2013年4月13日土曜日

過度の通塾は児童虐待?

 読売新聞の記事検索データベースの『ヨミダス歴史館』にて「児童虐待」という語を入れたところ,次の記事がヒットしました。「学習塾加熱は児童虐待」(1975年8月17日)と題するものです。今から38年前,私が生まれる前の年の報道です。


 児童虐待というと,子どもを殴る・蹴る,暴言を吐く,無視する,というような行為を想定しがちですが,適度を越えて塾通いさせることもそれに該当するのではないか,という問題が提起されています。そのことによって,児童の心身の健康が損なわれるからです。

 記事では,大阪府公衆衛生研究所の研究成果が紹介され,「過度の塾通いをしている子供の多くが睡眠障害,食欲不振,めまい,夜尿などに悩まされている」といわれています。通塾の頻度に応じた,具体的な症状は以下のごとし。


 週に3~4回では,頻尿や疲労で朝礼で倒れる子がぼちぼち見られ,週5回以上になると,睡眠障害や反抗的な態度を呈する子どもも出てきます。さらに,掛け持ち等で週に延べ8回以上通塾している群では,全ての子どもが例外なく,「喘息,下痢,食欲不振,無気力」といった病を患っているとのことです。

 40年ほど前の調査結果ですが,現在にもそのまま通じているような感があります。近年,子どもの朝食欠食傾向が進んでおり,それはとりわけ都市部で顕著なのですが,面倒だからという理由と他に,過度の通塾による「食欲不振」という原因もあるかもしれません。

 喘息罹患率も大都市で高いのですが,大気汚染のような環境要因と同時に,通塾率が高いことに由来する,生活の「室内化」という要因も関与している可能性があります。

 参考までに,東京と秋田の比較データを提示しておきましょう。①通塾率,②朝食欠食傾向児率,および③喘息罹患率です。①と②は,文科省『全国学力・学習状調査』の数値より計算しました。③は,文科省『学校保健統計調査』に掲載されている,11歳児の罹患率です。


 通塾率は,「塾通いしているか(家庭教師含む)」という設問に対し,「していない」と答えた者の比率を裏返した値です。東京のほうが格段に高くなっていますね。

 朝食欠食傾向児率は,「朝食を食べているか」という問いに対する,「あまりしていない」+「全くしていない」の反応率です。こちらも,秋田より東京で高くなっています。喘息罹患率も同じです。この差が通塾に由来するとは限りませんが,それがゼロであると断言することはできますまい。私は,因果関係的な面もあるかと思います。

 さて,上記の新聞記事に戻ると,通塾に由来する一連の症状は「塾病」であり,こうした病を子どもに負わせる塾過熱の有様に,あえて「児童の虐待」という表現を与えるのをはばからない,としています。そして,教育界や家庭は,「この異常な『教育公害』を根元から断ち切ることを真剣に考えたい」と結んでいます。

 ありきたりの教育評論と大差ないと思われるかもしれませんが,本記事の注目点は,過度の通塾を児童虐待の概念の内に括っていることです。

 児童虐待を英語でいうと,child abuseです。直訳すると,児童乱用ということになります。abuseを分解すると,ab(異常に)+use(使う)ですから。親の見栄や虚栄心を満たすがために,過度の塾通いをさせることは,原義の上からして,確かに児童虐待に相当すると考えられます。

 3月24日の記事でみたように,戦前期では,子どもに過重な勉強や習い事をさせる,工場等で長時間働かせる,というような意味合いにおいて,児童虐待という語が使われていました。

 現在では,このような原義がすっかり忘れ去られているようですが,今一度,それに思いを致す時ではないでしょうか。子どもにもっと勉強させよう,生活保護世帯の子弟の通塾費用を公的に援助しよう,学校週6日制に戻そう・・・。こういう動きがみられるご時世ですので。

 おおよそ,子どもに高い学力をつけさせようという狙いなのでしょうが,意図せざる結果が生じかねないことは,上表の統計からもうかがわれます。秋田の子どもの学力が高いのは,工夫された授業というような要因と同時に,彼らの基本的な生活リズムが安定している,というようなことにもよると思います。この点については,2011年の6月12日の記事をご覧いただければと存じます。