2012年5月31日木曜日

学年別の教育費の内訳

最近,生後間もない乳児のいるお母さん方に人気なのが,「授乳フォト」なのだそうです。字のごとく,赤ちゃんに授乳している姿を写真に収めてもらことです。またとない姿を画像で記録しておこう,子どもが反抗期を迎えたらこれを突き付けてやろう・・・。いろいろな思いがあってのことでしょう。
http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/OSK201205170032.html

 子宝に恵まれた親御さんは,さぞ喜びに満ち溢れていることでしょう。その一方で,この子がいつ荒れ始めるか,ワルになったりしないか,というような心配事も尽きないと思われます。「反抗期になったらこの写真を・・・」というのは,こうした懸念の表れとも読めます。

 子どもができたら必ずついて回る悩みは,もう一つあります。それは教育費です。日本の教育費の高さは,世界的にも有名です。子ども一人育てるのに数千万円。こういうことが度々報道されます。こんな大金負担できないということで,出産をためらう夫婦も数多し。わが国の少子化の元凶は,教育費の高さといっても過言ではないでしょう。

 文科省の『子どもの学習費調査』から,保護者が費やした教育費の平均額を,子どもの学年別に知ることができます。最新の2010度調査の結果を使って,幼稚園から高校までの学年別の教育費がどれほどかを調べてみました。出所は,下記サイトの表2です。原資料では「学習費」という言葉が用いられていますが,ここでは「教育費」ということにします。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001086412

 ここでいう教育費には,学校教育費のほか,塾やおけいこ費用などの学校外教育費も含まれます。保護者が2010年度間に負担した額の平均値です。下表は,公立と私立で分けて,学年ごとの額を示したものです。


 幼稚園から高校までの総額は,ずっと公立の場合は504万円,オール私立の場合は1,702万円なり。いやー,私立はすごいですね。大学も私立の場合,プラス600万円として,22歳までの教育費総額は約2,300万円。私立コースでは,小6の時点で,累積負担額が1,000万円を超えます。

 まあ,オール私立というコースを行く子どもはごくわずかでしょう。公私の額の差が大きいのは小・中学校ですが,義務教育学校の大半は公立校です。小・中は公立に通ったとした場合,22歳までの教育費総額の見積もり値はおよそ1,350万円なり。これが標準額でしょうか。うーん,これでも高い印象を持ちます。1人ならまだしも,2人,3人育てるとなったら,どういうことになるでしょう。

 子どもが荒れ始めたら,授乳フォトに加えて,教育費の帳簿も見せつけてやるとよいでしょう。水戸黄門の印籠のような効果を発揮するかもしれません。「てめえに費やした金はいくらと心得る・・・」。角さんの定番のセリフをアレンジして。

 さて,このようにべらぼうに高い教育費ですが,その組成は多様です。文科省の上記調査では,学校教育費として,授業料のほか,修学旅行・遠足費,児童・生徒会費,PTA会費,教科書費,学用品費,教科外活動費,給食費,などの費目が設けられています。学校外教育費の主な費目は,学習塾費,家庭教師費,体験活動・地域活動費,芸術文化活動月謝など。

 これらの額の内訳がどういうものか,気になるところです。高校段階までは,公立校に通う子どもが大半ですので,公立校のデータをみてみましょう。幼稚園は多くが私立ですが,この部分だけ私立にするのは変ですので,幼稚園も公立の園児の統計をみることにします。

 下図は,各学年の教育費の内訳をグラフ化したものです。小6なら,上表でいう39万円の内訳が示されているものと読んでください。


 幼稚園段階では,授業料が多くを占めます。幼稚園は義務教育学校ではないので,公立校でも,授業料は徴収されます。しかし,義務教育段階の小・中学校は授業料はタダ。高校も,高校無償化政策により,公立校の授業料は不徴収となっています。

 その分,小・中学校段階では,学校外教育費のシェアが大きいようです。学習塾のほか,芸術やスポーツ関連の習い事の月謝も多し。小6になると,学習塾費の比重が増し,中学校になるとそれがさらに顕著になります。中3では,学習塾費が全教育費額の半分を占めています。平均額は,年間26万4千円なり。月あたり2~3万というところでしょうか。

 なお,給食費の比率も結構大きいようですね。額でいうと,小学校では年間だいたい4万2千円ほど。給食費の不払いが問題になっていますが,貧困層の家庭にとってはバカにならない額です。モラルハザードによる不払いが大半でしょうが,切羽詰まって・・・というケースも少なくないと思われます。

 受験が済んで高校に上がると,通学費や教科書代が幅をきかせてきます。高校になると,教科書は有償です。高2では,修学旅行・遠足費がマックス。高校では旅行先も遠方になり,費用がかさみますしね。高3になると,大学受験を見据えて,再び通塾費用のウェイトがぐんと高くなります。

 3~18歳までの教育費の組成図を眺めてみてどうでしょう。私としては,学校外教育費の比重が高いな,という印象です。わが国の教育費高騰の原因は,上級学校段階における私学依存(大学は約8割が私立)に加えて,こうした学校外教育依存にも見出されます。

 スポーツや芸術文化のように,学校と重複しない教育活動への投資ならまだよいのですが,学習塾や家庭教師のように,学校とオーバーラップする類の教育に多大な支出がなされる構造というのは,どうかという気もするのです。

 最近,生活保護世帯の子どもの通塾費用を公的に援助しようという動きがあります。貧困の世代間連鎖を防ごうという意図からでしょう。しかるに,2つの学校(Two Schools)に子どもを通わせるのがノーマルで,それをしないのはアブ・ノーマルという社会って一体・・・。

 通塾と学力は必ずしも正の相関関係にないこと,過度の通塾は,子どもの生活構造の均衡を崩し,社会性などの面の発達を阻害する恐れがあることは,昨年の6月12日の記事でも指摘しました。今回の統計図をみて,改めてこのことを申し上げる必要を感じた次第です。

2012年5月29日火曜日

多摩市内の町丁別高学歴人口率

本日,『国勢調査』(2010年)の産業等基本集計の小地域別結果が,全県分公表されました。いやー,すごい。各市町村内の町丁別に,住民の学歴構成のデータが公表されています。

 以前は,こうした小地域別集計結果は,総務省統計局の図書館でしか閲覧できなかったのですが,今はネット上でも見ることができます。統計を国民の共有財産として位置づけ,いつでもどこでも利用できるようにしようという,当局の方針がうかがわれます。まことに結構なことです。自宅にいながらにして学術研究ができるようになる時代も,そう遠くはないでしょう。

 さて,上記の公表データから,**市**町*丁目の住民のうち,大卒者が何%というような情報を計算することができます。私は,自分が住んでいる東京都多摩市のデータを使って,同市内の小地域別の高学歴人口率を出してみました。

 高学歴人口率とは,大学・大学院卒業者が,学校卒業人口に占める比率です。分母には,在学者や不就学者を除いた学校卒業人口を充てることとします。私の住所である連光寺3丁目でいうと,学卒人口は1,395人で,そのうち最終学歴が大学・大学院卒の者は368人です。よって,この地域の高学歴人口率は26.4%と算出されます。

 多摩市内の全小地域の計算結果を,下に掲げます。出所は,分子・分母とも,下記サイトの表14です。「**」は,原資料において数字が掲載されていなかったことを意味します。ゆえに,当該の地域は率が計算されていません。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001036648&cycode=0


 多摩市全体の高学歴率は28.5%ですが,市内の町丁別にみると,かなりの変異がみられます。最も高いのは,鶴巻4丁目の45.8%なり。京王多摩センターの駅より少し南に行ったところです。

 住民の学歴構成が高い丁が固まっているケースもみられます。たとえば,桜ヶ丘地域。この地域は,全丁(1~4丁目)の高学歴率が4割を超えています。ほとんどの地域では,率が高い丁と低い丁が入り組んでいるのですが,桜ヶ丘地域はさにあらず。

 桜ヶ丘地域は,京王線の聖蹟桜ケ丘駅を出て南にちょっと下って,いろは坂を上った高台の上にあります。スタジオジブリの映画「耳をすませば」をロケ地となったところです。ロケ地を実際に見てみようということで,この地域を歩いたことがある方もおられると思いますが,高級住宅地という印象を受けたことでしょう。多摩市の中のブルジョワ地域です。

 桜ヶ丘地域の中で人口が最も多い1丁目は,多摩市立多摩第一小学校の学区であるようです。この学校の児童の出身階層構成は,他校に比べてさぞ高いのではないかと思われます。学力テストの平均正答率も上位にあるのではないかなあ。
http://www.city.tama.lg.jp/kosodate/36/002110.html

 『国勢調査』の小地域集計のデータを使えば,各学校の学区の住民の社会階層構成を明らかにすることも不可能ではありません。これを,各学校の学力テストの成績と関連づければ,おそらく正の強い相関関係がみられることと思います。市町村よりもさらに下った,学区単位の統計を使ってこういう分析をするのも,また一興です。

 私は,東京の足立区を事例として,各学校の学区の社会階層構成と学力テスト成績の関連を明らかにしたことがあります。足立区の他に,学力テストの類の結果を学校別に公表している自治体はないかなあ。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006793455

 ところで,上表の計算結果を使って,多摩市内の高学歴人口率地図を描きたいのですが,何かよいソフトはないかなあ。*市町村単位までの地図の作図は,群馬大学の青木先生のソフトを使わせていただいています。
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/map/map.html

 聞けば,MANDARAというフリーソフトがあるそうですが,ちょっと操作が難しくて・・・。多摩市役所から市内の町丁の白地図をもらって,色鉛筆で塗りますか。時には,こういうプリミティヴな作業に立ち返るのも大事だと思います。

 デュルケムの『自殺論』に載っている,ヨーロッパの自殺率地図は,まぎれもなく手作業で作図されたものでしょう。そういえば,松本良夫先生が東京学芸大学を定年退職されるとき,研究室の整理を手伝ったのですが,昭和30年代の東京都内の犯罪マップが出てきました。もちろん手書きのものです。エクセルの図では醸し出すことのできない魅力を感じたのも事実です。

2012年5月28日月曜日

項目別の幸福度国際比較④

各国の幸福度シリーズも4回目になりました。今回みるのは,北欧の2国です。フィンランドとスウェーデン。福祉国家として知られる両国ですが,国民の幸福度プロフィール図は,どういう形を示すでしょうか。

 OECDの幸福度指数(BLI)は,収入,住居などの11項目の幸福度を,24の統計指標でもって測っています。まずは,上記2国の24指標の値がどういうものかを観察しましょう。
http://www.oecdbetterlifeindex.org/

 OECDの原資料では,水準を異にする諸指標を同列に扱うため,各指標の値を0.0~1.0の標準スコアに換算する方法が提案されています。全対象国(36か国)の最大値は1.0,最小値は0.0になるように計算されます。犯罪率のようなネガティブ指標(下表の▼印)は,その反対です。スコアの計算方法の詳細は,5月25日の記事を参照ください。

 下表は,このスコア値の一覧です。わが国の数値も掲げています。


 どの指標のスコアも,値が高いほど(1.0に近いほど)好ましいことを意味します。0.8を超えるスコアは赤色にしましたが,どうでしょう。日本は6つですが,フィンランドは12,スウェーデンは13の数値が赤色です。両国の幸福度の高さをうかがわせる材料が多いことが知られます。

