2019年6月8日土曜日

8050問題

 8050問題という言葉をよく聞くようになりました。80代の老親と50代の子が同居している世帯に関わる問題です。

 中高年が親と同居したっていいのですが,仕事もせず家に引きこもって,基礎的生活条件を親に依存し続けるのはちょっと心配。親はいつまでも元気ではありません。同居(寄生)させている親の側は,「私がいなくなったらこの子はどうなるのか…」と気をもんでいます。

 寄生している子も心中は穏やかでなく,劣等感や将来への絶望感に苛まれているケースが多し。それが暴発したのが,先月に川崎市で起きた通り魔事件でした。容疑者は,叔父夫婦と同居する51歳の男性で,長らく引きこもりの状態にあったとのこと。数日後には,同じような凶行を起こしかねないと,年老いた元官僚が,同居する40代の息子を刺し殺す事件も起きています。

 今回の容疑者と似たような生活条件にある人は,統計でみてどれほどいるのでしょう。2015年の『国勢調査』によると,親と同居している,45~54歳の未婚・非就業の男性は23万4639人となっています。2005年では,16万911人でした。10年間で1.5倍に増えています。

 中央の50歳をとると,2005年は1万5735人,2015年は2万3398人となります。50歳人口に占める割合は,順に1.9%,2.7%です。2015年でいうと,50歳男性の37人に1人が,親同居の未婚無職者ということになります。

 この比率は地域別に出すこともできます。2005年と2015年について,47都道府県別の数値を計算し,高い順に並べてみます。50歳男性のうち,親同居の未婚無業者が何%かです。


 3.0%以上は濃い紫,2.5%以上3.0%未満は薄い紫をつけました。この10年間で,不穏なゾーンが広まっているのが分かります。50歳の親同居・未婚無業男性の率が3%を超える県は,2015年では4県でしたが,2015年では25県と半数を超えます。

 上記の3段階で,47都道府県を塗り分けた地図はツイッターで流しました。10年間の変化を俯瞰できます。
https://twitter.com/tmaita77/status/1136946959489486848

 上位には地方周辺県が多くなっています。雇用がないためでしょうか。家が広い,親が勤勉志向で貯蓄がそこそこある,というように,子をパラサイトさせる条件もあるのではないかと思います。

 大都市内部の地区別にみると,社会学的な背景も浮かび上がってきます。東京都内の23区別に同じ数値を算出し,地図に落としてみます。都内の地区レベルだと,50歳だけでは分子の人数が小さくなるので,45~54歳に射程を広げていることを申し添えます。


 どうでしょう。相対水準による色分けですが,親同居の未婚無業男性の出現率には,地域性があるのが知られます。北部や東部で高し。アラフィフ男性の所得や大卒率とも相関しており,教育からの疎外との関連がうかがわれます。不利な生活条件が世代を超えて引き継がれやすい,という事実もです。

 50にもなって,結婚も仕事もせず,親のすねをかじりながら実家に居座るなんて…。いぶかしく思う方もいるでしょう。親はいつまでも元気ではない。家を継ぐとしたら相続税を払わないといけない。今のぬるま湯は,やがては水風呂,いや氷風呂になる。

 事態を憂いて,1999年の山田昌弘教授の『パラサイトシングルの時代』では,親同居税の導入が提案されています。しかるに,若い人の場合はいささか「甘え」の部分があるでしょうが,50代になるまで未婚・無業で親と同居し続けている人の心中は,それとは違うと思います。

 中高年の親同居・未婚無業者率は地方で高いのですが,都会でブラック企業に痛めつけられて帰郷したという人もいるでしょう。地方では周囲の目も厳しい。今の状態を,心地よいぬるま湯と思っている人は,あまりいないのではないか。


 上記の表は,アラフィフの無職男性で求職活動をしていない人に,その理由を尋ねた結果です。半分近くが「病気・けがのため」となっています。この中には,メンタルの病も含まれるでしょう。

 長らく社会とのつながりを断って(断たれて)暮らしてきた人には,精神を病んでいる人も多し。こういう人たちを社会につなげるに際しては,段階的な取組が必要です。たとえば,当人が興味を持っていることを認め,それを糸口にすることです。引きこもりにはゲーム好きが多いですが,それを逆手にとった「eスポーツ」による就労支援の取組には興味が持たれます。
https://twitter.com/tmaita77/status/1135526938569654272

 また,ゆるい働き方を認めることも大切。生活保護受給者に就労指導が入る際,いきなり1日8時間のフルタイム就労を促されるといいますが,これはよくない。段階的にインクルージョンを進めていくことが求められます。

 中には,教員免許状のような高度な資格を持っている人もいます。昨今,学校も人手不足に悩んでいますが,こういう人たちをパート勤務で雇ってみたらどうでしょう。オランダでは,中学校教員の半数がパート勤務です。こういう「ゆる勤」を取り入れることで,ワークシェアリングが進み,教員のブラック労働も是正されることになります。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/04/post-11922.php

 目的をもって好きなことにのめり込んでいる,ちょっとの時間でも就労している,社会と接している…。こういう条件を満たす人は,引きこもりではありません。まずは,これを満たすことからです。

 こういう取組を契機に,社会全体に「ゆる勤」を広めるといいでしょう。上記リンク先のニューズウィーク記事で申しましたが,国民の多数が体力の弱った高齢者になる時代,そうでないと社会が回りそうにないです。幸い,AIの台頭によりそれが可能な見通しになっています。20世紀は「フルタイム(正社員)」の時代でしたが,21世紀は「パート」ないしは「フリーランス」の時代です。

 8050問題は,日本社会全体を未来型に変身させるカギを内包しているともいえるでしょう。