,というようなことです。
これだけでは「ふーん」ですが,最後のほうに面白いことが書かれています。「これから社会に巣立つヒナドリが,その羽ばたきの前にたたき落とされた孤立と絶望感は,周囲の想像を超えたものかも知れない。その悩みに耳を傾けるはずの人間関係は,どこでも途絶えがちである」とされ,友がいない高校生が20%という調査データが紹介されています。
就職の希望が叶えられなかった学生にしても,不安な心境を聞いてくれる者がいるのといないのとでは,自殺に傾斜する確率は大きく異なると思われます。親元を離れて一人暮らしをしている者が多い大学生にあっては,悩みに耳を傾けてくれる人間として重要な位置を占めるのは友人でしょう。
友がいない大学生が何%というようなデータは知りませんが,今の大学生にあって,友人関係をはじめとした各種の「縁」が薄れていることを示唆する統計があります。それをみていただきましょう。
ご覧いただくのは,大学生の1日です。総務省の『社会生活基本調査』では,10月中旬の調査日における対象者の生活時間を調べています。私は,大学生の平日の過ごし方が,この10年間でどう変わったのかを明らかにしました。
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/index.htm
下表は,2001年と2011年の結果を比較したものです。各行動の平均時間の総和は1,440分(24時間)となります。2001年調査では大学院生も含まれていますが,サンプルの上ではごく少数なので,大学生の結果と読んでよいでしょう。
この10年間で学業時間(授業時間含む)が大幅に増え,交際・付き合いの時間が減っています。学業時間が増えているのは,学生にもっと勉強させようという,当局の締め付けが強まっているためでしょう。2008年の中教審答申では,「学士力」という概念が提示され,大卒者に授与される学士号学位の質をきちんと担保しようという方針が打ち出されています。
また,同じ2008年に起きたリーマンショックにより就職戦線が一段と厳しさを増すなか,学生の間に自己防衛の気風が高まっていることの表れとも読めます。
上表の数値は,対象者全体の平均行動時間ですが,調査日に「交際・付き合い」をしたという者に限定して平均時間を出すとどうでしょう。調査用語でいう「行動者平均時間」です。付随情報として,当該行動をとった者の比率(行動者率)の変化もみてみましょう。
行動者に限定すると平均時間は長くなりますが,平日でみると,この10年間で平均時間が14分減っています。調査日に交際・付き合いをしたという者の比率も減じています。日曜では,行動者の平均時間は伸びていますが,行動者率は減少。このことは,休日における交際・付き合い行動の分極化(差の拡大)を意味しているともとれます。
大局的にみて,大学生の交際・付き合いの頻度は減少しているようです。学業時間の増加も併せて考えると,この10年間の大学生の変化は,「ウチ化,マジメ化,ガリ勉化」とでも形容できそうですね。
大学生の就職失敗自殺の増加は,悩みを聞いてくれる友を持たない,大学生の孤立化傾向と関連しているかもしれません。自殺とは,孤立の病なり。上記の記事から37年経った現在においては,「悩みに耳を傾けるはずの人間関係」を持たない大学生は,ますます増えていることでしょう。
さて上の社説は,「孤独な悩める者に支えの手をかすのは,社会の義務である」とし,「主婦らの無料奉仕が中心で発足した『いのちの電話』には,日夜,こうした訴えが殺到しているというが,国,自治体,大学,あらゆる機関でのカウンセリング活動の拡充は急務である」と指摘しています。
問題の構図は今も変わりませんね。大学生の就職失敗自殺は,就職難と関連していることは論を待ちませんが,そうした社会的大状況と学生個々人の間にある,人間関係という要素に注目している点で,この記事の視点はユニークだと思いました。私が生まれた頃にして,こういうことがいわれているのも興味深い。
昔の新聞や資料から,今問題になっている事象の底に流れているものを汲み取ることができます。私はこういうことを念頭において,暇をみては図書館通いしています。