 フィンランドは,教育,コミュニティ,環境,安全,そして生活満足の箇所がオール・レッド。学力は1.0です。全対象国の中で最も高い,ということです。ここでいう学力とは,PISA2009の平均点のことですが,この国の子どもの学力の高さは,広く知られているところです。

 スウェーデンは,環境の指標がいずれも1.0で最高値。このことと関連してか,国民の健康状態もきわめて良好であるようです。

 いやー,すごいですね。この2国は,収入のような経済面の幸福度はさほど高くないのですが,人々の「暮らし」の側面の幸福度がとても高いことがうかがわれます。

 上記のローデータを均せば,様相はもっとクリアーになります。項目ごとのスコア平均を計算しましょう。教育の場合,教育普及度,平均在学年数,そして学力の3スコアの平均をとるわけです。結果は下表のようです。


 フィンランドは5つ,スウェーデンは6つの項目において,スコア平均値が0.8を超えています。目立って低い項目はといえば,0.5を下回る収入ぐらいです。総じて,項目間のバランスがとれた円満な型であると思われます。視覚化すれば以下のごとし。


 日本も,WLバランス,健康,社会参画,および生活満足度のスコアをもっとアップさせて,両国の図形に近いづきたいものですね。

 これまで,先進5か国,途上国2か国,ならびに北欧2か国の幸福度カルテをみてきました。合計9か国。全対象国(36か国)の4分の1です。残りの27国のカルテはどうか,という関心をお持ちの方もおられると思います。この中には,お隣の韓国,大国ロシア,中東のイスラエルなど,興味をそそられる国も含まれています。

 残りの国については,上図のようなカルテのみをご覧にいれます。さぞ,特徴的な型が並ぶことでしょう。それは機会をみてということで。本シリーズは,一旦おしまいにします。

2012年5月27日日曜日

項目別の幸福度国際比較③

今回は,OECDの幸福度指数(BLI)に依拠して,日本,ブラジル,およびメキシコの幸福度を多角的にみてみようと思います。ブラジルとメキシコは発展途上国に括られますが,この2国のプロフィール図は,前回みた先進国のものとは大きく異なることが予想されます。
http://www.oecdbetterlifeindex.org/

 前回と同じ手順でいきましょう。まずは,11の項目を測る24の指標(Index)の値がどういうものかをみてみます。下表には,各指標の値を0.0~1.0までの標準スコアに換算したものが示されています。ポジティヴ面の指標は,値が高いほど1.0に近くなるように計算されます。▼印のネガティヴ指標は,その逆です。それ故,どの指標のスコアも値が高いほど好ましいことを意味します。スコアの算出方法の詳細は,5月25日の記事を参照してください。


 予想されることではありますが,途上国は,多くの指標において日本よりも好ましくない様相を呈しています。0.1に満たないスコアは青色にしていますが,ブラジルは5つ,メキシコは6つの指標のスコアが青色になっています。その分布でいうと,収入,教育,そして安全の面での幸福度が際立って低いことがうかがわれます。

 その一方で,健康良好度や生活満足度が日本よりもかなり高いのは興味深い点です。ラテン系気質というやつでしょうか。物的条件に恵まれずとも,健康・朗らか。単一数値に一元化する前のローデータに当たってみると,こういう側面もみえてきます。

 では,項目ごとのスコア平均を出してみましょう。健康の項目の場合,平均寿命と健康良好度の2指標のスコアを均します。ブラジルでいうと,(0.300+0.700)/2 ≒ 0.500 です。


 データが見やすくなりました。この表でも,途上国の項目別幸福度の特徴をつかむことはできますが,レーダーチャート図にするとインパクトはもっと強烈です。


 何も言いますまい。収入,教育,および安全の項の極端な凹み,その一方で生活満足度は高い。項目間の落差が激しい,とても特徴的な型です。

 次回は,北欧の国の幸福度プロフィール図をみてみようと思います。「さすが福祉国家」とうなりたくなるような型になっていますよ。

2012年5月26日土曜日

項目別の幸福度国際比較②

OECDの幸福度尺度(BLI)では,11の項目をもとに,各国の幸福度を計測しています。前回は,わが国の項目ごとの幸福度が,OECD平均とどう違うかを明らかにしました。今回は,日本を含む先進5か国(日,米,英,独,仏)について,11の極からなる幸福度プロフィール図を描いてみようと思います。

 前回のおさらいですが,BLIでは,11の項目(収入,仕事,住居・・・)の幸福度を,24の統計指標で測っています。たとえば収入を測る指標として,世帯収入と世帯金融資産の2指標が選択されています。私が関心を持つ教育は,教育普及度,平均在学年数,および学力という3指標で測られています。
http://www.oecdbetterlifeindex.org/

 まずは,5か国の24指標の値をみてみましょう。ここで示すのは,各指標の値を0.0~1.0までの標準スコアに換算したものです。世帯収入のような,ポジティヴ面を測る指標は,値が高い(低い)ほど1.0(0.0)に近くなるように計算されます。殺人率のようなネガティブ面の指標(▼印)は,その反対です。よって,いずれの指標のスコアも,値が高いほど好ましいことを示唆します。指標の説明とスコアの計算方法の詳細は,前回の記事を参照ください。


 5か国中の最大値は赤色にしています。日本は,教育面と安全面の幸福度指標が,いずれも5か国中最高です。これは誇ってよいことでしょう。

 教育普及度とは,後期中等教育卒業以上の学歴保有者の比率ですが,この指標のスコアは1.00です。つまり,全対象国(36か国)の中で最も高いことになります。教育普及度が高いことには,進学の社会的強制のような問題が伴う面もありますが,この点は置いておきましょう。

 アメリカは,収入面と住居面の幸福度が高いようです。世界トップの産業,広大な国土を考えると,さもありなんです。収入の2指標のスコアは双方とも1.00で,全対象国の中でも最高であることが知られます。まあ,この国では内部格差が大きいことに注意しなければなりませんが。

 イギリスは,環境面の指標のスコアが高くなっています。独仏の大陸国はワーク・ライフバランス(仕事と生活の調和)が進んでいるようです。うーん,分かる。日本はというと,この面がお寒い状況です。長時間労働率,余暇時間とも,他の4国に比して,スコアが格段に低くなっています。

 上記のローデータを簡易化しましょう。項目ごとのスコア平均を出してみます。収入の場合,世帯収入と世帯金融資産の2指標のスコアを均すことになります。日本でいうと,(0.520+0.696)/2 ≒ 0.608です。


 かなりスッキリしました。ではこのデータをグラフ化してみましょう。下図は,表中の11の項目(極)からなるレーダーチャート図です。各国のどの項が突出していて,どの項が凹んでいるのかに注目してください。5か国のチャートを一つに盛り込みましたので,見にくいかもしれませんが,表の数字の羅列よりはよいでしょう。


 
 総体的にみて,日本の図形の面積は大きくはないようです。WLバランス,社会参画,および生活満足の部分の凹みが効いています。また,図形の形もあまりよくありません。ヨーロッパ3国のような,円満な形になってほしいものです。

 次回は,発展途上国の幸福度プロフィール図を描いてみます。こちらは「!!」というような型になっています。

2012年5月25日金曜日

項目別の幸福度国際比較①

OECDは,各国の国民の幸福度を計測する統計指標を開発しています。名称は,"Better Life Index",和訳すると「より良い暮らし指標」でしょうか。

 このほど公表された最新の資料によると,日本のBLIの順位は21位で,昨年の19位よりも後退したとのことです。「幸福じゃない日本人・・・」,このようなフレーズを掲げた報道記事も見受けられます。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120523/trd12052312150012-n1.htm

 OECDのBLIは,収入やワーク・ライフバランスなど,11の項目を測る複数の統計指標の値を合成したものです。このような一元化処置は,各国を平面の上で序列づけるのには適していますが,現実の複雑性が捨象されてしまう難点もあります。

 日本は,どの項目が突出していて(優れていて),どの項目がそうでない(凹んでいる)のか。こういう情報は,総合処理された一つの値から知ることはできません。

 私が知りたいと思うのは,結果に至るまでの過程の部分です。BLIで設定されている11の項目ごとに,日本の幸福度の水準を明らかにし,それを視覚化した,多角的な幸福度プロフィール図をつくってみようと存じます。

 最初に,BLIを構成する11項目と,各項目を測る統計指標がどういうものかを確認しましょう。OECDのサイトに当たって調べてみました。
http://www.oecdbetterlifeindex.org/


 さすがはOECD。適切な指標選択がなされています。合計24指標。日本の各指標の値はどうなのでしょう。上記サイトの"Download the index data"をクリックすれば,各国の全指標の値が掲載されたエクセルの統計表が出てきます。

 日本の値は,世帯収入が23,458ドル,世帯金融資産が71,717ドル,就業率が70%,年間個人所得が33,900ドル,短期雇用(不安定)就業率が10.23%,長期失業率が1.88%,・・・となっています。

 ご覧のとおり,各指標の値の水準は大きく異なります。そこでOECDの資料では,それぞれの指標値を,0.0~1.0までの標準スコアに換算する方法が提案されています。全対象国(36か国)の分布の中でどのような位置を占めるか,という尺度です。計算式は以下の通り。

(当該国の指標値-36か国中の最小値)/(36か国中の最大値-36か国中の最小値)

 たとえば,上表のPISA平均点でいうと,日本は529点,36か国中の最大値は543点(フィンランド),最小値は401点(ブラジル)です。よって,日本のPISA平均点の標準スコアは,(529-401)/(543-401)=0.901点と算出されます。お分かりかと思いますが,最高のフィンランドのスコアは1.00点,最低のブラジルのそれは0.00点となります。

 このような操作を施すことで,水準を異にする各指標の値を同列に扱うことが可能になります。なお,▼印のついたネガティブ指標の場合は,上記式で出したスコア値を,1.00から差し引く処置をします。こうすることで,ネガティヴ指標であっても,スコアが高いほど(1.0に近いほど),幸福度が高いという性格を持たせることができます。

 以上の方法にて,日本の24指標の値をスコア化すると,下表のようになります。OECD平均の数値も掲げておきます。


 どうでしょう。日本は,安全面の指標は2つとも1.0に限りなく近くなっています。この面での幸福度がきわめて高いことが知られます。反対に,WLバランス面は芳しくありません。長時間労働率のスコアは0.314,余暇や個人ケアの時間は0.300です。健康状態良好の者の比率(健康良好度)は0.00で,36か国中最下位であることが知られます。

 それでは,項目ごとのスコア平均を出し,11の極からなる幸福度プロフィール図を描いてみましょう。収入面の幸福度は,日本の場合,(0.520+0.696)/2 ≒ 0.608となります。他の項目の平均も同じようにして出し,線で結びました。


 日本の幸福度がOECD平均を凌駕するのは,収入,仕事,教育,および安全の項目においてです。他の7項目は,国際的な平均水準を下回ります。とりわけ,WLバランス面の陥没が目立ちます。この部分の是正が急務です。

 それと,生活満足度が低いことにも要注意。収入のような経済面の幸福度が高い一方で,人々の意識における生活満足度は低くなっています。人間の幸福は,経済と直線的に比例するものではなさそうです。36か国のデータを動員した相関分析をすれば,この点がクリアーになるでしょう。それは,後々の課題ということで。

