戦前の教員養成は,師範学校で行われてました。学費は無償で,生活費も支給。勉強が好きでも,家が貧しくて,旧制中学等の上級学校に進学できない子どもの受け皿として機能していました。
その上,卒業後の教員就職率はほぼ100%。至れり尽くせりの感があります。
しかるに,それでも生徒の集まりはよくありませんでした。理由は,教員の待遇がものすごく悪かったからです。私は2012年頃,図書館通いをして,戦前の教員問題の新聞記事を収集していましたが,「食物さへ十分でない」「弁当はパン半巾」「結核死亡率高し」「一家離散」といったタイトルの記事がわんさと出てきました。教員になるのを強いられた青年が自殺する事件も起きていました。
戦後になっても,本業の給与だけでは食えず,同僚や教え子に見つからぬかとビクビクしながら,靴磨きのバイトに精を出す教員もいました。高度経済成長期でも,民間と比した薄給は明らかで,「デモシカ教師」という言葉が流行ったのはよく知られています。
これではいけないと,70年代に教員の待遇を改善する法律ができ,状況は次第に改善されてきました。昔のように,絶対的貧困の状況に置かれる教員はいません。ですが,民間と比してどうなのかということは,データであまり明らかにされていません。目下,教員不足を解消するため,教員を魅力ある職業にするという方針が掲げられてますが,給与はどうかというのも無視できぬ要素です。
教員の給与は,文科省の『学校教員統計』に出ています。最新は2019年ですね。このページの表26から,公立小学校本務教員の平均月収が分かります。諸手当は含まない本俸です。2019年6月の公立小学校男性教員の平均月収は34.9万円です。当然,全国一律ではなく自治体によって違います。元資料には,47都道府県別の数値が出ています。
東京は33.1万円,私の郷里の鹿児島は37.0万円ですね。大都市より地方が高いことに疑問を持たれるかもしれませんが,これは年齢構成の違いによります。団塊世代の退職により,都市部では若い新採教員が増え,一気に若返っていますからね。平均年齢(見積もり)は,東京は35.9歳,鹿児島は43.5歳なり。
これを,同年齢の大卒男性労働者の平均月収と比べます。同じく2019年の厚労省『賃金構造基本統計』のデータを使いましょう。公立小学校男性教員の平均月収は
34.9万円で,平均年齢は39.7歳(上表)。
こちらのページの表1によると,30代後半の大卒男性労働者の所定内月収は
37.7万円。小学校教員の月収は,同条件の労働者全体をちょっと下回ります。
これは全国値に基づく比較ですが,県ごとの比較もしたい。県別の男性労働者の給与は,全学歴のものしか得られません(このページの表1)。そこで,全国値の「大卒/全体」倍率を適用し,各県の大卒男性の給与を推し量ります。30代後半だと,全国の大卒男性の月収は37.7万円,全学歴の男性は32.8万円なんで,倍率は1.147となります。これを,各県の30代後半男性の月収にかけるわけです。
以下の表は,このやり方で推計した,47都道府県の大卒男性労働者の平均月収です。
最初の表によると,東京の公立小学校男性教員の月収は33.1万円で,平均年齢は35.9歳。上記の表によると,東京の30代後半大卒男性の月収は46.3万円。うーん,東京の教員給与は,民間の7割ほどしかないのですね。
秋田だと,小学校男性教員の月収は39.1万円で,平均年齢は47.4歳(最初の表)。40代後半の大卒男性労働者の月収は36.8万円。秋田では,教員給与が同条件の労働者全体をやや上回ります。
このやり方で,公立小学校の男性教員の月収を,同条件の労働者全体と比較しました。前者が後者の何倍かという倍率を出し,高い順に並べると以下のようになります。全国値だと,34.9万円/37.7万円=0.925です。
どうでしょう。最高は岩手の1.16倍,最低は東京の0.715倍です。教員給与が民間を上回るのは倍率が1.0を超える県ですが,その数は13県です(赤色)。青色の14県では,教員給与が民間より10%以上低くなっています。
ボーナスも含めた年収だと違うかもしれませんが,月収の比較だとこんな感じです。おおよそ,教員給与が民間より高いとは言えなそうですね。
教員の待遇改善を考えるデータにしていただけたらと思いますが,教員を「魅力ある職業」に映じさせるならば,教員になるための経済的障壁をなくすのも手です。教員養成大学の学費を無償にする,ないしは教員になったら奨学金の返済を免除するなどしたらどうでしょう。
いずれも,過去において為されていたことです。冒頭で書いたように戦前の師範学校の学費は無償でしたし,90年代初頭までは,教育公務員になったら日本育英会(現・日本学生支援機構)の奨学金の返済は免除されていました。
全国一律でなくとも,こういう実験をする国立大学が出てきたら面白い。もしかしたら,優秀な学生がどっと押し寄せるかもしれません。わが母校,教員養成の老舗の東京学芸大学が先陣を切ってみたらどうでしょう。
前に,
ニューズウィーク記事で書いたことありますが,日本は,優秀な学生を教員に引き寄せるのに成功しています。労働時間がメチャ長く,給与もさほど高くないのに,これは軌跡と言っていいかもしれません。教員という崇高な仕事への憧れでしょうか。しかし,こういう感情によりかかるやり方は綻びを見せつつあります。
優秀な若者を教員に引き寄せるにはどうしたらいか。経済的な困窮が広がっている今,行政がやってみるべきことは多そうです。