そうである以上,わが国の高校生のコンピュータスキルはどうなのか,という懸念が持たれます。前回と同様,PISA2009のデータを用いて,この点を吟味してみましょう。
PISA2009の生徒質問紙調査では,対象の15歳の生徒(日本は高校1年生)に対し,「コンピュータで次のことがどれくらいできるか」と尋ねています。
情報化が進む現在,身につけておいて損はないスキルばかりです。いや,見方によっては,学生のうちに習得しておくべき必須のスキルであるともいえましょう。これらの5つの項目への反応を合成して,生徒のコンピュータスキルを測る尺度をつくってみます。
1という回答には4点,2には3点,3には2点,4には1点,というスコアを与えましょう。この場合,回答した生徒のコンピュータスキルは,5点から20点までのスコアで計測されることになります。全部1を選ぶエキスパートは20点,全部4を選ぶ素人さんは5点となる次第です。
私は,回答が入力された段階のローデータをOECDのホームページからDLし,45か国,29万8,880人のスコアを計算しました。いずれかの項目に無回答ないしは無効回答がある生徒は,スコアを正確に算定できないので,分析から除外したことを申し添えます。
http://pisa2009.acer.edu.au/downloads.php
下図は,45か国と日本の生徒のスコア分布を描いたものです。
真ん中辺りをピークとした山型の分布かと思いきや,そうではありません。ほう。45か国全体でみると,20点満点の生徒が最も多いではありませんか(17.2%)。6人に1人が,5つのスキルを完全に習得している生徒ということになります。
一方,わが国の生徒の場合,15点と10点に山がある分布です。20点満点の生徒は7.4%しかいません。
この分布から,わが国の高校生のコンピュータスキルが,国際的な平均水準よりも低いことが明瞭なのですが,その程度を可視化してみましょう。何のことはありません。上記スコアの平均値(average)をとるだけです。度数分布から平均を出すやり方はお分かりですね。日本の場合,以下のごとし。
[(5点×93人)+(6点×70人)+・・・(19点×240人)+(20点×418人)]/5,646人 ≒ 13.8点
45か国全体の平均点は16.3点です。日本は,この水準をかなり下回っています。では,45か国の中で何位なのでしょう。明らかにするのは怖い気もしますが,日本以外の44か国の平均値も計算し,高い順に並べてみました。
何も言いますまい。わが国の高校生のコンピュータスキルは,堂々の最下位です。目の前のタイとの落差も大きくなっています。
生徒の自己評価ということに注意が必要ですが,なぜ,こういう憂うべき事態になっているのでしょう。まず考えられるのは,前回みたように,わが国の生徒の場合,自宅でコンピュータに接する頻度が少ないことです。前回の記事では,自宅でのICT利用度が高いと判断された生徒(高群)の比率を国別に出したのですが,この指標と,今しがた明らかにしたコンピュータスキルスコア平均(上図)との相関をとってみると,以下のようです。
オランダは,ICT利用度のデータがないので,分析に含めていません。ゆえに,この国を抜いた44か国のデータになっています。
わが国の「外れ値」ぶりはさておき,自宅のコンピュータを介したICT利用度が高い国ほど,生徒のコンピュータスキルが高い傾向にあります。両指標の相関係数は+0.498であり,1%水準で有意です。
前回も書きましたが,日々の生活において,ケータイやスマホのような小型機器のみならず,コンピュータにも接するよう,生徒を仕向ける必要がありそうです。
あと一点,学校教育の問題を考えてみましょう。PISA2009の対象は15歳の生徒ですが,わが国では,義務教育段階において,上記の①~⑤のスキルを扱わないのでしょうか。中学校の技術・家庭科の学習指導要領をみたところ,「情報通信ネットワークと情報モラル」,「ディジタル作品の設計・制作」,「プログラムによる計測・制御」というような内容項目が設けられています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chu/gika.htm
しかるに,中学校を出て,高校に入ったばかりの生徒のコンピュータスキルの現実はといえば,上記のごとし。95%の生徒が高校に進学する日本では,本格的な情報教育は,高校段階でなされるのかしらん。前回もいいましたが,現在の高校では,情報科が必修となっています。
まあ,上級学校への進学率が低く,多くの生徒が早い段階で社会に出るような国では,義務教育において,高度な情報教育が行われている,ということなのかもしれません。
それにしても,PISA調査のローデータを分析することで,幾多の知見を引き出すことができます。これからも,せいぜい活用していきたいと思っています。