 次回は,目ぼしい国の幸福度プロフィール図を紹介いたします。主要先進国,福祉国家といわれる北欧諸国,および物騒な発展途上国について,上記のようなチャート図を描いてみたら,どういう図形になるでしょう。お楽しみに。

2012年5月24日木曜日

性別・年齢層別の心理負担度

私は,2009~2010年度の2年間,武蔵野大学現代社会学部で卒業研究ゼミを担当しました。名称は,教育学・社会病理学ゼミ。ゼミ生の卒論テーマは多岐にわたっていましたが,大学生の心理ストレスについて知りたい,という関心を持った学生さんがいました。

 具体的に何をしたいのかと問うと,大学生にアンケートをとって,彼らの心理ストレスの程度が,性別,学業成績,サークル加入状況などによってどう違うかを明らかにしたいとのこと。うんうん,興味深い問題設定です。

 それでは,対象者の心理ストレスを測る設問(尺度)をつくってごらんなさい,という課題を出しました。当人がつくってきた設問案は,以下のごとし。

問 あなたはどれほど心理ストレスを持っていますか。当てはまるものに○をつけてください。
1.ある  2.少しある  3.普通  4.あまりない  5.ない

 初心者だから仕方ありませんが,これは単純すぎます。「心理ストレス」というのは,とても漠とした概念です。対象者が具体的にイメージできるような,意識・行動レベルの症状をいくつか提示し,それらに対する反応を合成する,というやり方をとったほうがよいでしょう。

 心理ストレスを含む精神的な問題の程度を測る尺度として,広く用いられているものがあります。K6スコアというものです。米国のKesslerらが考案したものです。厚労省『国民生活基礎調査』の用語解説によると,「うつ病・不安障害などの精神疾患をスクリーニングすることを目的として開発され,一般住民を対象とした調査で心理的ストレスを含む何らかの精神的な問題の程度を表す指標として広く利用されている」とのこと。

 以下の6つの設問に対し,5段階(まったくない,少しだけ,ときどき,たいてい,いつも)で答えてもらいます。

①:神経過敏に感じましたか
②:絶望的だと感じましたか
③:そわそわ,落ち着かなく感じましたか
④:気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか
⑤:何をするのも骨折りだと感じましたか
⑥:自分は価値のない人間だと感じましたか

 「まったくない」は0点,「少しだけ」は1点,「ときどき」は2点,「たいてい」は3点,「いつも」は4点とします。すると,対象者の心理負担の程度は,0~24点の点数で計測されることになります(4点×6=24点満点)。件の学生さんには,この尺度を使うことを提案した次第です。

 さて今回は,このK6スコアを使って,日本国民の心理負担度を測ってみようと思います。2010年の厚労省『国民生活基礎調査』の標本から推計される,12歳以上の国民のK6スコア分布は,下表のようです。


 0点が全体の4割を占めています。上記の6つの設問に対し,軒並み「まったくない」と回答した人たちです。逆に,全設問に対し「いつも」と答えた重度のメンヘラーは全体の0.3%,実数にして約23万人なり。

 この分布から,12歳以上国民のK6スコアの平均点は,次のようにして算出されます。全数を100人とした,右欄の構成比を使った方が計算が楽です。
{(0点×40.2人)+(1点×9.8人)+・・・(24点×0.3人)}/ 100.0人 = 3.29点

 この値を性別に出すと,男性が3.02点,女性が3.55点です。相対差ですが,女性のほうが心理負担度は大きいことがうかがわれます。

 次に,年齢層別のK6スコア平均点を出してみましょう。私は,5歳刻みの年齢層別の平均点を出し,各々を結んだ曲線を描きました。下図には,男性と女性の2本のカーブが描かれています。点線は,先ほど計算した国民全体の値(3.29点)です。


 スコア平均点は,男女とも,20代であたりで高くなっています。心理負担度は,若年層で相対的に大きいようです。昨今の展望不良状況を考えると,さもありなんという感じです。60代後半以降の上昇は,病気や身体の故障によるものでしょう。

 K6スコアで現代日本の国民の心理負担状況を評価すると,男性よりも女性,年齢では若年層において,その程度が相対的に高いことが判明したことを報告いたします。

 なお,『国民生活基礎調査』から,県別のK6スコア平均を出すことも可能です。私が興味を持つのは,若年層のK6スコア平均が,地域によってどう異なるかです。おそらく,失業率や自殺率のような社会病理指標とも相関していることと思われます。検討してみたい課題です。

2012年5月22日火曜日

病気・けが等の自覚症状

5月19日の記事では,国民の悩み・ストレスの状況をみましたが,こうした「心」の負担は,身体にも影響します。これを心身相関といいます。今回は,病気やけが等の自覚症状を持っている者がどれほどいるか,その内実はどういうものかを観察してみようと思います。
 
 厚労省の『国民生活基礎調査』では,対象者(入院者除く)に対し,病気・けが等の自覚症状の有無を尋ねています。2010年調査の標本の回答結果をもとにすると,病気・けが等の自覚症状を有する国民の数は4,052万人ほどと見積もられます。国民全体のおよそ3割です。

 現在の日本では,国民の2人に1人が悩み・ストレスを持ち,3人に1人が身体の故障を感じているようです。後者の比率を年齢層別に計算すると,下表のようになります。ベースの人口は,『国勢調査』の速報集計結果によるものです。分母,分子とも単位は千人です。


 病気やけが等の自覚症状を有する者(以下,有訴者)の比率は,高齢層ほど高くなっています。ピークは,70代後半の52.8%です。加齢に伴い,身体の故障が増えてくるのは,まあ当然といえば当然です。

 しかるに,若年の有訴者も少なからずいます。20~30代の有訴者の数,約720万人なり。私が属する30代後半では,有訴者率は26.5%,4人に1人です。私は,今の時点ではこの中に含まれませんが,今後どうなることやら。

 さて,有訴者はトータルで4,052万人ほどいるわけですが,彼らが感じている身体症状はどういうものなのでしょう。年齢層による違いも気になります。厚労省の上記調査では,最も気になる症状を1つ,有訴者に選んでもらっています。私は,その分布を年齢層別に明らかにし,結果を面グラフで表現しました。以下に,作品?を展示します。


 子どもでは,鼻づまりやせき・たんが多くを占めます。私も子どもの頃は,よく鼻炎にかかったなあ。「ゼイゼイする」とういうのは喘息でしょう。かゆみや発疹のような皮膚系の症状も幅をきかせています。うーん,これもよく分かる。

 成人期以降になると,肩こりと腰痛の比重が急に大きくなります。いずれも,オフィスでのデスク・ワークと関係が深い症状です。腰痛は,肥満とも関係があります。お腹が出てくると,各種の動作の際,腰に負担がかかりますので。私は今,そのことで悩んでいます。いつ,腰をやることやら。

 高齢期以降では,手足の関節痛といった身体症状が目立ってきます。聞こえにくい,見えにくいなど,感覚関連の症状も出てきます。また,もの忘れなど,認知面の症状も浮上してきます。まあこれらは,加齢(エイジング)に伴う生理的な変化ともいえます。

 これまで,①自殺の原因,②悩み・ストレス,そして③病気・けが等の自覚症状について,上図のような統計図を描きました。いずれも拡大プリントして,部屋の壁に貼っています。学生さんに話したら,「先生,よくそんな部屋で食べたり寝たりできますね」と言われました。返す言葉がありませんでした。

 統計アート(Statistic Art)というジャンルがあるのかどうか知りませんが,つくった図を,東京都の統計グラフコンクールにでも応募してみようかなあ。

2012年5月21日月曜日

22歳の危機

幸か不幸か,現代の日本社会に生まれ落ちた人間は,2度の大きな選抜を経験します。15歳と18歳の時点においてです。説明は要りますまい。15歳は高校入試,18歳は大学入試の時期に相当します。少子化により入試競争が緩和されてきているとはいえ,15と18の春が人生の大きな節目になっていることは今もそうでしょう。

 ところで最近,これらに次ぐ「第3の選抜」とでもいうべき時期が注目されています。いつかというと,22歳です。22歳といえば,大学の卒業年齢です。大学進学率が50%を超えている現在,多くの者がこの時期に学校から社会への移行(Transition from School to Work)を経験します。

 別に22歳でなくてもよいのですが,ご存知の通り,わが国は新卒採用の慣行が非常に強い社会です。新卒時の就職に失敗した場合,翌年以降は「既卒」の枠に放り込まれ,就職活動で大きな不利益を被るといいます。

 このような事態を避けるため,新卒時の就職に失敗した者の中には,翌年も新卒枠でシューカツを行うべく,自発的に留年する者もいます。多額の学費負担をも厭わずです。文科省はといえば,経団連に対し,「卒業後3年までは新卒者として扱ってほしい」という要望を出す始末。わが国の新卒至上主義は,お上をもひれ伏せさせるほど強固なものであることが知られます。

 見方を変えれば,新卒時(22歳時)に「学校から社会への移行(TSW)」が叶うかどうかが決定的に重要である,ということです。現代日本ほど,「22歳」という年齢に対する社会的な関心が強まっている社会はないでしょう。最近,『22歳負け組の恐怖』(中経出版,2012年)という本が出されました。大学研究家の山内太地さんの筆になる本です。「負け組」という言葉が何とも強烈です。
http://www.chukei.co.jp/business/detail.php?id=9784806143239

 ここでいう「負け組」は,数でみてどれほどいるのでしょう。文科省の『学校基本調査(高等教育機関編)』から,大卒者の進路状況を知ることができます。設けられている進路カテゴリーは,①進学,②就職,③臨床研修医,④一時的な仕事,⑤左記以外の者,⑥死亡・不詳,です。

 これらのうち④~⑥が,しっかりとした行き場のない,いわゆる「無業者」です。この3カテゴリーに該当する者の数が,最近どう推移してきたかを調べました。卒業生全体に対する比率も出してみました。


 2011年の3月卒業者でみると,大卒者55万人のうち,無業者は12万人ほど。比率にすると,5人に1人が無業者です。うーん,12万人・・・。この中には,大学院等の受験浪人や最初から就職を希望しなかった者もいるでしょうが,多くは,残念ながら就職が叶わなかった輩ではないかと思われます。12万の7割として,その数,およそ8万4千人なり。

 毎年,これほどまでの数の就職失敗者が出ているとすると,これはただならぬ事態です。彼らの多くは,今後の成り行きに対して悲観的な思いを抱いています。絶望のあまり,自らを殺めてしまう者だっています。近年,進路の悩みや就職失敗という理由によって自殺する大学生が増えていることは,3月14日の記事でみた通りです。

 さて,ようやく本題ですが,22歳の自殺者数はどう推移してきているのでしょうか。警察庁が発表している,進路の悩み・就職失敗による自殺者数の裏には,かなりの量の「暗数」が潜んでいるものと思われます。たとえば,遺書がなく,理由の分析の仕様がなかった自殺者など。

 就職失敗を苦にした自殺であっても,遺書がなかったばかりに,闇(理由不詳のカテゴリー)に葬られたケースは少なくないでしょう。22歳の危機の量(magnitude)を測るには,自殺者の頭数そのものに注目することも必要かと思います。

