2月28日の記事では,子どもの虐待被害率を都道府県別に計算してみました。厚労省の『福祉行政報告例』では,児童相談所が対応した虐待事件件数が,被害者の子どもの年齢別に集計されています。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/38-1.html
2009年度の資料によると,同年度中に,0~2歳の乳幼児が被害者となった虐待件数は8,078件です。この年の0~2歳人口はおよそ326万人ですから(総務省『人口推計年報』),乳幼児1万人あたりの件数にすると,24.8件ということになります。この値をもって,虐待被害率ということにしています。
先の記事では,0~2歳(乳幼児),3歳~学齢前(幼児),小学生,そして中学生について,この意味での虐待被害率を県別に出したわけです。どれほどの地域差がみられたかを,ここにて再掲しておきましょう。詳細は,上記リンク先の記事をご覧ください。
右欄の全国的傾向をみると,虐待被害率は幼児で最も高くなっています。3歳から小学校に上がるまでの年齢ですが,ちょうど第一次反抗期が到来する時期です。身体を自由に動かせるようになった幼児が,それまでの親の全面的な支配や干渉に反発するようになる時期です。そのことに対し,戸惑いや苛立ちを覚えた親がつい手を上げてしまう,ということでしょう。
なお,被害率の都道府県差も幼児で最も大きいようです。表には,全県の両端の値を掲げています。幼児の場合,最低の6.1から最高の70.5まで,まことに大きな開きがあります。幼児1,639人に1件という県もあれば,142人に1件という県もあります。後者の県において,幼児が虐待被害に遭う確率は,前者の10倍以上です。
他の年齢層でみても,虐待被害率は地域によってかなり違っています。興味が持たれるのは,どういう県で被害率が高いかです。2月28日の記事では,人間関係が希薄で育児が孤立化しやすい都市的環境で虐待は多いであろうという仮説のもと,2005年の『国勢調査』から分かる,人口集中地区居住率との相関をとってみました。
その結果,乳幼児の被害率とは0.377,幼児の被害率とは0.348,小学生の被害率とは0.389,中学生の被害率とは0.390,という正の相関関係が検出されました。いずれも統計的に有意な相関です。都市地域ほど,虐待被害率が高い傾向が見出されたわけです。
以上が2月28日の記事のおさらいですが,今回は分析をもうちょっと深めてみようと思います。私の基本的な仮説は,育児の孤立化は虐待と関連するであろう,というものです。先の記事では,都市化の程度を測る指標(人口集中地区居住率)との相関分析をもって,この仮説の検証を試みたのですが,これはややラフに過ぎます。
今回は,育児の孤立化の程度をもっとダイレクトに測る指標を説明変数に充てたいと思います。このような指標を県別に計算するのはなかなか難しいのですが,共働き世帯率というのはどうでしょう。子どもがいる世帯のうち,父母ともに働いている世帯がどれほどか,という指標です。
上記の仮説が妥当性を持つなら,共働き世帯率と虐待被害率は負の相関を呈するはずです。一方の親(多くは母親)が一人家にこもって子育てをしている家庭が多い県ほど,虐待被害率が高いことを示唆しますから。
2010年の『国勢調査』によると,核家族世帯に属する0~14歳児は1,218万人です。このうち,両親とも就業している者は600万人。よって,共働き世帯児率は49.2%と算出されます。ちょうど半分です。
この意味での共働き世帯児率を県別に出し,乳幼児(0~2歳)の虐待被害率との相関をとってみました。下図は相関図です。
共働き世帯児率が高い(低い)県ほど,乳幼児の虐待被害率が低い(高い)という,負の相関関係が観察されます。相関係数は-0.478であり,1%水準で有意な相関です。
共働き世帯児率は,他の年齢層の虐待被害率とも負の相関関係にあります。幼児の被害率とは-0.408,小学生の被害率とは-0.448,中学生の被害率とは-0.465,という相関です。
この結果の解釈については,先ほど述べた通りです。一方の親(多くは母親)が一人家にこもって子育てをしている家庭が多い県ほど,虐待が起こりやすい。このような見方をとろうと思います。
むろん,専業主婦は昔からいました。しかし,祖父母など,夫婦と子以外の同居親族を持たない核家族が多くなり,地域の絆も脆弱になっている今日,母親が育児を一手に担うことの負担(リスク)は,以前よりも高まっているというべきでしょう。
孤軍奮闘という不利な条件にある一方で,子育ての結果に対する要求水準は高い。それが現代の親です。少なく産んで大事に育てるというのが,今の親の考え方。たとえば,一人っ子家庭の親には,「パーフェクト・チャイルド願望」なるものが蔓延しているそうですが,こうした高い要求水準と,現実の条件からもたらされる結果との間にはギャップがあることがしばしばであり,そのことに由来する焦りや苛立ちが,虐待発生の素地をなしている,といえないでしょうか。
家庭という枠を超えた,近隣レベルでの育児の「組織化」の必要がいわれますが,共働きと虐待の関連の統計を眺めた今,そのような見解に賛意を表します。
夫婦の共働きは,育児に手が回りにくくなる点で,ネグレクトなどにつながるという見方もあります。いや,こちらのほうが常識的な解釈でしょう。共働き世帯率と虐待被害率は正の相関関係にあると,多くの人が考えていることと思います。しかるに,県レベルのマクロ統計からは,逆の知見が得られたことを申しておきたいと思います。