2019年9月2日月曜日

災害とジェンダー

 日本は自然災害が多い国です。2011年の東日本大震災以降,防災・減災への関心が急速に高まり,学校現場でも安全教育・防災教育の取組が盛んになっています。静岡県の教員採用試験では毎年,学校防災の問題が出ていますね。東海大地震の被害が懸念されているためでしょうか。

 しかし,どれほど入念に備えていても,大震災が起きると不幸にして命を落とす人が出てきます。死亡者の素性を観察すると,若者よりも高齢者が多し。体力が弱っており,逃げるのもままならないためでしょう。スマホ等での情報収集に慣れてないのもネック。

 それと性別でみると,男性より女性で多いのです。昨日,「女性が死者の8割を占めたケースも。災害の死者に女性が多い背景とは」という記事を見かけ,ツイッターでシェアしたところ,RTとファボが1000を超え,驚いています。地震の死者の性差って,あまり知られていないのでしょうか。

 上記記事では,2004年のスマトラ沖大地震による死者数を,インドネシアのアチェという地域で調査した結果が紹介されています。それによると女性の死者は男性の3倍で,死者の8割が女性だった村もあるとのこと。要因として,女性や女の子は,木登りや水泳に慣れておらず,サババル手段が男性に劣っていたこと,また家族の面倒を見ていて逃げ遅れた,ということが挙げられています。

 なるほど,インドネシアはイスラム社会なんで,服が乱れ肌が露出する木登りや水泳に慣れていない,もしくはそれを厭う女性が多いでしょう。自宅で幼子や老人の世話をしていて,逃げようにも逃げれなかった人も,男性より女性で多かったであろうことも,想像に難くありません。

 大地震による死者数の性差は,偶然によるものではなく,社会の文化・慣習,ジェンダーによるのだなと思います。

 東南アジアのイスラム国家の話と一蹴するなかれ。日本でも,同じようなデータがあります。1995年の阪神大震災の死者数は,男性が2713人,女性が3680人で,女性のほうが多くなっています。2011年の東日本大震災の死者は男性7360人,女性8363人で,こちらも女性のほうが多し(内閣府『男女共同参画白書』2012年版)。
http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/index.html

 女性は男性より長生きし,体が弱い高齢層に女性が多いからでは,と思われるかもしれません。では,年齢層別の死者数もみてみましょうか。


 ほとんどの年齢層で,男性より女性の死者が多いではないですか。右端の女性比率をみると,50%超(赤字)が多くなっています。

 高齢層で女性比が高いのは,ベース人口の性差の故でしょうが,生産年齢層の死者が「男性<女性」であるのは,それでは説明がつきません。震災発生時に在宅率が高く,家に潰されてしまった,あるいは育児や介護をしていて逃げようにも逃げられなかった…。こういうケースは,男性より女性で多かっただろうと推測されます。

 上表の死者数の性差は,単なる偶然ではなく,男女の役割差,ジェンダーの視点で解すべきものであると考えます。

 ちなみに厚労省『人口動態統計』の死因統計に,「地震による受傷」(X34)というカテゴリーがあります。東日本大震災が起きた2011年のデータをみると,この死因による死亡者は男性が8674人,女性が10163人です。上表に出ている死亡者数よりも数が多く,ジェンダー差も大きいですね。

 上記表の死亡者は,震災による直接的な影響による死亡に限られますが,厚労省『人口動態統計』の「地震による受傷」の死亡者は,震災の間接的な影響によるものも含みます。震災で負った疾病や精神的ストレスで亡くなったなどです。

 震災時に生き長らえても,その後のストレスは男性より女性で大きいのではないかと思われます。たとえば避難所生活で,女性用トイレは男性用の3倍必要というのが国際基準ですが,これを満たしている避難所はほぼ皆無でしょう。更衣や入浴等に際しても気苦労が多し。心のケアにしても,女性特有の配慮が求められることも多々あり。

 震災後の避難所生活のニーズには性差があり,それを的確に汲み取るには,防災・減災行政に携わる人に女性が増えることが不可欠。各自治体には,地域防災計画の策定・実施を任とする地方防災会議が置かれることになっていますが,その委員の女性比率は如何。

 最新の『男女共同参画白書』によると,都道府県防災会議委員の女性比率は15.7%,市区町村防災会議委員のそれは8.4%となっています(2018年4月1日時点)。前者は6人に1人,後者は12人に1人ですか。少ないですね。地域差もあり,47都道府県の数値を高い順に並べると,以下のようになります。


 都道府県会議をみると,徳島,島根,鳥取では委員の女性比率が4割を超えます。男女ほぼ半々の委員で,地域の防災計画を練り上げるという好ましいタイプですが,こういう自治体は少数派です。

 市区町村会議に至っては,35の県で委員の女性比が1割未満という惨状になっています。これでは,被災者のニーズのジェンダー差を汲み取った計画の立案は,なかなか難しいでしょう。

 自然災害の直接的・間接的な影響で命を落とす率には性差があり,それは決して偶然ではなく,社会に根付いている文化・慣習,ジェンダーによる部分が大きい。いのちのジェンダー差は,デーからうかがえるところです。防災・減災の政策の立案に際しては,ジェンダーの視点が欠かせないと思います。

 まずなすべきは,被災者のニーズの性差を汲み取るべく,防災・減災の政策を決める場に出入りする女性の率を増やすことです。同時に,われわれ一般人が心がけるべきは,偏狭な性役割分業を普段からなくすことです。

 「男性は**をすべし,女性は**をすべし」という性役割観は,避難所の共同生活にも影を落とします。火事場のクソ力といいますか,女性はこの壁を乗り越えて,重い物を運ぶなどの労働にも積極的に参与するのですが,男性はそうではなく,炊事や洗濯等を一切しない人も多し。いのちに関わる避難所生活では,男がどうの,女がどうのなど言ってられないのですが,普段から染みついたジェンダー観念が足を引っ張ることも多し。

 高知県の安芸市では,避難訓練の際,男女のステレオタイプな役割分業を一切排しているそうですが,普段からそれを実践しておきたいもの。ジェンダーフリーはいのちを救う。自然災害が多い日本において,肝に銘じておくことです。