 最近は,厚労省の『人口動態統計』の公表データがとても充実してきており,1歳刻みの詳細な年齢別死因統計をみることが可能です。私は,本資料のバックナンバーをたどって,2001年から2010年までの22歳の自殺者数を明らかにしました。


 22歳の自殺者数は,2001年では257人でしたが,その後増加し,2007年には300人を超えます。それからアップダウンを繰り返し,最新の2010年データでは302人となっています。自殺者の頭数という点でみても,最近の22歳の危機状況が強まっていることが明らかです。

 なお,この期間中,ベースの22歳人口(a)は減っています。故に,自殺者数を人口で除した自殺率もかなり高まっています。あと一点,全死因に占める自殺の比重がグンと伸びていることにも注目されたし。2010年では,22歳の死亡者(550人)の54.9%が自殺者です。

 最後に,22歳の自殺率の伸びを全人口と対比した図を掲げておきましょう。上表にあるように,この期間中,22歳の自殺率は15.7から22.4までアップしました。1.43倍の伸びです。このような伸びは,人口全体の統計では観察されないことをお知りおきください。


 自殺統計から知られる危機状況の高まりは,全年齢の中で,22歳が最高なのではないでしょうか。22歳の危機,侮るなかれです。

 ところで,近況を観察してみたい年齢がもう一つあります。それは「35歳」です。35を過ぎたら正規雇用は無理,35を過ぎたら結婚できない・・・。「35歳の壁」を強調する言説は数多くあります。この年齢の者が抱く焦燥感は,決して小さなものではないでしょう。奇しくも,今の私は35歳です。自分の状況を客観的に眺める手立てにしたいと思っています。

2012年5月19日土曜日

年齢層別の悩み・ストレス

「現在,悩みやストレスがありますか」と問われたら,あなたならどう答えますか。「ある」と答えざるを得ない方も多いのではないでしょうか。

 2010年の厚労省『国民生活基礎調査』では,対象者(入院者除く)にこの質問を投げかけています。本調査のサンプルから推計される,12歳以上の国民の悩み・ストレスの所有状況は,下表のようです。5歳刻みの年齢層別の数値を示しています。


 12歳以上の国民全体でみると,悩みないしはストレスがある者の比率は46.5%です。現代日本では,国民の半分近くが悩みやストレスを抱えていることが知られます。

 この比率を年齢層別にみると,ピークは40代の後半で56.2%です。この層を中心として,20代後半から50代前半までの働き盛りの層では,比率が5割を超えています。職場環境の歪み,さらにはその剥奪(失業)というような事態が増えています。若年層や中年層で悩みやストレスが多いというのは,首肯できるところです。

 上記の統計から,悩みやストレスの原因の多くは仕事関連ではないかと思われますが,それだけではありますまい。

 厚労省の『国民生活基礎調査』では,悩みやストレスの原因の選択肢を提示し,該当するものを全て選んでもらっています。私は,選択された悩み・ストレス原因(延べ数)の内訳を年齢層別に明らかにし,結果を俯瞰的に眺めることのできる統計図をつくりました。下に展示いたします。


 いかがでしょう。年齢によって,悩みやストレスの内実は多様であることが知られます。10代の子どもでは,学業や受験関連の悩みが多いようです。家族内外の人間関係にまつわる悩みも幅をきかせています。「家族以外の人間関係」の大半は,友人関係であると思われます。

 大人になると,仕事関係の悩みがグンと増えます。収入や家計に関する悩みも然り。20代後半以降になると,育児や子の教育関連の悩みも浮上します。成人期の役割期待が肩にのしかかってきます。

 50代にさしかかると,病気や介護関連の悩みが広がり,60代になるとそれがさらに加速します。とくに,自分の健康状態に関する悩みが多くなっています。重病になりはしないか,介護を要する身になって家族に負担をかけはしまいか,という心配事が出てくるようです。

 国民の悩み・ストレスの全体像は,おおよそ上図のようなものです。まあ,容易に想像できることではありますが,もやもやとしているイメージを,データでもって可視化してみた次第です。

 私は「視覚」人間ですので,この種の統計図を描くのが大好きです。作品がたまってきました。武蔵野大学の学園祭の折,会場の一角にでも展示させてもらえないかしらん。

2012年5月18日金曜日

年齢層別の就業状態の変化

3月5日の記事では,『国勢調査』(2010年)の栃木県のデータを使って,年齢層別の就業状態を明らかにしました。現在は,産業等基本集計結果が全県分公表されていますので,全国について,同じ統計を作成することが可能です。

 『国勢調査』の産業等基本集計の全国結果は,下記サイトで閲覧できます。表1-2から,15歳以上の国民の労働力状態を年齢層別に知ることができます。表5-1からは,就業者の従業上の地位構成(正規,派遣,バイト・・・)を,同じく年齢層別に明らかにできます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001038689&cycode=0

 私はこれらのデータを使って,就業状態で塗り分けた年齢ピラミッドをつくってみました。最近の変化もみるため,最新の2010年ものと,10年前の2000年のものを作図しました。この10年間で,各年齢層の就業状態はどう変わったのでしょう。まずは,男性のピラミッドをみていただきましょう。


 図の目盛の単位は万人です。左側は2000年,右側は2010年のピラミッドです。10代や20代前半では学生(通学)が多く,60代以降では,どのカテゴリーにも該当しない「その他」が多いことについては,説明は要りますまい。

 両年次のピラミッドの模様を比べると,全体的にみて,青色の正規雇用の領分が減り,代わって赤色の非正規雇用(派遣・バイト)が広がっています。就労の「非正規化」が進行していることがうかがわれます。黒色の状態不詳者(回答拒否者)が増えていることも気がかりです。

 この10年間の変化は,女性でみると,もっとドラスティックです。下図は,女性の就業状態ピラミッドです。


 女性の場合,オレンジ色の家事(専業主婦)の領分が大きいのですが,それは脇に置いて,赤色の非正規雇用の広がりが男性にもましてクリアーであることに注目ください。現在では,働く女性の半分以上が非正規雇用です。

 次に,私の年齢層である30代の後半に焦点を当ててみます。図の点線で挟まれた年齢層の部分を拡大してみましょう。


 30代後半人口は,この10年間でかなり増えています。団塊ジュニアの世代がこの年齢層にさしかかっているからです。

 その組成の変化をみると,男性でも女性でも,正規雇用が減り,その分,非正規雇用が増えています。女性では,全体の3割近くが派遣・バイトです。女性では,家事(専業主婦)のウェイトが減っていることにも注目。共働きでないとやっていけない状況が強まっていることを教えています。

 なお,どのカテゴリーにも該当しない「その他」は,30代後半の場合,いわゆるニートに近い輩と思われますが,このグループの比率は低下しています。しかし,回答を拒否した状態不詳の者の比率が大幅に増えていることを考えると,実態は逆なのではないか,という懸念が持たれます。上表の数字は,30代の非正規化,脱社会化の進行をうかがわせるものとも読めます。

 しかし,状態不詳の者(回答拒否者)の増加が気になりますねえ。自分のみじめな状態を知られるのが嫌で回答を拒否するのか,忙しすぎて回答をする暇がないのか。『国勢調査』への回答拒否の深層を知るには,回答拒否率がどういう地域で高いのかを調べることも必要かと存じます。

 社会階層による棲み分けが明確な東京都の地域別データを使って,この課題を手掛けてみようと思っております。

2012年5月17日木曜日

若者の死因構成の変化

2010年のわが国の平均寿命は,男性は79.6歳,女性は86.4歳だそうです(総務省統計局『日本の統計2012』)。日本は,世界でも有数,いや最高の長寿社会であるといえます。
http://www.stat.go.jp/data/nihon/02.htm

 しかるに,不幸にも若くして命を落としてしまう人間もいます。若い生命を散らしてしまう原因は,どのようなものなのでしょう。私は,20~30代の若者の死因がどういうものかを調べました。現在の特徴を見出すため,戦後の長期的な変化をたどってみようと思います。

 まずは,若者の死亡者数,およびベースの人口あたりの死亡率がどう変化してきたかを押さえておきましょう。後者の死亡率は,10万人あたりの比率です。厚生労働省の『人口動態統計』にあたって,1950年(昭和25年)以降の5年刻みの数字を拾ってみました。


 若者の死亡者数は,時代とともに大きく減ってきています。2010年の20代の死亡者は6,190人。1950年の10分の1以下です,30代の死亡者数も,この60年間で5分の1近くにまで減じています。

 ベースの人口規模を考慮した死亡率も然り。1950年の30代の死亡率は,10万人あたり533人でした。百分率にすると0.53%。当時は,30代の若者であっても,188人に1人が命を落としていたわけです。しかし,その後死亡率はぐんぐん低下し,現在の30代の死亡確率は,1,445人に1人という水準にまで落ちています。

 医学の進歩,衛生状態の改善といった社会変化の恩恵が表れています。ですが,今でも年間2万人近くの若い命が失われていることを等閑視すべきではありますまい。

 若者の死因の内訳は,どういうものなのでしょう。高齢者の場合,死因の多くは病気なのですが,若者は違っているものと思われます。私は,上記厚労省資料の年齢層別の死因統計(簡単分類)をもとに,この60年間における若者の死因構成の変化を眺めることができる統計図をつくりました。まずは,20代の図をみていただきましょう。


 グラフの始点の1950年では,全死因の半分以上が結核でした。当時はまだ,結核が不治の病であった頃です。

 その後,特効薬の開発により結核の比重が減少し,他の原因が増加します。1960年代以降,モータリゼーションの進行のためか,交通事故のウェイトが高まってきます。がんや心疾患(心臓病)のような生活習慣病も目立ってきます。私が生まれた1970年代半ばには,こうした「現代型」の死因構造はできあがっていたようです。

 しかるに,1990年代半ば以降,さらなる激変が起きます。自殺(suicide)の増加です。ご覧ください。ここ15年ほどにかけて,黒色の膿(うみ)が広がってきています。2010年では,20代の全死因の6割ほどが自殺です。この点については,1月16日の記事でもみたのですが,近年の変化の大きさに改めて驚かされます。

 20代といえば,学校から社会への移行期にあたりますが,最近,就職失敗で自殺する大学生の存在が問題になっていることは,周知のところです。

 次に,年齢層を1つを上がって,30代の死因構成図をみてみましょう。私の年齢層です。どういう模様が観察されるのやら。


 変化の基本型は20代と同じです。30代でも,近年における自殺の比重の増加が見てとれます。なお,30代の自殺率がかつてないほど高まっていることは,3月23日の記事でみた通りです。

 20代との相違点はといえば,3大生活習慣病(がん,心疾患,脳血管疾患)の比重が高いことでしょうか。30代といったらバリバリの働き盛りですが,近年の職場環境の歪みを考えると,さもありなんです。ずさんな食生活,運動不足といった要因も,生活習慣病の増加に寄与していることでしょう。私などは危ないなあ。

 今回お見せした死因の構成変化図は,子どものものもつくれます。乳児,幼児,青少年というように,発達段階ごとの図をつくったら面白いかも。乳児の場合,虐待死(他殺)のような死因が増えているかもしれません。

 この手の統計図がたまってきました。何枚かは,拡大プリントして部屋の壁に貼っています。自宅がもう少し広ければ,ちょっとした展覧会も・・・。また馬鹿げたことを考えています。*いや,学園祭のゼミの出し物としてはいいのではないかなあ。

