前回は,小・中学生のうち,生活保護受給者がどれほどいるかを都道府県別に明らかにしました。今回は,この生活保護受給者率と,子どもの学力水準がどう相関しているかを分析してみようと思います。
私は,東京都内49市区のデータを使って,失業率や一人親世帯率といった生活不安指標と,児童・生徒の学力テストの平均正答率の相関関係を調べたことがあります(「地域の社会経済特性による子どもの学力の推計」『教育社会学研究』第82集,2008年)。そこでは,大変強い負の相関が観察されました。これは,東京という局所のデータの知見ですが,分析の次元をより引き上げた県別のデータでも,このような相関がみられるかどうか,興味が持たれます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006793455
各県の子どもの学力指標としては,文科省『全国学力・学習状況調査』(2010年度)の各科目の平均正答率(%)を使います。公立小学校6年生の4科目(国語A,国語B,算数A,算数B),公立中学校3年生の4科目(国語A,国語B,数学A,数学B)の平均正答率です。生活保護受給者率の詳細は,前回の記事を参照ください。
6月12日の記事でみたように,2010年の全国学力調査の正答率水準は,県によってかなり違っています。とくに地域差が大きいのは,中学校3年生の数学Bです。まずは,この科目の平均正答率と,中学生の生活保護受給者率の相関をみてみましょう。下図に,相関図を示します。
回帰直線は右下がりです。生活保護を受給している生徒の比率が高い県ほど,数学Bの正答率が低いという,負の相関が見受けられます。相関係数は-0.4458であり,1%水準で有意な相関と判断されます。
平均正答率が高い福井と富山は,生活保護率が全国で最も低い水準にあります。北陸の県は,全国学力調査の結果で常に上位を占めるのですが,その偉業は,子どもの貧困率が低いという,社会的な条件による部分もあるでしょう。
一方,橋下徹・元知事をして「このザマはなんだ!」と嘆かせしめている大阪は,生活保護を受けている生徒の比率が全国で2位です。学力テストの地域別の結果は,各地域の教員や教育関係者のがんばり具合のみを反映したものではありません。結果の解読に際しては,それぞれの地域の社会的な条件をも考慮することが求められます。
続いて,他の科目の正答率との相関も出してみましょう。下表は,小学校6年生の4科目,中学校3年生の4科目の平均正答率との相関係数をまとめたものです。
小学校6年生の学力は,子どもの貧困度と無相関ですが,中学校3年生の学力は,それによってかなり強く規定されています。中学校3年生の国語Bの正答率は,中学生の生活保護受給者率と-0.5567という相関です。国語Bは,国語の応用的・活用的な問題を出題する科目ですが,こうした言語能力は,子どもの家庭環境に規定される部分が大きいものと思われます。
中学校になると,教科の内容が高度化するので,塾通いをしているか否かの差も響いてくることでしょう。上級学年になるほど,塾通いが叶わない貧困家庭の子どもが不利益を被る度合いは,増してくるのかもしれません。
このような問題は当局も認識しているところであり,生活保護世帯の子どもの通塾費用を公的に援助しようという動きもあります。貧困の世代間連鎖を断ち切ろうという意図には敬意を表しますが,「塾通い=ノーマル,塾通いをしない=アブ・ノーマル」というような構図が当たり前になるというのは,いかがなものかという気もします。
それはさておき,各県の子どもの生活保護受給率は,子どもの自意識や逸脱行動の発生頻度とも相関しています。6月21日の記事では,子どもの自尊心の多寡を県別に明らかにしたのですが,公立中学校3年生の自尊心の程度と,中学生の生活保護受給者率は-0.5119という相関関係にあります。また,中学生の生活保護受給者率は,11月15日の記事でみた中学生の非行者出現率と0.5225という相関関係にあります。小学生の場合,このような相関は観察されませんでした。
中学校段階では,貧困という生活状況は,子どもの教育達成(achivement)を阻害するのみならず,彼らの自意識(自我)を傷つけ,引いては逸脱行動を促進させる要因となることがうかがわれます。
中学生は,自我がだんだんと固まってくる思春期の只中にあります。周囲と自己を比べたりすることも多くなります。綿密なフォローが求められるところです。
今回は,学力という教育達成の面と貧困の関連をみましたが,貧困は,子どもの「生」のあらゆる面と相関していることでしょう。文科省の『全国学力・学習状況調査』から,子どもの生活習慣,学校充実度,社会関心,および道徳性など,多様な側面を測る指標を県別に出すことができます。生活保護率とこれらの指標の相関分析も,手がけてみたい課題です。