2012年5月14日月曜日

若年教員の離職率の規定要因

4月26日の記事では,2009年度間の小学校教員の県別離職率を計算しました。離職率とは,病気(多くは精神疾患)による離職者,ならびに理由が定かでない離職者が,全教員のどれほどを占めるかを表す指標です。教員の危機や脱学校兆候の量を測る指標です。資料や計算方法の詳細は,上記の記事を参照ください。

 47都道府県で最も高いのは鹿児島県です。私の郷里です。その鹿児島県でどの属性の離職率が高いかをみると,20代の若年教員の離職率がダントツで高くなっています(4月28日の記事)。値は169.1‰,百分率にすると16.9%です。20代教員のおよそ6人に1人が,何らかの危機や困難によって教壇を去ったと推測されます。

 はて,当県における若年教員の離職率の「異常高」をどう解釈したものかと頭をひねっていたところ,ある読者の方がコメントをくださいました。鹿児島のご出身で,現在,郷里の高校教員を目指して勉強されている方です。ご両親は,当県で教員をされているとのこと。同郷の士がメールにて寄せてくださった見解は,以下のようなものです。いただいたメール本文の記述をそのまま引用いたします。

①:鹿児島県は小学生1人当たりの小学校数が多く,アクセスや生活基盤の充実が乏しい僻地・離島の小学校が多く,若手の先生はそこへの配属を忌む傾向がある。

②:①に伴い小学校1校当たりの生徒数が少なくなり,教師の配属人数も少なくなるが,その分の学校1校当たりの仕事量はあまり変わらないため,教諭1人当たりの仕事量も多くなり,周りの協力も得られにくい。さらに生徒の少ない学校では2つの学年の授業を同時に進める「複式学級」がおおくなり,これにより小学校教諭の負担である授業準備に割く時間が増えてしまう。

③:鹿児島県の小学校教諭は1度離島勤務の義務があり,若手の教師が家庭的な理由,将来設計の理由から配属されやすい。

④:小学校が多いため、能力・モラルのない教師が校長になりやすく,パワーハラスメントの問題が多くなる。

 なるほどなるほど。土地勘のある私には,ピンとくるものばかりです。鹿児島は,離島が多い県です。その関係上,当県の教員は,一度は離島での勤務を義務づけられています。いつ行くかといえば,家庭を持っていない(身が軽い)若年教員が配属されるケースが圧倒的に多いと聞きます。

 海を渡って降り立った島の学校がどういう学校かは,申すまでもありません。多くが,児童数が少ない小規模校です。当然,1校あたりの配置教員も少なくなります。その結果,②でいわれているように,「教諭1人当たりの仕事量も多く」なり,「2つの学年の授業を同時に進める『複式学級』」という事態も出てきます。こうした負担は,組織の末端にいる若年教員に重くのしかかると思われます。このことは,若年教員の過労やバーン・アウトといった問題の発生条件をなしているといえましょう。

 離島でなくとも,へき地を多く抱える鹿児島県では,県内の至る所でこのような事態が起きているのではないでしょうか。

 推測をくだくだ述べるのはこれくらいにして,統計データに当たってみましょう。2009年度の統計において,鹿児島県の若年教員の離職率が異常に高い事実が観察されたのですが,同年の小学校の教育条件指標を県別に出してみました。私が計算したのは,1校あたりの教員数と,全学級に占める複式学級の比率です。後者は,公立学校のものです。資料源は,文科省『学校基本調査』です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001024254&cycode=0


 鹿児島は,1校あたりの教員数がわずか12.9人です。全国水準(18.8人)を相当下回っています。全県中の順位は45位。一方,複式学級の比率は全国で1位です。当県では,小学校の学級の1割が複式学級です。上記の読者の指摘でいわれている,鹿児島県の状況認識は,データの上でも裏づけられます。

 1校あたりの配置教員が少なく,その一方で,複式学級指導のような負担が大きいこと。鹿児島の若年教員の離職率が高いことの要因が見えてきました。はて,この仮説は,マクロな計量分析によっても支持されるでしょうか。

 私は,上表で計算した2指標と,各県の20代教員の離職率(2009年度間)の相関関係を調べました。下図は,1校あたりの教員数と,20代の小学校教員の離職率の相関図です。


 離職率が高いのは,鹿児島の他,秋田や長崎のような,へき地を多く抱える地方県です。これらの県では,1校あたりの配置教員が少なく,教員,とりわけ若年教員の負担が大きいのではないかと思われます。

 全体的にみても,1校あたりの教員数が少ない県ほど,若年教員の離職率が高い傾向です。相関係数は-0.421で,1%水準で有意な相関とみなされます。

 上表の複式学級比率と20代教員の離職率は,+0.497という相関関係でした。複式学級が多い県ほど,若年教員の離職率が高い傾向です。このことも,先ほど述べた仮説を支持しています。

 なお,今しがた明らかにした傾向は,20代の教員に固有のものであることを申し添えておきます。データの提示は省きますが,1校あたり教員数や複式学級率は,中年層や高年層の教員の離職率とは強い相関関係を持っていません。

 小規模校が多い地方県では,若年教員の勤務条件の点検というような作業が求められるかもしれません。

 へき地性と若年教員の危機が,こうも強く結びついていることは,私にとって発見でした。若年教員の悩みというと,口うるさいモンスター・ペアレントなどが多い都市的環境と関連が深いようにとられがちですが,それとは真逆の側面があることを知りました。

 貴重な見解を寄せてくださった,同郷の士に感謝を意を表します。郷里の教育界に貢献される日がくることをお祈りしております。

2012年5月12日土曜日

学生・生徒の自殺原因構成

前回は教員の自殺原因構成をみましたが,今回は,学生・生徒のそれを観察してみようと思います。3月13日の記事でみたように,学生・生徒の自殺者数は年々増加し,昨年には千人の大台にのりました。

 2011年中の学生・生徒の自殺者は1,029人。その内訳は,小・中学生が84人,高校生が269人,専修学校生等が147人,そして大学生が529人なり(警察庁『平成23年中における自殺の状況』)。若き生命を自ら断つ原因というのは,どういうものなのでしょう。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm

 警察庁の上記資料(附録)では,職業別の自殺原因が仔細に明らかにされています。遺書などの分析によって検出された自殺原因(延べ数)の集計結果だそうです。私はこれを使って,小・中学生,高校生,専修学校生,および大学生の自殺原因構成を視覚的に俯瞰できる統計図をつくりました。


 太字の原因は,全体でみた場合の構成比が上位5位のものです。1位は学業不振,2位は進路に関する悩みとなっています。学生・生徒さんの特徴が出ていますね。3位はうつ病。発達段階が上がるにつれて,この種の精神の病が多くなります。

 4位は就職失敗。最近,この理由で自殺する大学生の存在が話題になっています。大学生では,この理由が全体の1割弱を占めています。5位は恋愛。こちらも,青年期ならではの自殺因という感じがします。

 上図からは,学校段階による原因構成の違いが看取されます。小・中学生では,親や友人との不和やいじめといった,対人関係の原因のシェアが大きくなっています。自我が未熟な児童・生徒の場合,身近な「他者」との不仲がダメージになるようです。

 学業不振の比重が大きいことにも注目。わが国では,15歳の時点で大きな選抜があります。どのランクの高校に入るかによって,将来の選択可能な進路がある程度決まってしまう面があります。中学生にとって,学業不振が「生」を脅かすまでの脅威になるのは,現代学校のこうした病理的な構造に起因する部分が大きいことでしょう。

 なお,学業不振は大学生の自殺原因でも多くを占めます。日本の大学生は勉強しない,勉強に価値を置かないなどといわれますが,一概にそうはいえないのではないかしらん。4月30日の記事でみたように,大学生のマジメ化が進行してきている向きもあります。

 大学生にとって,進路の悩みや就職失敗が痛手になっていることについては,コメントは要りますまい。よろしければ,3月14日の記事もご参照ください。

 今回明らかにしたことは,まあ巷で繰り返しいわれていることですが,実証データを提示することも,科学の重要な役割であると考えています。

2012年5月11日金曜日

教員の自殺原因構成

前回は,警察庁の自殺原因統計をもとに,年齢層別の自殺原因構成を俯瞰できる統計図をつくりました。同庁の資料では,職業別の自殺原因も細かく明らかにされています。今回は,教員の自殺原因をビジュアルに一望できる図をつくってみようと思います。

 警察庁が毎年発行している『自殺の概要資料』によると,教員の自殺者数は,2007年が125人,2006年が128人,2009年が144人,2010年が146人,2011年が125人,というように推移してきています。ここでいう教員には,学校教育法第1条で規定されている正規の学校のほか,専修・各種学校などの教員も含まれます。しかるに,母集団の構成からして,多くが小・中・高の教員ではないかと推測されます。
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/link/keisatsutyo.html

 この5年間の教員の自殺原因がどいうものであるかをみてみましょう。それぞれの年について,教員の自殺原因の内訳をグラフ化しました。一人の自殺原因が複数にわたることもあるので,検出された自殺原因の総和は,自殺者の頭数よりも若干多くなっています(たとえば,2011年の原因の総計は149)。よって,下図で表現されているのは,検出された自殺原因の延べ数の構成であることに留意ください。


 5か年の統計をつなぎ合わせることで,ある程度恒常的な傾向が読み取れるかと思います。5か年の総計でみた自殺原因の上位5位は,うつ病,仕事疲れ,職場の人間関係,身体の病気,夫婦関係の不和,です。丸囲いの数字は順位を意味します。

 教員にあっても,自殺原因で最も多いのはうつ病となっています。どの年でも,全原因のおよそ3割がうつ病です。全体社会と同様,教員社会においても,うつが蔓延していることが知られます。

 しかるに,仕事疲れや職場の人間関係のような,勤務関連の原因のシェアが大きいのは教員の特徴です。前回みた人口全体の自殺原因では,これらの原因の比重はごくわずかでしたが,教員の自殺原因では多くを占めています。

 教員の過労やバーン・アウトが深刻化している状況です。仕事疲れについてはさもありなんという感じですが,職場の人間関係という原因も大きいのですね。最近,副校長や主幹教諭など,以前にもまして細かい職制が導入されています。教員組織の官僚制化・階層化が進行しているとみられます。また教員評価の導入など,教員間の分裂・差異化を促すような事態にもなっています。このようなことが,職場における人間関係の悩みのタネになっているのではないでしょうか。

 それと,夫婦関係という家族面の原因も大きいようです。教員は同業婚が比較的多いといいますが,教員夫婦はお互い多忙で,知らぬ間に夫婦関係に亀裂が入ってしまうこともあろうかと思います。職場のみならず家庭までもが緊張や葛藤の場になったのでは,たまったものではありません。

 人間の生活の場は家庭,職場,地域社会などからなりますが,これらの相異なる場の生活のバランスがとれている状態が望まれます。思うに,教員の生活は,こうした理想態からかなり隔たっているのではないでしょうか。生活の領分のほとんどが職場(学校)に侵食されているのではないかと思われます。

 総務省の『社会生活基本調査』では,対象者の1日の生活行動を仔細に明らかにしているのですが,職業別の集計もしてほしいところです。教員の1日を観察したら,相当の歪み・偏りが見出されるのではないでしょうか(家族との触れ合いの欠如など)。教員の生活構造のトータルな把握が求められます。教員も生活者です。教員の生活は,職場(学校)だけで営まれているのではありません。

 警察庁の資料からは,いろいろな属性について,上記のような統計図をつくることができます。小・中学生,高校生,大学生,失業者・・・。自殺原因を解剖してみたい人種は数多くいます。適宜,図をつくっていこうと思います。

2012年5月10日木曜日

年齢層別の自殺原因構成

警察庁は,遺書などの分析により,自殺者の自殺原因を仔細に明らかにしています。私は,同庁の公表資料をもとに,2011年中の年齢層別の自殺原因構成を俯瞰できる統計図をつくってみました。原因が判明した者の分の統計です。警察庁『平成23年中における自殺の状況』の附録資料から数字を採取して作図しました。
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm


 ゴチの太字は,全年齢層でみた場合のシェアが上位5位の原因です。うつ病,身体の病気,生活苦,統合失調症,夫婦関係の不和,が該当します。

 身体の病気は,高齢層になるほど比重が大きくなります。うつ病のシェアはどの年齢層でも大きいのですが,とくに30代~40代の働き盛りの層で猛威を振っています。30代では,全原因の4分の1近くがうつ病です。「うつの時代」と形容される,現代日本の状況が反映されています。

 一昨日の読売新聞では,就職失敗を苦に自殺する若者が激増していることが報道されていました。この理由で自殺した10~20代の者は,2007年では60人でしたが,2011年では150人にまで増えたとのこと。しかるに,上図にみるように,全原因中の比重という点では,さして大きなものではありません。若者でも,うつや統合失調症など,精神的なものが大きいことがうかがわれます。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120508-OYT1T00690.htm

 とはいえ,じゃあなぜ若者がうつになるのかといえば,それはやはり,就職失敗や生活苦というような社会的な原因による部分が大きいことでしょう。上図の模様は,偏った心理主義に堕すことを正当化するものではありません。

 上記の警察庁資料では,年齢層別と共に職業別の自殺原因構成も明らかにされています。回を改めて,教員の自殺原因構成の年次変化を俯瞰できる統計図をつくってみようと思います。

2012年5月8日火曜日

ジニ係数の国際比較

 このブログで何回か言及しているジニ係数ですが,この係数は,社会における収入格差の程度を計測するための指標です。イタリアの統計学者ジニ(Gini)が考案したことにちなんで,ジニ係数と呼ばれます。

 昨年の7月11日の記事で明らかにしたところによると,2010年のわが国のジニ係数は0.336でした。一般に,ジニ係数が0.4を超えると社会が不安定化する恐れがあり,特段の事情がない限り格差の是正を要する,という危険信号と読めるそうです。現在の日本はそこまでは至っていませんが,5年後,10年後あたりはどうなっていることやら・・・。

 ところで,世界を見渡してみるとどうでしょう。私は,世界の旅行体験記の類を読むのが好きですが,アフリカや南米の発展途上国では,富の格差がべらぼうに大きいのだそうです。

 世界各国のジニ係数を出せたら面白いのになと,前から思っていました。そのためには,各国の収入分布の統計が必要になります。暇をみては,そうした統計がないものかといろいろ探査してきたのですが,ようやく見つけました。ILO(国際労働機関)が,国別の収入分布の統計を作成していることを知りました。

 下記サイトにて,"Distribution of household Income by Source"という統計表を国別に閲覧することができます。世帯単位の収入分布の統計です。私はこれを使って,43か国のジニ係数を明らかにしました。しかるに,結果の一覧を提示するだけというのは芸がないので,ある国を事例として計算の過程をお見せしましょう。
http://laborsta.ilo.org/

 ご覧いただくのは,南米のブラジルのケースです。旅行作家の嵐よういちさんによると,この国では,人々の貧富の差がとてつもなく大きいのだそうです。毎晩高級クラブで豪遊するごく一部の富裕層と,ファベイラと呼ばれるスラムに居住する大多数の貧困層。この国の格差の様相を,統計でもって眺めてみましょう。
http://www.saiz.co.jp/saizhtml/bookisbn.php?i=4-88392-829-3


 上表の左欄には,収入に依拠して調査対象の世帯をほぼ10等分し,それぞれの階級(class)の平均月収を出した結果が示されています。単位はレアルです。一番下の階級は182レアル,一番上の階級は6,862レアル。その差は37.7倍。すさまじい差ですね。ちなみに,わが国の『家計調査』の十分位階級でみた場合,最低の階級と最高の階級の収入差はせいぜい10倍程度です。

 表によると,全世帯の平均月収は1,817レアルですが,この水準を超えるのは,階級9と階級10だけです。この2階級が,全体の平均値を釣り上げています。

 富量の分布という点ではどうでしょう。全世帯数を100とすると,階級1が受け取った富量は182レアル×7世帯=1,274レアル,階級2は320×8=2,560レアル,・・・階級10は6,862×13=89,206レアル,と考えられます。10階級の総計値は181,689レアルなり。

 この富が各階級にどう配分されたかをみると,何と何と,一番上の階級がその半分をせしめています。全体の1割を占めるに過ぎない富裕層が,社会全体の富の半分を占有しているわけです。その分のしわ寄せは下にいっており,量の上では半分を占める階級1~6の世帯には,全富量のたった15%しか行き届いていません(右欄の累積相対度数を参照)。

 さて,ジニ係数を出すには,ローレンツ曲線を描くのでしたよね。横軸に世帯数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に,10の階級をプロットし,それらを結んでできる曲線です。この曲線の底が深いほど,世帯数と富量の分布のズレが大きいこと,すなわち収入格差が大きいことになります。


 上図は,ブラジルのローレンツ曲線です。比較の対象として,北欧のフィンランドのものも描いてみました。ブラジルでは,曲線の底が深くなっています。フィンランドでは,曲線に深みがほとんどなく,対角線と近接する形になっています。このことの意味はお分かりですね。

 ジニ係数は,対角線とローレンツ曲線で囲まれた面積を2倍した値です。上図の色つき部分を2倍することになります。計算方法の仔細は,昨年の7月11日の記事をご覧ください。

 算出されたジニ係数は,ブラジルは0.532,フィンランドは0.189なり。0.532といったら明らかに危険水準です。いつ暴動が起きてもおかしくない状態です。現にブラジルでは,凶悪犯罪が日常的に起きています。一方のフィンランドは,平等度がかなり高い社会です。

 それでは,上記のILOサイトから計算した43か国のジニ係数をご覧に入れましょう。統計の年次は国によって違いますが,ほとんどが2002~2003年近辺のものです。なお,日本のデータは使用不可となっていたので,日本は,冒頭で紹介した0.336(2010年)を用いることとします。わが国を含めた44か国のジニ係数を高い順に並べると,下図のようです。


 最も高いのはブラジルかと思いきや,上がいました。アフリカ南部のボツワナです。殺人や強姦の発生率が世界でトップレベルの南アフリカに隣接する国です。この国の治安も悪そうだなあ。

 ほか,ジニ係数が0.4(危険水準)を超える社会には,フィリピンやメキシコなどの途上国が含まれる一方で,アメリカやシンガポールといった先進国も顔をのぞかせています。

 ジニ係数が低いのは,旧ソ連の国(ベラルーシ,アゼルバイジャン)のほか,東欧や北欧の国であるようです。社会主義の伝統が濃い国も多く名を連ねています。

 わが国は,44か国中23位でちょうど真ん中です。社会内部の格差の規模は,国際的にみたら中くらいです。お隣の韓国がすぐ上に位置しています。

 かつてのK首相がよく口にしていたように,格差がない社会というのは考えられませんが,格差があまりに大きくなるのは,決して好ましいことではありません。ジニ係数があまりに高くなると社会が不安定化するといいますが,それを傍証するデータもあります。

 昨年の6月28日の記事では,世界40か国の殺人率を計算したのですが,このうち,今回ジニ係数を算出できたのは20か国です。この20か国のデータを使って,ジニ係数と殺人率の相関係数を出したら,0.622となりました。ジニ係数が高いほど,つまり社会的な格差が大きい国ほど,殺人のような凶悪犯罪の発生率が高い傾向です。

 日本社会のジニ係数の現在値(0.336)は,そう高いものとは判断されません。しかし,今後どうなっていくのか。前回みた大学教員社会のように,ジニ係数が高騰している小社会も見受けられます。わが国の前途に不安を抱かせる統計は,結構あるのです。

2012年5月7日月曜日

大学教員社会のジニ係数

昨年の7月4日の記事では,大学教員の職名別(教授,准教授,講師,助教,非常勤講師)の月収データを使って,大学教員社会のジニ係数を試算してみました。データ・ソースは,2007年の文科省『学校教員統計調査』です。

 ところで,本資料の統計表をよくみると,何と何と,大学教員の月収分布(5万円刻み)が掲載されいるではありませんか。これを使えば,大学教員社会のジニ係数を,より精緻な形で算出することができます。文科省の『学校教員統計』は,本当に「宝の山」です。

 2010年の同資料によると,同年10月1日時点の大学の本務教員数は172,728人です。下記サイトの表188から,この17万2千人の教員の月収額分布(5万円刻み)を知ることができます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001038417&cycode=0

 しかるに大学教育は,大学に正規に属する本務教員(専任教員)だけによって担われているのではありません。授業をするためだけに雇われている兼務教員(非常勤教員)も,かなりの部分を担当しています。人件費削減のため,非常勤教員の比重が増してきていることは,4月2日の記事でみた通りです。

 大学教員社会内部の給与格差を問題にする際は,専任教員のみならず非常勤教員も考慮に入れる必要があります。

 なお非常勤教員には,作家や研究所勤務など,大学以外に本務先がある「定職あり非常勤教員」と,そのような本務先がなく,大学の非常勤をメインに生計を立てている「定職なし非常勤教員」がいます。ここでは,「定職あり非常勤」は考慮しないこととします。数が少ないこともありますが,彼らは本務の片手間に非常勤をやっている人間であり,自らのアイデンティティの拠り所を大学に置いている者はいないと考えられるからです。

 しかるに,定職がない非常勤教員は違います。本職がない彼らは,観念の上では,非常勤先の大学を自らの職場と思っています。対外的には,「**大学非常勤講師」を名乗ります(名乗らざるを得ません)。非常勤の給与だけでやっている彼らは,大学内部の格差の問題にはとてもセンシティヴです。

 職なし非常勤教員の数は,82,844人なり(2010年)。専任と非常勤を合わせた広義の大学教員数の4分の1を占めます。決して無視できる存在ではありません。彼らをオミットして,専任教員のみの給与分布からジニ係数を出しても,何のリアリティもない数字が出てくるだけでしょう。

 ここでは,大学教員をして,専任教員と職なし非常勤教員の合算値と考えることにします。2010年における,この意味での大学教員は255,572人です。21年前の1989年は136,499人。両年次の大学教員の月収分布をみてみましょう。職なし非常勤教員は,最も低い階級(15万円未満)に含めました。Why?と思われる方は,下記のサイトでもご覧あれ。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html


 両年とも,月収15万円以下の者が最多ですが,2010年では全体の33.4%がこの階級に含まれます。そのほとんどが職なし非常勤教員であることは言うまでもありません。1990年代以降の大学院重点化政策の影響がまざまざと表れています。

 またこの20年間において,高収入層のシェアが高まっいることも注目されます。月収50万以上の層の比率は,1989年では15.8%でしたが,2010年では25.2%となっています。

 現在では,大学教員の3人に1人が月収15万未満の貧困層である一方,4人に1人が50万以上の富裕層です。一昔前に比べて,上下への分極化傾向が進んでいることが知られます。換言すると,収入格差の拡大傾向です。

 それでは,上図の月収分布のデータから,ジニ係数を出してみましょう。度数分布からジニ係数を出す場合,人数と富量の累積相対度数を出すのでしたよね。下表は,2010年の計算過程の数字です。


 それぞれの階級に含まれる者の月収は,一律に真ん中の階級値であるとみなします。たとえば20万円台前半の3,918人は,月収22.5万円と考えるわけです。

 富量は,人数に階級値を乗じた値です。それぞれの階級の教員に配分された富(income)の量に相当します。全階級の富量を合計すると,891億4千万円なり。2010年では,1か月あたりおよそ891億円の富が大学教員にもたらされたことになります。

 さて問題は,この莫大な富が各階級の教員にどう配分されているかです。中央の相対度数の欄をみると,悲しいかな,その配分構造にはかなりの偏りがあることが知られます。15万円未満の層は,人数の上では全体の33%を占めますが,受け取った富の量は全体の12%にすぎません。一方,全体の25%しか占めない50万以上の層が,富全体の43%をもせしめています。

 こうした偏りは,右欄の累積相対度数をみるともっとわかりやすいでしょう。教員の55%は月収40万未満ですが,彼らに配分された富は,全体の32%ほどです。逆にいえば,残りの68%の富は,それよりも上の階級に占有されていることになります。

 ジニ係数とは,上表でいう「人数」と「富量」の分布がどれほどズレているかに注目するものです。横軸に人数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に各階級をプロットし,それらを結んだ曲線を描きます。この曲線がローレンツ曲線です。

 1989年と2010年のローレンツ曲線を描いてみました。なお,大学全体(国公私立大学)とは別に,私立大学のみの曲線も描きました。私立大学の教員数(=専任教員+職なし非常勤教員)は,1989年が74,029人,2010年が167,972人であることを申し添えます。


 大学全体でみても私立大学だけでみても,ローレンツ曲線の底が深くなってきています。このことは,大学教員社会における収入格差が拡大していることを意味します。全体と私立を比べると,曲線の底が深いのは後者であるようです。私立のほうが,職なし非常勤教員への依存度が高いためでしょう。

 さて,求めるジニ係数は,対角線と曲線で囲まれた面積を2倍した値です。図の色つき部分の面積を2倍することになります。詳細な計算の仕方は,昨年の7月11日の記事をご覧ください。

 算出されたジニ係数の値を示します。大学全体では,1989年は0.231,2010年は0.302です。私立大学は,1989年が0.263,2010年が0.343です。この20年間で,格差が拡大していることが明らかです。

 以前に比してジニ係数がアップしていることは分かりましたが,2010年の0.302~0.343という値の絶対水準をどう評価したものでしょう。一般に,ジニ係数0.4以上が,社会が不安定化する恐れのある危険水域といわれます。現時点ではこの水準にまで達していませんが,今後どうなることやら。

 ところで,今出したジニ係数は,現実のものよりも低いものとみなければなりません。計算に使ったデータが,諸手当を含まない月収のものであるからです。専任教員にはあって非常勤教員にはないもの,それはボーナスなどの諸手当です。

 他にも問題はいろいろありますが,ひとまずこの点を補正し,より現実に近い値を試算してみましょう。やり方は簡単です。月収15万円以上の各階級の階級値を1.25倍します。月収20万円台前半の階級の教員は,22.5×1.25 ≒ 28.1万円の月収とみなすわけです。月収15万円未満の階級は,ほとんどが職なし非常勤教員ですので,据え置きとします。

 このような操作をした上でジニ係数を再計算してみました。大学全体の結果は1989年が0.242,2010年が0.326です。私立大学は,1989年が0.278,2010年が0.374です。

 私立大学の現在値は,危険水準の0.4にぐっと近くなります。補正倍率1.25を1.50として計算すると,2010年の私立大学のジニ係数は0.396となります。こちらは,暴動が起きかねない危険状態の一歩手前です。

 ①月収据え置き(素計算),②専任教員の月収1.25倍,③専任教員の月収1.50倍,という3バージョンのジニ係数を出してみました。その結果を表に整理しておきます。


 どの計算結果を支持するかは,各人にお任せします。③のモデルは非現実的といわれるかもしれませんが,専任教員に支給されるボーナスって,何か月分くらいが相場なんだろう・・・。研究費や各種の保険なども考えれば,実際の年収額は,(月収×12)の1.5倍になることもあり得るんじゃないかしらん。そうだとしたら,私立大学のジニ係数の現在値は0.396。恐ろしや。

 2008年6月8日,東京の秋葉原電気街にて,25歳の派遣労働者による無差別殺傷事件が起こりました。今度このような惨劇が起きるのは,もしかすると大学のキャンパスの中かもしれません。

2012年5月6日日曜日

子どもの日にちなんで

昨日(5月5日)は,子どもの日でした。そのためか,県別の子どもの幸福度指数を明らかにした2月18日の記事の閲覧頻度が急に上がっています。「はて?」と思い,暦をふと見たところ,ああそうだったと気づいた次第です。

 子どもの日・・・。申すまでもなく,社会は子どもと大人から成るのですが,両者の構成は昔に比べて著しく変化してきています。子どもの年齢的な定義はいろいろありますが,ひとまず20歳未満と広くとることにしましょう。この意味での子どもが,全人口の何%ほどいるかご存知ですか。

 遅ればせながら,子どもの日にちなんで,子どもの量に関する統計数値をみてみましょう。ただ,「2010年現在の値は*%です」というだけでは,何のリアリティも伝わりません。わが国の現在値を,時代軸と空間軸で相対視してみようと思います。

 まずは時代軸。わが国の年齢別の人口統計は,1884年(明治17年)のものから知ることができます。私は,20歳未満の「子ども」とそれ以外の「大人」の構成の変化を,おおよそ5年刻みでたどってみました。2060年までの将来予測のデータも加味しています。2005年までは総務省統計局の「長期統計系列」,2010年以降は国立社会保障・人口問題研究所の将来人口予測(中位推計)の統計を参照しました。
http://www.stat.go.jp/data/chouki/02.htm
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sh2401smm.html


 上記グラフの始点の1884年では,子ども4:大人6という組成でした。子ども人口比率は明治・大正期にかけてゆるやかに上昇し,1940年(昭和15年)には46.9%とピークを迎えます。半数近くが,20歳未満の子どもだったわけです。余談ですが,この年は私の母の生年です。

 戦前の日本は,石を投げればほぼ半分の確率で子どもに当たる社会でした。しかるに,戦後にかけて状況はドラスティックに変わります。

 子ども人口比率は,1950年以降,明らかな「右下がり」傾向に転じます。1950年では45.7%だったのが,四半世紀後の1975年には31.4%になり,世紀の変わり目の2000年には20.5%,ほぼ2割にまで減りました。この半世紀間で,子ども人口比率は半分以下に減ったことが知られます。

 戦後の高度経済成長により,日本は豊かになりました。寿命が延びる一方で,子どもは少なく産んで大事に育てようという気風が高まりました。死ぬ者が減るとともに,産まれる者も減ったわけです。「多産多死」の社会から,「少産少死」の社会に変わったといえましょう。

 2010年(平成22年)現在の子ども人口は,実数にして約2,300万人,総人口に占める比率は17.9%です。今後,この比率はさらに低下することが見込まれており,2060年には12.7%になるであろうと予測されています。今から半世紀後の日本では,大人が人口のほぼ9割を占める社会になっているわけです。「少子高齢化」,恐るべし。

 次に空間軸です,2010年現在の日本の子ども人口比率(17.9%)を,世界の他国と比較してみます。総務省統計局『世界の統計2012』から,世界の54か国(日本含む)の年齢別人口を知ることができます。私は,この54か国の子ども人口比率を計算しました。用いたのは,下記サイトの表2-7の統計です。
http://www.stat.go.jp/data/sekai/02.htm

 各国の子どもの絶対数に関心をお持ちの方もおられると思うので,分子と分母のロー・データも提示いたします。単位は千人です。


 右端の子ども人口比率をご覧ください。まず日本の値(17.9%)の位置を指摘すると,54か国中最下位です。わが国は,世界の主要国の中で最も少子化が進んだ社会であることが知られます。

 子ども人口率が2割を切る数字は青色にしましたが,イタリア,ギリシャ,スペイン,およびドイツといった,多くは南欧の社会において,わが国と同じくらい少子化が進行しているようです。

 反対に,子ども人口比率が高い社会は如何。54か国中の最大値は,アフリカのタンザニアの54.7%です。この国では,大人よりも子ども(20歳未満)が多いことになります。寿命が短く,かつ出生率が高い「多産多死」型の社会であるが故でしょう。

 子ども率が50%を超えるのは,タンザニアのほか,パキスタン,エチオピア,そしてナイジェリア。40%以上の数値(赤色)は,アジアやアフリカ圏に多く分布しています。

 今更声を大にして言うことではありませんが,現在のわが国は,少子高齢化が著しく進んだ社会であることが分かりました。このような社会変化に見合った,各種の制度構築が求められるところです。文科省では,「超高齢社会における生涯学習の在り方に関する検討会」という組織を設け,今後ますます増大していく大人をも射程に入れた教育システムの在り方を審議している模様です。
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/koureisha/1311363.htm

 結構なことだと思います。量的にますますやせ細っていく子どもに対し,多くの大人(教育関係者,評論家・・・)がハイエナのごとく群がってばかりのような状況は,好ましいとはいえますまい。人口構成の変化による子どもの発達の歪み,子どもに対する眼差し「過剰」の社会がはらむ問題については,3月12日の記事をご覧いただければと存じます。

2012年5月5日土曜日

東京の家賃地図

この4月から,武蔵野大学の有明キャンパスがオープンしました。政経学部や環境学部などは,これまでの武蔵野キャンパス(西東京市)から有明キャンパス(江東区)へと移転になったようです。

 これに伴い,引っ越しを迫られた学生さんも少なくないと思います。「都心だと家賃が高いんでツライです・・・」。こういう声をよく聞きます。そうでしょうね。

 2008年の総務省『住宅・土地統計調査』から,都内23区(特別区部)の借家居住世帯の家賃分布を知ることができます。家計支持者が25歳未満の世帯の家賃分布をみてみましょう。このグループには,単身の学生さんも多く含まれると思われます。下表は,下記サイトの「市区町村表31」から作成したものです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001025143&cycode=0


 23区の借家住まいの若年世帯は209万世帯ですが,このうちの3割弱が,家賃6~8万円台の物件に住んでいます。しかし,全体の7割近くが家賃6万円以上です。さすが都心。

 私は学生の頃,家賃4万円のアパートに住んでいましたが,都心では,このレベルの物件の居住者は相当のマイノリティです。家賃が2万円以下の激安物件もあるようですが,いわゆる「ワケあり」物件か,大家さんが親類者というようなケースが多いのではないでしょうか。

 上記の分布から平均値を出すと,およそ8万円なり。私の印象ですが,「高い!」ですね。冒頭で紹介した,学生さんの悲痛の声も分かろうというものです。武蔵野キャンパス近辺の物件に比したら,家賃水準はかなりアップしていることでしょう。

 東京都内の家賃相場には,どれくらいの地域差があるのでしょう。上記の資料から,上表と同じデータを,都内の市区町別に出すことができます。私は,家賃の平均額をもとに各地域を塗り分けた「家賃地図」をつくってみました。


 ご覧ください。きれいな「東高西低」型です。最高の港区と最低の羽村市で5万円以上違うこともさることながら,東西でこうもくっきりと色分けされることに驚かされます。キャンパスの新設に伴い,西から東へと移動を強いられた学生さんのお気持ち,お察しします。まあ,複数のキャンパスを擁しているのはウチの大学だけではないので,悪しからず。

 でも,図をよくみると,東の区部の中に,白色の地域が一つだけあります。23区にあって,平均家賃が5万円未満の地域です。それは江東区。おお,武蔵野大学の有明キャンパスがある区ではないですか。学生さん向けの格安物件が多い地域なのでしょうか。

 今回は東京だけの地図にとどまりましたが,隣接する3県も含めた「首都圏の家賃マップ」をつくったら面白いだろうな。地方から上京してくる学生さんの参考にもなるかも。

 ちなみに,私が居住している多摩市の平均家賃は5万7千円なり。私のアパートの家賃は?決して高くはありません。

2012年5月3日木曜日

高学歴ワーキングプア

「ワーキングプア」とは,字のごとく,「働く貧困層」と訳されます。就労しているにもかかわらず,最低限の生活を維持するに足りるだけの収入しか得ることができない人々です。略称「ワープア」。現代社会を風刺する,最先端の流行語の一つといってよいでしょう。

 昨今の不況のなか,この手のワープアに括られる人間の数は増えてきています。2007年の総務省『就業構造基本調査』によると,有業者(パート,バイト等含む)6,598万人のうち,年間所得が200万円未満の者は2,226万人だそうです。比率にすると33.7%。所得の区切りが妥当であるかは分かりませんが,働く人間の3人に1人がワープア,ないしはそれに近い状態にあることが知られます。

 ところで,この言葉に「高学歴」という語を冠すると,「高学歴ワーキングプア」という熟語ができあがります。2007年10月に刊行された,水月昭道さんの『高学歴ワーキングプア-フリーター生産工場としての大学院-』(光文社新書)は,大学院博士課程修了の学歴を持ちながらも定職に就けず,月収15万円ほどの非常勤講師で食いつないでいる輩が少なからず存在することを,世に知らしめてみせました。
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334034238

 「高学歴」と「ワーキングプア」という,いかにも無縁そうな2つの要素が,実は分かちがたく結びついていることを暴いてみせた,本書の功績は大きいというべきでしょう。本書の刊行以降,「高学歴ワーキングプア」という言葉は市民権を持ち,『イミダス』や『現代用語の基礎知識』のような書物にも掲載されています。

 ちなみに,大学院博士課程を修了しても定職に就けない「無職博士」が増えてきていることは,このブログでも繰り返し書いてきました。少子化により大学の雇用口の減少が明らかであるにもかかわらず,1990年代以降,大学院の定員(教員予備軍)が大幅に増やされました。その結果,大学教員市場の需要と供給のバランスが崩壊し,今しがた述べたようなよからぬ事態がもたらされています。

 「高学歴なのにワープア?そういう人ってどれいくらいいるの?」。こういう関心をお持ちの方も多いかと思います。上記の水月さんの本では,おおよその見積もり値が指摘されていますが,ここではもう少し厳密にその量的規模を押さえてみようと存じます。

 ある現象の量(magnitude)を統計で把握するには,操作的な定義が必要になります。ここでは,高学歴ワーキングプアをして,「大学院修了の有業者のうち,年間所得が200万円未満の者」という定義を置くこととします。

 総務省『就業構造基本調査』から,有業者(パート,バイト等含む)の年間所得分布を学歴別に知ることができます。最新の2007年調査によると,大学院修了の有業者は127万人となっています。有業者全体の1.9%です。この層の年間所得分布は下図のようです。下記サイトの表41のデータをもとに作図しました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001013824&cycode=0


 最も多いのは,1,000万以上1,500万未満の階層です。多くは,大学の年輩教授でしょう。次に多いのは400万円台。助教や専任講師あたりでしょうか。この分布から平均値を出すと,だいたい700万円くらいです。

 さて,問題の高学歴ワーキングプアは,上図の赤色の部分です。その数,88,500人なり。大学院修了の学歴を持ちながらも,年収200万円未満の貧困生活にあえいでいる人たちです。このうちのほとんどは,激安の給与で働く(働かされる)大学の専業非常勤教員でしょう。

 4月2日の記事でみたところによると,2007年の大学・短大の専業非常勤教員の数は83,668人です。奇しくも,ここで明らかにした高学歴WPの数と近似しています。両者の差分は,非常勤講師の職すら得られず,肉体労働などで糊口をしのいでいる輩ではないかしらん。

 2007年の高学歴WP88,500人の属性をみてみましょう。性,年齢,職業,および50万円刻みの所得階層の分布をみてみます。出所は,上図と同じです。


 性別は,男女がほぼ半々です。年齢は,20代後半から30代前半が最も多くなっています。しかるに,35歳以上の者が全体の6割を占める点に注視すべきでしょう。「35歳の壁」といいますが,このラインを超えると正規雇用の道は相当厳しくなるのも事実です。

 前掲の水月さんの本の帯に「非常勤講師とコンビニのバイトで月収15万円。正規雇用の可能性ほぼゼロ」というフレーズが記されていますが,このことは,とりわけ「高齢」高学歴WPに当てはまるといえましょう。

 職業では,専門・技術職が6割と最多です。非常勤講師は一応は「専門職」ですので,さもありなんです。生産工程・労務のような肉体労働従事者が全体の7%ほどいます。その数,約6,200人。販売職・サービス職はおよそ8,700人。水月さんの本で紹介されている,コンビニでバイトする文学博士(女性)は,そのうちの一人でしょう。彼,彼女らは,採用面接で履歴書を出した際,さぞ好奇の眼差しを向けられたことでしょう。「これほどの能力を持ちながら何で・・・」。

 最後に所得分布ですが,50万刻みの4つの層にほぼ均分されています。半数以上が年収100万未満です。とうてい生を維持できるレベルではありません。配偶者がいるか,親元(実家)にパラサイトしている者と思われます。

 今回みたのは2007年のデータですが,もっと直近ではどうなっているのかしらん。4月2日の記事によると,大学・短大の専業非常勤教員の数は83,668人から92,655人へと1.107倍に増えています。この増加倍率を適用すると,2010年の高学歴WP数は約9万8千人と推計されます。おお,水月さんの本でいわれている「10万人」にほぼ近い値です。

 今年(2012年)は,総務省の上記調査の実施年です。この調査結果から検出される,高学歴WPの数はどれほどになっていることやら。10万人を突破していることは間違いありますまい。

 ワーキングプアが増えることはよろしくないことですが,高学歴ワーキングプアが増えることは,もっと深刻な問題をはらんでいます。それは,莫大な税金で育成した知的資源の浪費という,金勘定の上だけのものにとどまりません。米国のフリーマンという経済学者の筆になる『大学出の価値-教育過剰社会-』(1977年刊行)の一文を引用します。

 「多数の高学歴者が希望通りの経歴をふむことができなかったり,また大学を出てから,自分の立場をより良くする道が見出せない場合,彼らの中には政治的過激運動に走る者も出てくるおそれがある」(訳書,230頁)。

 多大な資源を投入して,社会を覆しかねない危険因子を育成する。こんな馬鹿げたことはありますまい。

2012年5月1日火曜日

教員の学歴構成(国公私別)

4月10日の記事の記事では,公立学校教員の学歴構成を明らかにしたのですが,この記事を見てくださる方が多いようです。文科省の『学校教員統計調査』をくくればすぐに分かる基本情報ですが,案外知られていないのだなと,少しばかり意外な感じです。

 そういえば,『学校教員統計調査』は,公共図書館には置いてないのだよなあ。私の地元の多摩市立図書館は言わずもがなですが,多摩地域で最大の府中市立中央図書館にもありません。都立中央図書館レベルになって,辛うじて最近のものが所蔵されています。

 このことは,本資料の認知度が相当低いことを示唆しています。学校教員に関する貴重なデータが満載の資料であるだけに,何とも残念です。まあ最近は,官庁統計のほとんどはネット上で閲覧することができます。『学校教員統計調査』の場合,1989年度(平成元年度)版のものまでは,政府統計総合窓口(e-Stat)で見ることが可能です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172

 潮木守一教授は,インターネット時代の到来のことを,「ポスト・グーテンベルク革命」と形容されています。15世紀の印刷術の発明に次ぐ,大きな情報革命という意味です。今後,ますます多くの文献や資料をネット上で閲覧できるようになるでしょう(無償で)。国立国会図書館では,所蔵資料の電子化が着々と進められています。あと10年もすれば,金がなくても学術研究ができる時代がやってくるのではないでしょうか。ありがたや。

 さて本題です。言うまでもないことですが,学校には公立校のみならず,国立校や私立校もあります。中高の場合,私立校が少なからぬシェアを占めています。今回は,公立学校に加えて,国立学校や私立学校の教員の学歴構成も明らかにしてみようと思います。国私立校の場合,大学院卒の教員が多いのではないかしらん。

 まずは,各学校段階の教員の設置者構成をみてみましょう。2010年の文科省『学校教員統計調査』によると,同年10月1日時点の幼稚園教員は11万人,小学校教員は39万人,中学校教員と高校教員はそれぞれ23万人ほどです。その設置者構成をまとめると,下表のようです。


 小学校では全体の98%までが公立学校の教員ですが,幼稚園では8割が私立校です。中高では公立校がマジョリティですが,国私立の比率は中学が6.9%,高校が26.4%と,段階を上がるにつれて高くなります。

 では,各学校段階について,教員の学歴構成を国公私別にみてみましょう。下図は,結果を帯グラフで表示したものです。


 まず短大をみると,私立と公立では短大卒が大半ですが,国立では教員養成系大学卒が最も多くなっています。まあ,今回のデータでいうと,国立の幼稚園教員は327人しかいません。全体のわずか0.3%です。完全なマイノリティ集団ですが,この部分に注目すると,通説とは違った側面が見えてきます。

 小・中・高校では,大学院卒業者の比率が「国>私>公」という形になっています。とくに高校段階で差が激しく,国立が46.0%,私立が17.5%,公立が12.8%,という具合です。国立の高校教員では,半分近くが大学院修了者なのですね。前掲の表にあるように,この集団は全体の0.2%しか占めない少数派ですが,これは発見でした。

 国立学校の教員って,公立学校の優秀な教員をスカウトするのですよね。言ってみれば,選りすぐりの集団です。このことは,上図のような学歴構成の違いとなって表れているように思います。

 私立学校では,一般大学卒業者の比重が比較的高いようです。同系列の大学の卒業者を優先的に雇い入れる,というようなことがあるのでしょうか。

 一括りに語られがちな教員のすがたも,属性ごとにバラしてみると,一様ではないことが知られます。別に機会に,大学や短大といった高等教育機関の教員の学歴も観察してみることにしましょう。